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34  最後、だから

 未練みたいなものをなくせば成仏できるのかな。例えば、突き落とした犯人を見つけるとか。


 あの日そう言ったのは確かに俺で、けれど本当に成仏そうなるとは思ってなかったのかもしれない。

 葵の姿が、あまりにもはっきりと見えていたから。


 今まで通り、これからも。そんな風に、頭の隅では思っていたのかもしれない。


 だけど、やっぱりそれは、訪れるんだ。

 驚くくらい、あっさりと。




 透けている、と俺に指摘された葵は、自分の両手を見た。街灯の下にいるせいで、透けているのがはっきりと分かる。

『……ホントだ』

 葵は笑った。それは、楽しそうな笑顔ではなくて。

「葵……」

 うまく声が出ない。そんな俺の方を見て、葵はほほ笑んだ。それから、

『時間がないね』

 寂しそうに、言った。

『ごめんね。身体借りるよお兄ちゃん』

「え?」

『これで最後、だから』

 そこで、俺の意識は途絶えた。





 目覚めると、見慣れた天井と照明が見えた。間違いなく俺の部屋だ。照明がやけに眩しく感じられて、俺は眼をそらしながら上体を起こした。ベッドがわずかに軋む。

「……葵?」

 呼んでみるが、返事がない。時刻を確認すると、21時過ぎだった。

 美鈴を見送ったのが19時ごろ。つまりまだ、あれから2時間ほどしか経っていない。なのに。

「――……葵」

 もう一度、小さな声で呼んでみる。けれどベッドの端にも、椅子にも、葵の姿はない。



 本当は、理解していた。

 けれど認めたくなくて、何度も名前を呼んだ。

 


 俺は立ち上がり、葵の部屋へと向かおうとした。

 その時、自分の机の上に、淡いピンク色の封筒が置かれていることに気付いた。


 見慣れた丸っこい字で、『お兄ちゃんへ』と書かれている。

 俺は無言で、封筒の中身を取り出した。




『(変態の)お兄ちゃんへ

 

 あたしは多分、今から成仏するんだと思う。だから最後に、お兄ちゃんの身体を借りて手紙を書いてます。勝手に借りちゃってごめんね。


 美鈴ちゃんのことは、誰にも言わないでほしいの。あれは事故だし、……お父さんとお母さんには、うまく説明しておいて。お兄ちゃんならできるでしょ? あたし、信じてるから。


 今まで本当にありがとう。今までって、生きてた時と幽霊の時と両方ね。そんなこと書かなくても分かるか。……なんか焦っちゃってて、何を書けばいいか分かんないの。あたしはやっぱりバカだね。


 あたしの部屋だけど、これからは勝手に入って好きなもの持って行っていいから。一応書いとくけど、エロ本は置いてないよ! 残念!

 あたしの机の、上から2番目の引き出しに、お兄ちゃんに渡そうと思ってたプレゼントが入ってます。お兄ちゃん、もうすぐ誕生日でしょ。あたし覚えてたんだよ。さすがはあたし!!

 死ぬ前に買ったやつなんだけど、結構高かったから大事に使ってね。


 今まで本当にありがとうございました。あれ、しまった。これ書くの2回目だった。


 

 それじゃ、そろそろいくね。家族3人になっちゃうけど、仲良くするんだぞ!!




 ぴーえす。


 あたしの机の上に置いてた「正しい恋のしかた」っていう本。あれもお兄ちゃんにあげる。がんばれよ、お兄ちゃん!』




「……色々と余計なこと書きやがって、あいつは……」

 俺は、水に浸したみたいにヨレヨレになっている手紙を読み返した。


 

 俺の涙が、手紙の上に零れおちた。




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