あの頃の美声を取り戻したい
「リリカさん、転移魔法の準備が」
「ああ、できたなら早く転移してください。これは貸しにしときます」
後ろからアリエルを連れてきたであろうシェリーに振り返らずに答え、魔ノ華へと変化さした剣を構えます。
「では、今度会うときまでにお礼を考えさしていただきますわ」
「そうですね。海とやらがみたいのでその方向でお願いします」
「了解しましたわ」
振り返り笑いながら答えるとシェリーは微笑みながら優雅に一礼をした後にアリエルと共に姿を消しました。
「では、リリカさん、あたしもここらでお別れを……」
足音を消して逃げようとするゼィハの首元を掴み動きを阻害します。
「この状況で逃げ道があると?」
「ですよねぇ……」
ゼィハはため息をつきながら逃げるのはやめたようです。
長老だけならばまだなんとか逃げれるでしょう。ですが、
「これだけ周囲にエルフの気配があると逃げ道を探すのにも苦労しそうです」
長老と私達を囲むようにしてエルフがかなりの数で包囲してきています。
ああ、面倒な。
「で、リリカさん」
「なに?」
「人質がいなくなったわけですが、なにか有効な脱出方法とか考えてるんですか?」
「え、考えてると思うんですか?」
『行き当たりバッタリのリリカがかんがえてるわけないじゃん』
この精霊は本当に私の契約精霊なんでしょうか? いや、確かに私のことを理解していますがもう少し庇うとかそういうことをしてくれてもいいと思うんですけどね。
今更言っても仕方がないことなんですがね。
「コロスコロス…… さて、リリカ・エトロンシア。お仕置きの時間だ」
物騒な言葉をつぶやいていましたが頭上で鎖付きトゲトゲ鉄球を振り回しながら笑みを浮かべる長老が宣言してきます。見ると長老の後ろにはオーランドとガルム、さらにはベシュが控えていました。
「長老、あまりご無理をなさらないほうが……」
「そうよおじいちゃん! リリカを倒すのは私なんだから!」
よく見るとオーランドとベシュは長老を諌めているようですね。ベシュは完全に私情が入っていますが。ガルムはというと興味がないのか明後日の方向を向いていました。
「なにまだ若いものにはブチコロシテェ」
また物騒なことを言いながら鎖付きトゲトゲ鉄球を振り回す勢いを上げています。
さっきから呪いに負けそうになったり元に戻ったりと忙しそうですね長老は。
「……とりあえず長老の武器を叩き潰せばなんとかなる気がしませんか?」
「奇遇ですねぇ、あたしもそう思っていたところです」
ゼィハとの目標が同じものに定まったのはいいことです。変わった武器なら私も欲しいのですがさすがにあれだけドロドロとした呪いの魔力に侵食されてる武器はほしいとは思いませんしね。
「はうぁ!」
「「長老⁉︎」」
なにやら嫌な感じの音が耳に入ると同時に私達を囲んでいるエルフたちが動揺したように動きます。 そして音のした方へと視線を向けると四つん這いになりプルプルと震えながら腰を押さえている長老の姿が目に入ります。
『なにかの作戦かな?』
「読めませんね」
くーちゃんとゼィハが警戒するかのように構えています。
「いや、あれは多分ぎっくり腰ですよ。もう若くないのに無茶をするから」
あのジジイは興奮するとやたらと張り切りますからね。大体一回か二回はぎっくり腰を引き起こします。
「長老! 長老大丈夫ですか⁉︎」
「腰…… 腰が……」
「誰か! ポーションを持っこい! 腰に効くやつだ!」
「年甲斐もなく張り切るからそうなるのよ」
慌てたように動き出すエルフたちを眺めている途中でゼィハとくーちゃんに視線を送ります。すると二人は了承するかのようにゆっくりと頷きます。
痛がり、悲鳴をあげる長老を介抱するエルフ達に見つからないように私達は気配を消し後退を開始します。
「ゼィハ、声をかける魔法道具って持ってますか?」
「ありますが、なにをするつもりです?」
怪訝なというか初めから疑いながら聞いてくるのはやめてほしいんですがね。
「なに、なにも悪いことはしませんよ」
「そんな満面の笑みを浮かべながら言われても説得力が全くと言っていいほどないんですが……」
ぶつぶつと文句を言いながらもゼィハは自身の魔法のカバンから何か取り出して私に放ってきます。
反射的に持っていた魔ノ華な腹で打ち返し、放られたものは寸分違わずにゼィハの額のど真ん中にペチンッという音を立てて当たり地に落ちました。
「あたぁ⁉︎」
「すいません、手が自然と動きまして」
信じられないと言わんばかりに目を見開いているゼィハの前にかがみ落ちたものを拾い上げます。
「これは?」
「……魔法道具『あの頃の美声を取り戻したい!』だよ」
「…… なんですって?」
いまなんだかよくわからない言葉が聞こえたかがしますが気のせいでしょう。
「『あの頃の美声を取り戻したい!』です」
『すごい名前だね』
そこには同意しますが、聞き間違えではなかったんですね。