10。ありがとね。
「ねぇ、どう見える?月は玉かな?それとも穴?」
「いや、月は月だと思うけど。」
ハナの問いにイッタはくだらない返事を返した。ハナは不服そうだ。二人はベッドの上から夜空を眺めていた。汗が引き始めて少し寒い。窓から見える夜空には冷たく輝く真円の月が浮かんでいる。速い速い雲が月の前を横切っては、二人の時間を細切れにしていた。
「夜空って、真っ黒よね?でね、あたし子供の頃に思ったの。月は夜空に浮かんでいる塊なのか、それとも夜空の穴なのかって。」
「その、夜空の穴ってところがわかんないよ。」
「空は光なの。本当は空中が光っているの。でも、夜がそれに昏い布をかぶせてしまっているの。でね?月はそれに空いた穴。穴から漏れる光なの。どう?どうかな。」
意味不明だったが、一生懸命、頬を上気させて説明するハナが可愛らしくて、イッタはまたハナを抱きしめた。そっと、ぎゅっと、ゆっくりと。ハナはうぐうぐと声を出した。イッタ適当に決めた。
「じゃぁ……穴で。」
きっと、ずっと想ってきた話なのだろう。自分になら話してもいいと想ったのだろう。自分なら理解してくれると想ったのだろう。だから、頬が上気しているのだ。イッタはそんな彼女のことを愛おしく想った。
まぁ、これまでにも何人かには話したのだろうけど。あ、でも違うかも。僕でさえ今日初めて聞いたのだから。いや、どっちでもいいか。
結婚して何年も経っていたが、二人の間には変わらない想いと、ちょっとずつ大きくなっていく愛が、確かに存在していた……のだ、が。
「あたしも死んじゃうのかな。独りで。」
唐突にハナは告げた。
「一人になるの、やだな。ひとりぽっちで生きて、誰にも知られずに死ぬの、怖いな。」
イッタの胸に顔をうずめている彼女の表情は見えない。夜は急にその体温を下げる。美しい月は、冷たい塊になる。平和な日常から何かが剥離してしまい、隠れていた非日常が顕になっていく。
彼女は短命な家系で、既に近しい親族は誰も居なかった。兄弟も両親も。だから彼女は自分も長生きは出来ない事を感じていた。彼女の従兄弟もハナのように家族が全て亡くなり、最後に、一人きりで亡くなっている。発見されるまで随分と時間がかかったと聞く。
彼女は、時々、不安を漏らす。彼女はこれまで大切な家族を一人ずつ見送って来たのだ。どんな気持ちがしたのだろうか。どれたけの不安を抱えているのだろうか。最後にただ独り自分だけが残り、人知れず死んで腐敗していくことについて何か想像したのだろうか。どうだろう。イッタにはわからなかった。ただ、ハナを少しでも安心させたくて、イッタは約束した。
「僕が長生きして、ハナの事を見送ってあげる。そしたら淋しく無いでしょ。ずっと一緒にいるから。」
ハナは暫く彼の胸で泣き、イッタにお礼を言ってから、泣いたまま眠りに落ちていった。