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小ネタ集  作者: ポンカス
11/19

神の御名

 部屋に入るなり、彼は訊ねてきた。

「君は確か、家鳴りがすると言っていたね」

 ええ、と曖昧に頷きながら、そういう話もしたかなと記憶を探る。いつか、酒の席で今住んでいるアパートについて話した気がする。

「時々、ミシッと鳴るのかい?」

「ええ、そうですね」

「ミリッではないのかい?」

「ミシッて感じですね」

「ギシッでもないのかい?」

「はい、違いますね」

「君はその原因に心当たりはあるかい?」

 彼の目は真剣だった。社内でも変わり者として知られる彼だが、その評価に違わず、いまだに僕は彼のことがよくわからない。

「さあ。神様の悪戯かもしれませんね」

 テキトウに答えたのだが、彼は神妙な顔で黙りこくった。

「あ、いや。そんなに古くないのに、鳴るのはちょっとおかしいかなって思っただけで。でもそれも頻繁ってわけでもなくて」

「じゃあ、君は佐藤のせいだと?」

「は?」

 素っ頓狂な声が出る。

「家がミリッて鳴るのは、佐藤のせいなのかと聞いている?」

「いや、ミシッて鳴るんですけど…… 佐藤って?」

 何人か、社内でかかわりのある佐藤さんを頭の中で順繰りに思い浮かべる。二年後輩の女子社員、課長、他の課まで辿っていくとまだ居るだろうか。

「佐藤は佐藤だ。個々の佐藤には意味がない。佐藤は全にして一」

「何を言っているんですか?」

「佐藤は神であるかもしれない、と言っている」

「本当に何を言っているんですか?」

「神の定義の一つに、遍在があるかと思う」

「遍在……」

「ああ、どこにでも居るということだ」

 重々しく頷く。

「佐藤は、どこにでも居るという一点にあっては、神と等しい」

「ちょ、ちょっと待ってください。どこにでも居るってだけで神様扱いってのは乱暴でしょう」

 僕の当然のツッコミにも、さもありなんという顔をするだけだった。

「だから、わたしは可能性としての話をしている。だが日本じゅうを見渡したとき、佐藤が一番神に近いのも真実だ。何故なら、他の人間は遍在していない」

「じゃあ鈴木は」

「鈴木もまた神だ」

 当然という感じで肯定する。

「じゃあ田中は?」

「田中は天使だ。神と呼ぶほどには遍く居ない」

「その理論だと、僕のような苗字だと?」

 僕は三原という。

「残念ながら、無知蒙昧な取るに足らないものということになる。チンカスと言ってもいいかもしれない」

「……そんな」

 無茶苦茶だ、と抗議しかけた時。

 ギシッ

「家鳴りか。第十一代将軍、徳川家斉か」

「シッ。黙って下さい」

 ギシ、ギシッ

「ミシッとは言っていない?」

 おかしい。今まではミシッという音がしていた。だが今はどうだ。ギシッと鳴っている気がする。

「今までのが佐藤の仕業だとすると、もしかすると今のは鈴木のせいかもしれない」

「じゃあ、アナタが?」

 僕は彼、鈴木大梧を見つめる。彼は目を細め、緩く首を振った。

「わたしであって、わたしでない。鈴木もまた全にして一。わたし個人としての鈴木を責めることに何らの意味もない」

「何か煙に巻こうとされている気もしますけど」

 まあ、鈴木が神であるなどと信じているわけでも勿論ないので、責めようというわけでもないから構わないか。

「強いて言うのなら、わたしの妹である」

「え?」

「おとといまで居た佐藤さんが転居し、今はわたしの妹が住んでいる」

「え? どこに?」

「この上の階」

 人差し指を上に向ける。一階の僕の部屋の上、二階に彼の妹さんが住み始めたということらしい。

「彼女が新居を探しているということで、わたしが紹介した」

「えっと、つまり家鳴りは貴方のせいということで良いんですか?」

「鈴木は全にして」

「いやいや。お前だよね?」

「……君も神にしてやろうか?」

「いやいや。そんなんいいから、妹さんにあまりドタバタしないように言って下さいよ」

「あれはいじらしいのだ!」

 突然大声を出した彼に、僕は吃驚して尚も言い募ろうとした言葉を飲み込んでしまった。

「以前、君をわたしの家に招いただろう?」

「……ええ。それが?」

 確かに以前いちどお邪魔した。断りきれなかったと言った方がより語弊がないかもしれないが。

「あの時、君にひとめぼれしたそうだ」

「……」

「神になりたいと思わないか? 家鳴りもやむぞ?」


 一週間後、僕は引越しをした。

なにやら色んな人を敵に回しそうな。今更か。

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