三語(日和見誘蛾灯)
黒色のビッグスクーターが危険運転気味に追い越していった。角ばったフォルムと、低い車高を見るに、ホンダ社の「フュージョン」をカスタムしたものだと思う。タンデムの恋人とふざけあっているのか、蛇行しながら走っていく。仲睦まじいようで何よりだ。
一つ小さな溜息を落として、ちらりと隣の助手席を見る。彼女は口紅を直しているところだった。俺の視線に気付くと、艶かしく上下の唇を合わせた。そんな仕草すら、わざとらしくて吐き気がした。身体で繋ぎとめている、と錯覚しているのだろう。その実、俺と彼女の関係が今なお続いているのは、暴力と脅迫によるものだった。少なくとも、俺はそう思っている。
三日前、別れ話を切り出した俺を待っていたのは、血走った瞳と、わななく手に握りこまれた包丁だった。「あなたを殺して私も死ぬ」と言う陳腐なセリフをまさか本当に聞くことがあるとは思わなかったが、実際に聞いてみるとつま先から体温が抜けていくような思いだった。彼女の瞳には、精神に異常をきたしたかのような狂気的な色があったし、包丁を握った両手は白くなるほど力がこめられていた。
結局、俺は前言を撤回し、今日にいたっては身体を重ねた。あんなことがあった後だというのに、股間が反応するのだから、人間はすごいとしみじみ思った。
「ねえ、明日もお休みでしょ? どこか連れてってよ」
弾んだ声に、こちらは気分が塞ぎこむ。「ああ」と唸るような声でうけあった。前方のテールランプが、ぼんやりとした8の字を網膜に焼きつける。このまま誘われるように、あの光に突っ込みたい。そんな衝動があった。
お題は「オートバイ」「口紅」「包丁」です。




