夏至
原稿用紙三枚……とちょっとのショートショート
ワコは十二人の兄弟で一番小さかった。
いつも「大きくなったらね」と相手にしてもらえない。大きな兄や姉を追いかけるうちに転んでも、まわりはいつも笑うだけ。だからワコは、赤い羽毛マントの裾を握りしめて涙を堪えるしかないのだ。
祭りが近づいた、ある日のこと。姉たちの自慢する綺麗な髪飾りを見ようと、そっと近づいたが、黄金の小鳥は遥か頭上の彼方へと持ち上げられてしまった。
手を伸ばしても、背伸びをしてもワコには届かない。それでも、「素敵でしょ」といくつもの笑い声だけが降ってくる。
ワコは何も言わなかった。見せて、と口にすれば、泣いてしまうかもしれないからだ。
泣けば、姉たちは優しくしてくれるだろうが、いちばん大切な人は褒めてくれない。だからまた、ワコはマントの裾を握りしめた。
「ワコ」
もっともっと高い天の上から声がしたと思うと、ワコの脇には大きなものが挟まって、体はすっと軽くなる。
「ほら、これでいいだろ?」
ワコは鳥になった。途端に、世界はどこまでも広がった。
黄金の小鳥は今や、ワコより遥か低い空でさまよっているだけ、少し手を伸ばすだけで捕まえられるような気さえする。
ワコは宙に浮く足をふりながら、振り返り、いつもこうして自分を抱き上げてくれる腕の向こうを見つめるのだ。
赤く日に焼けた一番上の兄ニナンが笑うと、小さな頬も赤く染まっていくのは夏の太陽のせいだろうか。
「祭りが始まったら、ワコも連れてってあげるよ」
いつしか姉達の笑い声は消え、刺すような視線が注がれた。
十二月、霊峰アウサンガテには夏でも雪が降る。
僅か七日の在位で崩御したインカ皇帝ニナン・クヨチを葬るため、一行は洞窟を目指し、険しい山を登っていった。
「やっと着いた」
奴隷が担ぐ色とりどりの羽で飾られた輿から、王女ワコが飛び降りた。
玉座を覆った赤い布が外されると、誰もが目を伏せる。
神として死した後もクスコに祀られるべき亡がらは、天然痘で醜くただれている。忌み嫌われたまま、アウサンガテに置き去りにされるのだ。
「かわいそうなニナン」
覆いが外されるたびに死者の頬を撫でるワコと目を合わせる者など、一行には誰もいない。
死肉を漁るコンドルが空に姿を現し、いつまでも空をぐるぐると廻るので、いそいで亡がらは洞窟の奥へと運ばれた。
別れの儀式が始まる。
神官が手にした針がワコの舌を貫くと、ぽたぽたと血が溢れたが、チチャ酒で熱くなった体には痛みすら感じない。
巫女たちは踊りながら人皮太鼓のティンヤを鳴らしている。楽士のサンポーニャ笛が加わると、二つの音は響きあってアンデスを駆け昇って行くようだ。
白く漂う煙はコカだろうか、まるで夢を見ている気分だった。
「ワコ」と呼ぶ声がする。振り返ると人影があった。
近づいて来るのは大きな手、疱瘡だらけのひからびた指先が頬に触れる。
「さびしかった?」と聞けば、人影は僅かに揺れた。
「これからは、ワコが一緒にいてあげる」
息を吸い込むと冷たさを感じた。アウサンガテに氷の夜が訪れたのだ。
体を取り巻く炎はこのまま熱を失っていくのだろう。
途切れそうな意識の中、思い出すのは故郷で見たカパック・ライミの夏祭りのこと。
間もなくやってくる夏至の日、太陽の神殿でニナンの妻となることを夢見ながら、ワコはゆっくりと目を閉じた。