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小ネタ集  作者: ポンカス
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異文化ディスコミュニケーション

 二つの国の間に勃発した戦争は、互いが最初に描いていた目論見よりも遥かに長期化していた。具体的には最初の交戦から二十年を過ぎてしまった。白兵戦でも海戦でも、一進一退を繰り広げ、ようやく両国は喧嘩を売る相手を見誤ったことを悟った。実力伯仲では侵略戦争とはなりえない。そんな中、第三者の介入が囁かれるようになり、交戦国は互いに焦り始めた。互いに体力を消耗している現状は、漁夫の利を狙うハイエナの前に好餌を晒していると同義であった。そして、それは愚の骨頂というものではないか。

 彼の国、交戦国の片割れのとある一国は、戦局をおおいに憂い、ある奇策を講じるに至った。選りすぐりの宮廷魔術師三人が、その心血を注ぎ、ある魔術を結実させる。召還魔法であった。ここではない世界の支配者、魔王を呼ぶリチュアルは三日三晩の詠唱により、ついには奏功したのだ。

 おぞましいまでの形相。頭には二本、鋭くも雄雄しい角をたたえ、双眸はこの世の全てを憎むように、烈火の如き色を滲ませていた。筋骨隆々の肉体は、しかし人のものと一線を画した紫紺の体色。そして、筋肉で張った臀部。その臀部は丸出しで、その穴からは、宮廷魔術師が一呼吸で失神してしまうほどの強烈な悪臭を放つ物体を垂れ流していた。

 魔王は激怒した。その怒りは凄絶で、大地を揺るがし、大山は砕かれ、河は血を流し、空は闇に覆われた。交戦国は両者とも甚大な被害を被り、介入を企てていた第三国すら無事ではすまなかった。二十余年にわたる長き戦争は、こうして異世界の支配者の蹂躙によって幕を閉じた。焦土と化した惨状に、魔王も溜飲を下げた。「正直おとなげなかったと思う」という旨の発言もあった。そして戦後の利害調整よりも先んじて、その魔王との関係調性が火急だった。関係国、魔王間の話し合いを経て、条約の締結に至った。

 一つ。魔族を召還する際には、事前に便器および排泄物を拭き取る用途に耐えうる紙片およびそれに類するものを用意しておくこと。さらにそれはシングルロールが望ましいこと。

 一つ。前項の便器および紙片等を設置する箇所は、四方を壁もしくは間仕切りの役目に耐えうる素材で以って囲い、召還者ならびに第三者がおよそ、その囲いの中の様子を窺い知れない空間であること。

 これら二項を厳重に盛り込んだ内容となった条約「大魔族ならびにそれに類する存在を召還する際に図る便宜についての条約」が結ばれることとなった。俗称で「大便条約」と呼ばれるそれは、それ以降の魔族召還において、一つの大きな指針として、正常に機能することとなる。


 それから三百年のときが流れた。人はそれでも、分かり合えず許し合えず、戦火は絶えなかった。そして、また新たに魔族を召還しようとする者があった。その者は、ある国の為政者であり、同時に優れた魔術師でもあった。王城の一室に、大きな魔方陣を描いた。劣勢を跳ね返すには、かなり強力な魔族を呼びたいところであったが、彼の描いた魔方陣は、魔術を少しでも嗜んだものなら、思わず溜息を吐きたくなるほどに見事なもので、どんな魔族でもその心意気に、助力を惜しまないであろう出来栄えだった。それもそのはず、王は三百年ぶりに魔王をこの世に招聘せしめんと息巻いていたのだ。もちろん、先の大便条約の遵守にも心を砕いた。魔方陣を描いた一室は、まるまるトイレの用途にしかつかわれていない部屋で、防音や防臭にも抜かりはない。さらには、用意した紙は全て、国一番の技師の手によるシングルロール。絹のような手触りは、汚物はおろか、尻毛に絡まる余地も与えない快適な排泄活動を演出する。ダブルロールでは実現しえない拭き手の恣意的な匙加減にも対応しやすいように、切り目以外で引こうと、容易く千切り取れる柔軟性は、その道三十年の熟達の職人以外には決して現出できない、まさに痒い所に手が届く仕様。

 勝った。この戦争、わが国の勝利で終わる。周到な準備の果てに、王は魔王の召還を悟った。部屋の扉から相応に離れた場所から、魔方陣へと魔力を込め、恐ろしいほど強大な存在の出現を感じ取り、王はほくそ笑む。

 そして次の瞬間には、王城は僅かな骨組みを残して、消し炭となっていた。

 魔王の怒りはそれだけに留まらず、三百年前の再現のように、街へ降りては焼き払い、山へ登っては抉り潰し、河に入っては泳いだ。その一挙一動が、まさしく天災のような猛威をふるい、彼の国のみならず、周辺国すべてが甚大な被害を受けた。それほどの破壊活動の末に、魔王はようやく溜飲を下げた。「カッとなった」などと、自身の刹那的な衝動を省みるような発言もあった。

 すぐに関係各国と魔王との間で、調整の話し合いが行われた。関係国は、正直に言うと全く当惑していた。召還に携わった彼の国の王城は最早、木炭であるから、本当のところはわからないが、亡き先王の慎重な性格は、他国でも周知であったし、実際伝え聞く限りにおいては、事前準備についても不備はなかったように思えたからである。

 魔王の口述はこうである。今から百数十年前に、彼はシングルロールからダブルロールへの宗旨替えを行っており、それ以降はダブルロールの重厚な手触りにすっかり魅了されていたのだという。「あの分厚さが安心感を与え、思い切っていける(口述まま)」とのことだった。そうして新たなる排泄の友との関係にも馴染み始めた頃、此度の召還があった。魔王は今回も排泄の途中であった。突然の召還にも、魔王は二度目ということで比較的冷静に対応したという。まず残りのアレを便器内へと排泄し、そうして人心地ついた。そうして、備え付けのトイレットペーパーを巻き取り、尻を拭いた。「巻き取った時点で、その儚さに違和感を抱くべきだった(口述まま)」と本人も語っているが、まさにその通りだった。魔王はそのまま、ダブルロールと同じ感覚でもって、尻を思いっきり拭いた。指が突き破り、直接に物質を触ることとなった。「カッとなった」のは、爪の間に挟まった黄土色を目の当たりにしたときだという。「トイレットペーパーに対する信頼を、人類全体に対するそれと混同していた節があったかもしれない(口述まま)」といった口述内容からも、魔王は人類に裏切られた気持ちになったのだと推知できる。

 魔王は口述を終えると、肩を落とした。人類はそんな魔王に対して、丁重に魔界へとお帰り願った。

 そうして、残った人類側は、それぞれ一つの合意に至った。魔族および異種族の召還を全面的に禁ずるという内容だった。

久々にシングルを買ったつい先日のことがキッカケ。やらかしはしなかったんだけど、やりそうにはなった。

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