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08  好きなんでしょ

 駅を少し下ったところにあるのレンタルショップは、それなりに混んでいた。新着のCDやDVDのコーナーには、「貸し出し中です」の文字が並んでいる。俺は妹が借りていたCDを返却ボックスに突っ込もうとして、その返却ボックスがなくなっていることに気づいた。レジに並んで、直接返却しなくちゃいけないらしい。面倒だな、と思いつつレジに並んだ。


「お次のお客様どうぞー」

 呼ばれて、俺は店員のもとへと向かう。胸元に、『研修中』の札をつけている女性店員だった。

「それでは、返却内容を、確認させて、いただきます」

 マニュアルに、そう言えと言われているんだろう。が、あまりにも棒読みすぎて、学芸会の台本を読んでいる小学生のようだった。新人らしいといえば、新人らしいが。


 

 葵が借りてきていたのは、邦楽のCD2枚とDVDが1枚の、合計3枚だった。

 DVDも借りてきてたのかあ……なんて暢気なことを思いながら、俺はDVDのタイトルを見た。そして、血の気が引いた。


 そのDVDのタイトルは、『イケメン王国 君もパラダイスに連れてってあげるよ』。


 アダルトなDVDでないことは、知ってる。これは、1年前にテレビでやってた連続ドラマだ。

 それはいいのだが、このドラマの内容はタイトルの通り、かっこいいイケメンに囲まれてウハウハする女の子の話だ。無論、女性向けのドラマである。

 レジの店員に、顔をチラ見された。ち、違う。俺は断じて、そういう趣味では……!

「い、いやあ。このドラマの主演の、椎名しいな芽衣子めいこってかわいいですよね!」

 俺は、イケメンに囲まれてウハウハする役をやっている女優の名前を口に出し、ごまかそうとした。しかし、不自然すぎて余計に怪しい。

 俺が慌てふためく様子を、葵はニヤニヤと見つめていた。く、くそ。



 やっとの思いでレジから離れ、とぼとぼと出口に向かって歩いていると

「あれ? 夏樹君?」

 後ろから声をかけられた。

『あ。美鈴ちゃんだ』

 俺よりも先に、葵が彼女の名前を言う。俺の名前を呼んだ美鈴は、ぎこちない笑顔をこちらに向けていた。葵の葬儀の時にはまとめていた長髪を、今はおろしている。白色のワンピースに黒のカーディガン、足元には装飾の少ない薄茶色のミュールという、いつも通りの大人しい格好だった。

「何か借りに来たの?」

「いや。葵がレンタルしてたのを、返しに来ただけ」

「そうなんだ……」

 笑顔をが更にぎこちなくなる。死んだあおいの話を出すのは、あまり良くないのかもしれない。相手に気を遣わせてしまう。

 美鈴の抱えている青色の袋を見ながら、俺は笑った。

「美鈴は? 何か借りに来たのか」

「ううん、私も夏樹君と同じで、返却しに来たの。返却期限が今日だったから」

『あーっ!!!』

 隣にいた葵にいきなり叫ばれて、俺は飛び上がった。そんな俺を見て、美鈴が首をかしげる。

「どうかした? 夏樹君」

「あ、いや……」

 どう弁解しようかと考えている俺の横で、葵が叫ぶ。

『思い出した! 先週ここに来た時ね、美鈴ちゃんに会ったよ!! 一緒にDVD探したんだ!』

「え!? じゃあ美鈴もイケメン王国借りてんの!?」

 思わず素で反応してしまってから、しまったと思う。美鈴は顔に「?」を張り付けたまま、俺の方を見ている。

「あ、ごめん。あの、……葵がそんな感じのDVDを借りてたんだよ」

 俺が小さな声でそう言うと、美鈴は思い出したようにくすくすと笑った。

「そうだった。先週、ここで葵ちゃんに会ったのよ」

「え!? そうだったのか!」

 ついさっき葵から聞いた話だが、知らないふりをする。わざとらしい演技になってしまったと思ったが、美鈴は構わずに続けた。

「葵ちゃんが、見たいDVDが見つからないって言ってたから、一緒に探したの。そういえば、そんなタイトルのDVDを探したっけ」

「なんだ。じゃ、美鈴は借りてないのか」

『なによ、そのほっとしたような顔はー』

 ぶうぶう言ってる葵は無視して、俺は美鈴に笑顔を振りまいた。美鈴は俺の顔を、心配そうに見つめてくる。

「……夏樹君、大丈夫? 無理してない?」

「あ。大丈夫だよ、うん」

「そっか」

 どうしても、空気がぎこちなくなってしまう。それを横で見ていた葵は、にやりとした。

『お兄ちゃん、美鈴ちゃんのことが好きなんでしょ』

「ばっ!! お前っ……」

「な、夏樹君?」

 何もない空間を見ながら叫んでいる俺を見て、美鈴が訝しげな顔をする。

「あ、いや大丈夫だよ。あはは、じゃあな美鈴」

 不思議そうな顔をしている美鈴を残し、俺は一人でそそくさと店を出た。



 上を見上げると、葵が落ちたビルの屋上が遠くに見えた。




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