14。ソウデス。
ハナが亡くなった時、失血で入院していた彼は、1週間ほどで漸く、退院した。いつの間にか終わっていた葬式の後に、イッタは退院したのだ。そして、ハナが大切にしていた2人のお家に帰って来た。物が少なく生活感が全く無い小綺麗なマイホーム。以前と変わらず、ただ、ハナだけが居なくなっていた。リビングの大きなソファに座る。いつもはハナが座っていた場所だ。彼女のお気に入りの場所だ。
「王様の席なの。この家で一番偉い人の席!」
ハナの声がどこかに響いた。イッタは深く深く呼吸して、天井をながめた。静かで平和だった。何もなく、落ち着いて、安心出来た。ハナが死んでしまったというのに。イッタは安心していた。ほっとしていた。ハナを見殺しにしたというのに。ハナのお葬式の事を処理と言った見ず知らずの若い男に感謝していた。辛く悲しい事を全部してくれたのだ。後はただのんびりと過ごすだけだ。楽ちんだ。もう何も心配することは無いのだ。
「違う。」
イッタは呟いた。いや、違わない。その通りだ。誰かの声が響く。その通りだよ、イッタ。
「違う。」
違わない。お前は厄介払いが出来て、喜んでいる。安心している。そうだ。お前は、あたしを見捨てたの。放ったらかしにしたら死んじゃうことを知ってたのに。あたしとの約束を無視して、最後を看取ってもくれなかった。ただそれだけの愛情さえ注いでくれなかった。
「違う。違う。違う違う違う……
違わないわ。あなたはずっと想っていた。病気のあたしに、何処かへいってくれないかって。追い出すことも逃げ出すことも出来なかったから、あなたは祈っていたの。都合よくハナが何処かへ行ってしまいますようにって。あたしは知っていたわ。あなたはあなたの苦しみの中で生きていた。私のことは見ていてくれなかった。病気の妻を持った自分自身を哀れんで、かわいそうに想っていた。
「違う。」
あなたは自分勝手で他人のことには、興味がないのよ。自分のことだけが可愛いの。あたしが知らなかったとでも思った?あたしは知ってたわ。仕事と看病のあいだで疲れていく、そんな自分の心配だけをしていたでしょ。そうでしょ。私の心配なんてしてなかったでしょ。そうでしょ。
「違う。」
あなたは自分が辛い思いをするのが嫌なの。自分が辛い思いさえしなければ、それでいいの。誰がどうなろうと。そう、あなたは、弱い人間だから。
イッタは何も言い返せずに、頭を抱えて丸くなり、ソファから転げ落ちた。そのまま床の上で、目を閉じることもできずに、ただ、震え続けた。