連ケツハザード
広瀬は尻がかゆかった。朝からかゆみは増す一方で、鏡で確認すると、あせものような湿疹があった。連日の真夏日に、彼のパンツの中はむれにむれ、そういうことになっていた。かきすぎても治りを遅くするだけだとわかっていても、我慢ならなかった。
広瀬はただいまバイクに乗っているが、熱を持ったシートに座るだにかゆく、信号待ちの度に、その場で立ち上がり、バイクの車体を両ももで支えて、尻をかきむしるということを繰り返していた。夕方を少し回った、ちょうど仕事帰りで交通が混み合う頃合だったのだが、人目を気にするより、本能が僅かに上回っていた。
また赤信号に捕まると、すぐにそのようにした。こうなると信号待ちが有難いものに思えてくるのだから、広瀬は不思議な気持ちだった。ジーンズの上からではたまらず、その中へ手を差し込んでかけるだけかいた。だが、それでも痒みはおさまらず、ついには広瀬は決断をする。バイクに一旦座ると、すぐに動かし、路肩へ寄せる。ハザードランプを点けて、思う存分尻をかくことにした。彼は満足顔だった。
中山は帰路を急いでいた。今日は娘の五歳の誕生日であった。妻は朝から張り切って料理の仕込をしていたし、彼もまた可愛い愛娘の為に、とびきり人気のケーキを帰りしなに買った。ドライアイスが溶ける前に帰りたい。何より娘の笑顔が見たくて、アクセルを強く踏んでいた。
前方を走るのはバイクだった。乗っているのは若い男のようだったが、この男、どうも先程から信号に捕まるたびに、バイクから立ち上がって尻をかきむしるという奇行を平然と繰り返していた。こちらまで尻がむずむずしてくるような堂に入った所作であった。
そしてまた赤信号。一刻も早く娘にケーキを見せたい中山にとって、苛立たしいことこの上なかった。そして例によって、前を行くバイクの運転手は立ち上がって激しく尻をかく。
「またかよ。どんだけかゆいんだよ」
彼に八つ当たりをする。実は、中山自身、ああもかきむしる姿を見せ付けられ続けて、自分の尻もかゆいような錯覚に陥りかけていた。運転席で身を捩ること、一度や二度ではなかった。
と、その時。前方の彼がついにはバイクを路肩に寄せ、ハザードを点けるではないか。
中山が不運だったのは、前方の彼が所謂ハンヘル、即ち顔が見えるようなメットを被っていたこと。そして、中山自身の視力が良いこと。広瀬が憑き物が落ちたような顔で、尻を思う存分かきむしるのが見えてしまった。いいなと思ってしまった。
逡巡するも、中山もまた道端に車を寄せ、ハザードランプを灯した。ちょっとだけ。そう自分に言い聞かせながら。
布良は長期の休みに、久しぶりに帰省することにした。とはいえ、社会人三年目の彼の稼ぎは知れており、安月給から新幹線代を捻出するのは少々苦しかった。そういった事情から車での帰省を選んだが、それにしても生来、貧乏性の気があるらしく、高速道路は避け、一般道をひた走っていた。道中は快適で、渋滞につかまることもなかった。それもそのはず、盆に休みが取れず、少し遅れての帰省となっているからである。ユーターンラッシュも既に終わっている。
だから、その光景を目の当たりにした時、布良は一瞬、ブレーキを踏むのを躊躇った。ずらっと縦列に、車両が停まっている。たまに数台程度、連続するように一時停車しているくらいは、ままある。だが、彼の眼前の光景はどうだ。先が見えないのだ。一体、何台の車が停まっているのだろうか。
布良は追い抜いていったいいものか、判断もつかないまま、そろそろと車を進めていく。すると、いわゆる二重駐車になっていて、通行が困難になっている。わけがわからず、引きつった笑いを浮かべる。
「おいおい、何だよこれ」
二重駐車の車両手前で停止して、途方に暮れる。
そして、運転席の男が、何かにとりつかれたかのように、尻をかきまわしているのが見えた。よくよく見れば、他の車両の運転手も全員が尻をかいているようだ。そのために停車しているようだ。異様な事態に、布良は恐怖さえ覚えた。しばらく途方に暮れて、他の運転手の奇行を見つめていた彼は、しかしやがて、するりと左手を伸ばした。
もちろん尻がかゆいからです。あせもどうにかなんねえかな、本当に。ちなみにタイトルは、ハザードランプが連結する様と、ケツが次々ハザードされていく様をかけています。




