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小ネタ集  作者: ポンカス
1/19

不謹慎

 沈痛な表情を作った坊主が、一同の顔を見回し、厳かに言った。

「仏様に、ご挨拶を」

 生前、近しかった者から順繰りに棺へと歩み寄る。ある者は一言二言と声を掛けるだけで離れていく。またある者は棺の中へ手を伸ばし、顔や手などを撫でた。棺の中を覗き込み、ただ黙って瞑目する者もいた。みな一様に死を悼んでいる様子だった。

 昭二さんは、享年が八十三ということだった。弔問客の中の一人が「よう往生しはった」と涙混じりに掛けた一声が示すように、男性としては長寿だったのだろう。しかしその最期は、病院のベッドの上で、家族に看取られることもなく、息を引き取ったということだった。深夜に容態が急変し、そのまま帰らぬ人となったのだ。

 私もまた他の参列者に倣い、棺の前まで行く。昭二さんの遺体は、恐ろしく痩せ細っていた。頬はこけ、肉を失った皮が寄って、皺くちゃだった。腕は枯れ木みたいに節くれだって、ひじなどは骨が突き出すかのようだった。人はこんなに痩せてしまうのだなという所感は、三年前、私自身の祖父をだびに付す際にも抱いたものだったが、昭二さんは身長も低く、身体が小さいため、余計に儚く見えた。既に亡くなった人に対して儚いも何もないかもしれないが。

 葬儀会場には、パイプ椅子が並んでいた。私はその後部、後ろから二番目の列の右端に腰掛けた。座部のクッションが薄く、長く座っていると尻が痛くなりそうだ。

 坊主がこちらに向かって何事か話し始める。坊主は滑舌が悪く、後ろの席からでは、よく聞き取れなかった。やがて一度両手を合わせ、小さく礼をし、紫紺の座布団へ静かに腰を下ろした。やがて唸るような低い声で読経を始める。坊主の滑舌いかんでもなく、当然に経を聞き取ることは出来ない。祖父の葬儀では、参列者各位に写経が配られ、復唱のような真似もさせられたのだが。宗派の違いか、地域性の違いかはわからない。

 カッターシャツの袖に数珠がじゃれつき、私は少し腕まくりした。その時に上がった目線の中で、おかしなものを見つけた。列のかなり前の方、正確にはわからないが、前から二列目であろう。女性の後ろ姿だった。葬儀に女性が参列しているのが珍しいわけでは、もちろんなく、問題はその服装だった。黒いドレスに見える。確かに色合いは場に馴染むものだったが、どうにも意匠が良くない。立ち上がればふわりと広がるであろうスカート部、腰についた大きなリボン。私は明るくないのだが、恐らくゴスロリなどと呼ばれるファッションではなかろうか。バカじゃなかろうか。かなり前方に座っていることからも、彼女が昭二さんの血縁ではないかと推知できるが、一体なにを考えているのか。年恰好から、孫ではないだろうか。直系の親族がこのような奇天烈な格好で自身の葬儀に参列しているなどと知ったら、昭二さんも死んでも死に切れないのではないか。

 というのが常識的な思考回路なのかもしれないが、実際のところ私に彼女を糾弾する資格は欠片もない。私のような赤の他人が、この葬儀の末席を汚していること自体が彼女以上の冒涜行為である。私は昭二さんとは何の繋がりもなく、面識も一切ない。今日、棺の中で眠る顔を拝したのが初対面ということになる。私の友人の父の後妻の父というのが、彼である。非常に遠い。ここからグアテマラくらいの距離がある。ではなぜ私がこの葬儀に出ているかと問われると、友人に請われたからだと答える。友人にしてみれば、継母の父と言うことになるが、友人の父とその継母が再婚したのは、友人が社会人となってからであり、彼と継母が会ったのは片手で数えられる程度の回数であるそうだ。つまり昭二さんと友人の間はお察しということで、他人同然の葬儀に一人で参列するのが退屈だろうから、一緒に出てくれなどと妄言をほざいた。普段なら断固拒否するところだが、先月借りた金を未だ返していないこともあり、不承不承首を縦に振った。するとどうだろう。友人は腹痛でドタキャン、しかもその連絡が遅く、私が会場入りした後にメール一本で済ませるという不誠実ぶり。かくして私は赤の他人の葬儀に一人で参列する羽目になった。何の冗談だろうか。

 それでも、これも何かの縁と割り切り、私は数珠を握りこみ、一心に祈った。

 早く帰りたい。借金は踏み倒そう。けつ痛い。なーむー。


 

実体験。友人は選んだほうが良いと言う先達の教えを胸に刻み込んだ。ゴスロリは脚色。

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