真正直
休みが重なったので、小野と釣りに出かけることになった。車で一時間程度とばした先にある池へ。かなり久しぶりだったが、道具の扱いなんかは簡単に忘れるものではないらしく、二人とも手際よく準備できた。
最初にヒットしたのは小野のほうだった。竿が大きくしなっているところを見ると、かなりの大物のようだ。雷魚でもひっかけたのだろうかと思いながら、網を用意する。その一瞬、彼から目を離した隙に、大きな水音がした。瞬間的に、小野が落ちたのだと悟り、青くなった。すぐに振り返ると、果たして小野は池に落ち、手をばたつかせていた。顔が浮き沈みし、必死に助けを叫んでいた。小野はカナヅチである。
早鐘を打つ胸を落ち着かせる間もなく、服を脱いでいく。待っていろと大声を張り上げる。気がせいて仕方なかった。パンツ一丁になるのと、小野の身体が水面から消えるのが同時だった。飛び込もうとしたまさにその瞬間だった。
いきなり水面がガバッと大きく持ち上がり、何か巨大なものが浮かび上がった。飛び込まんと勢いをつけたままだったので、急制動にバランスを崩して、草地に尻餅をついた。水のベールが下へ流れきって、巨大なその何かの姿があらわになった。女性のようだった。整った見目形に、一片の汚れもない白無垢のローブを纏っていた。ブロンドの頭の上には草の冠を載せている。
女神だ。直感した。その女神の両手はふさがっていた。服装同様に真っ白な指先で、掴んでいるものに、思わず声をあげた。
「小野!」
彼女の左手は、小野の襟首を掴んでいた。
「貴方が落としたのは」
そして反対の右手は、金の彫像を持っていた。
「この金の小野ですか?」
突き出された右手の像は、確かに小野を模したものに見えた。純金なのだろうか、水滴を流しながら、陽光に映えて眩いばかりの光沢を放っていた。だというのに、よほど精緻に削りだされているらしく、見れば見るほど小野だった。右目の下の泣きぼくろまで再現されている。
女神は次いで、左手の、本物の小野を心持ちこちらへ差し出した。顔が真っ青で、口からだらしなく水滴ともよだれともつかない汁を流していた。
「それとも、こちらの、ぐったりした普通の小野ですか?」
たおやかな笑みを浮かべた女神は、こちらの返答を急かすこともなく、じっとそのままたたずんでいた。
はたと正気に戻った。あまりに非現実的な出来事に放心しそうになっていたが、すぐに息せき切って叫んだ。
「そっちです。そっちの普通の小野です。小野弘樹、三十二歳です!」
女神の笑みが濃くなる。平素であれば見惚れ、呆けていたことだろう。
「なんと正直な方でしょう。褒美に、こちらの金の小野を差し上げましょう」
「いやいやいや、待って! 待って下さい!」
「それでは。どうかその正直な心根を持ったまま、これからも励んで下さい」
女神がそう締めくくると、不思議なことに右手の金の小野像が宙を浮かび、ゆっくりと進んできて、草地に着地した。その不可思議な光景に少しの間、目を奪われている間に、女神も小野も忽然と姿を消していた。
「小野おおお! OH! NO!」
後に残されたのは自分の絶叫する声と、不気味なまでに気韻生動の金の小野像だけだった。
まあコレも言わずもがな、有名な童話が元ネタ。




