07 5秒だけだよ!
携帯のアラーム音で目覚めた俺は、あたりを見渡した。いつ通りの見慣れた俺の部屋。葵は、……いない。
俺はため息をついて、上半身を起こした。
いくら妹とはいえ、起きた瞬間目の前に顔があるのは恐ろしいものがある。
俺が階段を下りる音を聞きつけて、葵が自分の部屋から出てきた。昨夜はちゃんと、自分の部屋で眠ったらしい。後ろから必死に、声をかけてくる。
『お兄ちゃん、お兄ちゃん!』
「なんだ?」
『おはよう!! おはようございます!!』
「……おはよう」
朝からどうしてこんなにハイテンションなのだ俺の妹は。
今日もまた、トーストとジュースだけの朝食を摂る。その場にいるのはやはり、葵だけだ。
「今日はその、お前がレンタルしてたっていうCDを返しに行こうか」
『うん!』
「葵の部屋にあるのか? そのCD」
『そうだよ』
そういえば、葵の部屋に入ったことはあまりない。葵が幽霊になってから初めて俺の部屋に来た時、久しぶりだと言っていたが、その通りだ。俺も、葵の部屋に入るのは久しぶりだった。
「じゃ、あとでお前の部屋に行くぞ」
『え、やだ!!』
は?
「やだってお前……」
『お兄ちゃん、ヤサガシとかしそうだもん!!』
「しねえよそんなこと。なんだ。見られたらまずいもんでもあるのか?」
『うっ……』
あるらしい。
「なんだよ。まさかエロ本とか?」
『えっ』
「え?」
冗談だろ? 俺は食べていたトーストの屑を、ボロボロと床にこぼした。お、落ち着け。俺が動揺してどうする。
「……お、おい。はっきり言っておけよ今のうちに。なんか見られちゃまずいものがあるのか?」
『う、うん……』
葵は気まずそうに、下を向く。なんなんだその、見られちゃまずいものって。訊きたい。訊きたくて仕方がない。しかし
「わかった。それが何かは訊かないから、俺を部屋に入れろ。部屋に入ったら俺は、CDにしか触らない。お前は俺を監視してればいい。な?」
『うん。お兄ちゃん、5秒で部屋から出てね。5秒だけだよ! 5秒だからね!』
どこの小学生だお前は。
こぼしたトーストの屑を掃除して、俺は葵の部屋へと向かう。葵の部屋は、俺の部屋の隣にある。葵は心配そうに、俺の後ろからついてきた。
「葵、CDはどこに置いてあるんだ?」
ドアにかけられているピンク色のプレートを見ながら、俺は尋ねた。
楕円形のプレートには丸っこい字で、「あおいのへや」と書かれている。
『机の上に置いてあるよ。レンタルショップでもらった青い袋に入ってる』
「よし。じゃ、俺は机の上のそれを取ったらさっさと部屋から出るから」
『う、うん……』
葵の了解を得て、俺はドアノブに手をかけた。
開けてみると何てことはない、普通の女の子の部屋だった。他の女の子の部屋が、どんなのかは知らないが。
本棚には少女漫画らしきものがずらっと並び、その下にはハート形のクッションが置かれている。クッションの色は赤色だ。壁にかかっている時計もハート形で、かわいいっちゃかわいいが文字盤が見にくい。
妹はハート形が好きだったらしい。知らなかった。
『お兄ちゃん早く!』
急かされてハッとする。気づけば葵の部屋をぼーっと眺めていた。ベッドサイドに並んでいるアルパカや猫のぬいぐるみが、こちらを睨んでいる。ように見える。
俺は早足で葵の学習机のもとへ向かい、そこに置かれていたレンタルショップの青い袋を掴んだ。その袋の横に無造作に置かれていた本に、嫌でも目がいってしまう。その本のタイトルは、
【正しい恋のしかた50 5分で分かる恋愛テクニック】
「お、おおお……」
『ちょっとお兄ちゃん! 何見てるの!?』
葵に怒鳴られ、俺はあわてて部屋を出た。
疲れた。恐ろしく疲れた。
100m走の後みたいに肩で息をする俺の姿を見て、葵は眉をひそめた。
『見た?』
「……何を?」
葵は答えない。葵が言っていた見られちゃまずいものって、あの本のことだったんだろうか。
正しい恋のしかた
そうか。葵には好きな人がいるのか……。




