敵の敵は利用してこそ味方
「なんだってそんなひどい名前を……」
私は拾い上げた魔法道具『あの頃の美声を取り戻したい!』を眺めます。
「なんでもガラガラ声になって恋人にふられた魔女が作り上げたと言われた魔法道具らしいですよ。特許期間とやらがきれたので今は街でも子供の小遣いでも買えるくらい安いですし子供向けの遊び道具としてまで売られている人気商品ですよ」
「魔女が作ったものが子供の遊び道具……」
恐ろしく高価な遊び道具な気がしますね。いえ、値段ではなく効果がですが。
「それを口に含んでいる間は好きに声を変えることができるんです」
「なるほど」
さっそく包み紙を外し、口に放り込みます。
「ただし、めちゃくちゃまずいですよ。子供向けといいましたが主に罰ゲームに使われるものですし」
「うげぇぇぇ」
ゼィハの言葉が耳に入った時にはすでに遅く、私は口の中で『あの頃の美声を取り戻したい!』のまずさを味わっていました。
これはひどい。とりあえずまずい。不快感を与えられるだけのえげつないまずさ。舌に対して痛みすら感じるほどです。
「……早く言ってくださいよ」
睨むとゼィハはニヤっと笑います。確信犯ですかこいつ。性格悪いですね。
『美味しいよ?』
驚きの言葉にくーちゃんに振り返ると口いっぱいに頬張っている姿が目に入ります。全く苦しそうにしていないその姿を見る限り全く問題ないんでしょう。
「そんなばかな! あ……」
飴玉を含んだままにくーちゃんに疑いの言葉を口にすると口から出てきた声は私の声とは似ても似つかぬ渋い男の人の声でした。
「おお、本当に変わりましたね」
『……リリカこっち見てしゃべらないで。女の姿してるのに野太い男の声が出てるの見ると気持ち悪い』
「なかなかに胸がつかえるような異様にして不気味な光景ですねぇ」
この二人には容赦とか思いやりとかそういった人として結構大事な要素が欠落してる気がするんですよね。どっちも人間ではないんですけどね。精霊とダークエルフですし。
「しかし、声を変えてどうするんです? 今はあなたのとこの長老が腰を押さえてうずくまっていますから余裕がありますけど」
ゼィハの視線の先にはベシュ達に腰をさすられている哀れな老エルフの姿が見えました。
「あの長老はやたらと名言や迷言を残すのが好きなんですが中でも私が気に入ってるものがあります。それを使わしてもらいます」
『リリカ、きもい』
我慢してください。というかこっちを見なければ済む話ですよね? くーちゃん。
私が無言で睨みつけるとくーちゃんは残像が残るほどの動きを見せ私と顔を合わせようとしませんでした。
小賢しくなっていきますね。
気分を切り替え私は大きく息を吸い込み、
「ギャァァァァァァァァァァ! エルフに殺されるぅぅぅ!」
男の声で大きく叫びました。
「「「「え⁉︎」」」」
私の突然の大声にエルフ、ダークエルフ、精霊が唖然としたように私を見つめてきます。私はそんな視線を無視しながら『あの頃の美声を取り戻したい』をまた口内で舐めると次は女性の声をイメージし、再び息を吸い込みます。
「いやぁぁぁぁぁぁ! エルフに犯されるわぁぁぁぁぁ!」
次に口から出たのはいつもの私よりさらには高い女の人の声。その声を聞いてエルフたちが動揺すると同時に後方でかなりの人数が動いたのがわかりました。
「リリカ! なんのつもり!」
いつの間にか長老から離れ、手に 巨大を討つ剣を握りしめたベシュが私達の前に立ちはだかっていました。
「なにって、エルフの非道さを伝えようかと」
「私たちはそんなことしてないでしょ!」
怒りで溢れ出た魔力がベシュの髪を揺らします。
相変わらずの短期ですね。
「いいですかベシュ。世の中真実なんて一握りです。そして大体の真実なんてものは大勢が信じたものが真実にすり替わるんですよ」
『性格の悪い人の考え方だなぁ!』
「私たちはやってないって言ってるでしょ!」
いつも力で解決してきたベシュですが今回は運がないと言えるでしょう。
いかに強大な力を持つ 巨大を討つ剣でもあくまで個の力ですしね。
ニヤニヤと笑いながらベシュを見ていると怒りをあらわにして彼女は手にしていた剣を振りかぶり脚に力を込めこちらに今にも走り出しそうとしていました。
「この……」
しかし、振り上げたままの 巨大を討つ剣を振り下ろすことなくベシュは苦い表情を浮かべ私をいえ、後方を見ています。
足元に感じる微かな振動を心地よく感じた私は笑います。
「長老はこう言いました。『敵の敵は利用してこそ味方じゃ!』ってね」
後ろを振り返るといくつもの武器を振りかざしながらこちらに向かい突撃してくるドラクマ兵達が見て取れ、それを見て私はにやりと音がなるような笑みを浮かべるのでした。