33 だいすき
「葵はお前のことを怨んでないし、俺はお前のことを嫌いにならない」
葵の言葉も代弁して、俺は声を出す。美鈴はゆっくりと俺の方に顔を向けた。赤く充血している目が、酷く目立っている。
俺は自分の鞄から、葵が買ってきた温泉旅行の土産を取りだした。そしてそれを、美鈴に差し出す。
「これ、葵からお前に」
「え?」
不思議そうな顔をする美鈴に、俺は笑う。
「葵がお前のために買ったんだって。だから渡しとく」
俺はそう言ってから、葵の方を見た。葵は笑顔で頷いている。その葵の目も真っ赤だ。俺は葵の言い分を聞いてから、それを美鈴に伝えた。
「葵のは、自殺でも殺人でもなくて、事故だ。本人がそう言ってる。だから、お前は殺人者とかそんなんじゃないし、怨まれてもいない。それから」
ピンク色の紙袋を見ながら、俺は笑う。
「今でも、お前のことが好きだって。それはずっと変わらないって、言ってる」
「言ってるって……」
困惑顔の美鈴に、俺はほほ笑んだ。
「分かるんだよ。兄妹だからな」
『ちょっとー、カッコつけちゃって! 変態なお兄ちゃんのことをこれからもよろしくねって、美鈴ちゃんに伝えてよ!』
「ばーか、言えるかそんなの」
何もない空間を見て笑っている俺を、美鈴は不思議そうな、それから少し不気味そうな顔で見ていた。
「辛い時は、いつでも電話してくれ。ていうか、言ってほしい。俺も葵も、お前には生きててほしいって、本当にそう思ってるんだよ」
ちゃんと支えてやれるかどうかは分からないけど、と付け足して俺は苦笑した。
それから、美鈴を家まで送った。手を、繋いで。
帰宅途中、美鈴は葵の土産をそっと開封した。ピンク色の紙袋には、この前行ったホテルの名前がはっきりと書かれていた。それを見てぎょっとしたが、美鈴は気にしていないようだった。中から出てきたのは、マスコット付きのキーホルダー。ご当地キャラらしきマスコットが、ハート形のプレートを両手に持っている。そのプレートに書かれているのは、
『いつもありがとう だいすき』
美鈴はそのキーホルダーを握りしめて、何度目かは分からない涙を流した。
『美鈴ちゃん、大丈夫かな』
美鈴を家に送り届けてから、葵が口を開いた。先ほどまでは真っ赤だった空はすっかり暗くなり、月の光が目立ち始めていた。
「大丈夫だ、きっと」
本屋に行くのを諦めた俺は、自宅へと歩きながら呟く。
『美鈴には俺がついてるから? ヒューヒュー』
茶化すような口調で、背後から葵が言った。
「お前なあ、」
俺は葵の方を振り返り、そして驚愕した。
先ほどまで気がつかなかった。けれど今、街灯の下にいる葵を見て、その違いにはっきりと気付いた。――気付いて、しまった。
『……なに?』
凝り固まっている俺を見て、葵が眉をひそめる。
「葵。お前……」
いつかこの日が来ることは、知ってた。
「身体が、透けてる」
だけど、それが今日だなんて、思ってなかったんだ。




