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09  買って!!

 レンタルショップからの帰り道で、葵が突然『あ!』と叫んだ。

「なんだ?」

 周囲の人には聞こえないよう、なるべく小声で喋る。駅前の大通り、しかも帰宅ラッシュの時間でもあったので、そこそこの人が歩いていた。一刻も早く家に帰りたいのか、無表情で足を動かしている人々が目に付く。そんな人たちとは対照的に、葵は興奮した様子できゃーきゃーと叫んだ。

『お兄ちゃん! 今日、発売日だった!』

 葵は俺の肩をたたくジェスチャーをしているが、その手は俺の肩をすり抜けた。俺はそんな奇妙な光景と、葵の叫び声を聞きながらため息をついた。

「……なんの発売日だって?」

『あたしが大好きな、漫画の最終巻の!!』

――今の葵に擬音をつけるなら、「キリッ」だろう。……なんて、どうでもいい事を考えている俺に、葵は叫んだ。

『お兄ちゃん、買って!!』

「はあ!?」

 大きな声で反応してしまい、近くを歩いていた人に顔を見られた。俺は俯き、口元を右手で隠しながら呟く。

「なんで俺が……」

『だって気になるもん! 最終巻だよ!? あたし、すっごく楽しみにしてたのに!!』

「…………」

『最終巻読まなきゃ、成仏できないかも!!』

 そんなことを言われたら、買いに行かねばなるまい。



 近くにあった小さな本屋に、足を踏み入れた。雑誌を立ち読みしている人たちの間を潜り抜けながら、相変わらず一人で騒いでいる葵に尋ねる。

「その本、どこにあるんだ?」

『少女漫画のコーナー!』

「…………」

 葵が読んでる漫画ならまあ、少女漫画でもおかしくない。が。

「それを俺が買うのか?」

『だって、私はもう買えないもん。憑依したって、お兄ちゃんが買うのには変わりないよ』

 そりゃそうだが。

「で、本のタイトルは?」

『愛しちゃう、恋しちゃう!』

「……は?」

『本のタイトルだよ。【愛しちゃう、恋しちゃう!】』

 ぐらりと、足元の床が歪んだような気がした。とりあえずその場で立ち止まり、雑誌の表紙を見ているふりをする。俺の体は、はたから見ても明らかに震えているだろう。

 恥ずかしさと、恐怖で。

「お、俺に、そんなタイトルの本を買えと?」

『うん!』

 そんな嬉しそうな顔をするな。

「DVDの件といい、どれだけ俺に恥ずかしい思いをさせる気だ、お前は」

『大丈夫だよお兄ちゃん! お兄ちゃんのエロ本の表紙の方が、よっぽどエロかったよ!』

 そういう問題じゃない。



 少女漫画の新刊コーナーを、一度だけふらりと素通りした。素通りしつつ、ブツはしっかりチェックする。最前列の一番目立つコーナーに、それはあった。よっぽど人気のある漫画だったらしい。【愛しちゃう、恋しちゃう! 感動の最終巻フィナーレ!!】と書かれたポップが、漫画の横に立っていた。

「うおお……」

 表紙を見て、思わず変な声が漏れた。どう見ても、少女漫画のタッチで描かれている。少女漫画なんだから当たり前っちゃ当たり前だが、目を大きく描きすぎだろ、これ。顔面の半分くらいの面積を、目が占めてるんじゃなかろうか。

『お兄ちゃん、早く早く!!』

 葵に急かされ意を決した俺は、平積みされているその本を1冊だけひっ掴み、早足でレジへと向かった。今までモタモタしていたものの、恥ずかしいことはさっさと終わらせるに限る。

 レジの店員は、大学生くらいの男だった。女性店員に見られることを考えれば、精神的ダメージはまだ少ない。

 カウンターに本を置き、小銭を探している俺に店員が話しかけてきた。

「この漫画、いいっすよね。俺も家に帰ったら読もうと思ってて」

 お前も読んでんのかよこの野郎。

『お兄ちゃんも読んでみたら? 絶対ハマるよ』

 隣でその様子を見ていた葵が、くすくすと笑った。



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