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6。ほっぺ
彼女は何にでも名前をつけた。
また、何にでもさんをつけて呼んだ。イッタが出張に遅れそうになり、慌てていたその日もいつもと変わらずだった。玄関で革靴を履きながら、イッタの手は既にドアノブに触れている。そのイッタにハナが声をかける。
「ねー。ハンカチさん持った?」
時間が無かったが、どうしてもイッタは理由を知りたくなり、ハナに向き合った。
「ハンカチなら持ったよ。てかさ。なんでさん付けで呼ぶの?変じゃない?」
「そかな?だってさ、何にだって魂は宿ってるのよ。ヤオヨロズの神様が日本にはいるのよ。だから、名前をつけるかさん付けで呼ぶの。ってことで、変なのは君だ!」
イッタはハナのテンションを完全無視して、少しその言葉を考えてみた。結局、当然、全く理解出来なかったが、ハナの意見を尊重することとした。彼女のまあるいほっぺたにキスをして、出掛ける。ちょっとした幸せ。ささやかだか、ずっと続けばいいなと思う、大切な幸せだった。ドアが締まるとき、ハナのいってらっしゃいと居間の熊ベルの音が重なった。どちらもとても涼しげにイッタの胸に響いた。