31 本当の
美鈴ちゃんの家が、「少し難しい」ということは、あたしも知ってた。
だけどそれについて美鈴ちゃんから相談されたことはなくて、あたしは美鈴ちゃんの身体の痣を見ながら、いつも心配だけしていた。
本当は訊きたくて仕方がなかったけど、本人が言いたくないものを無理やり言わせたくはなかった。
――だけど、死ぬほど悩んでるなら話は別だよ。と、あたしは言った。美鈴ちゃんはしばらく無言で泣いてから、やがて絞り出すように声を出した。多分、それがその時の美鈴ちゃんにとって、精一杯の声だったんだと思う。
「もう死にたい」
美鈴ちゃんの一言目がそれで、あたしは黙り込んだ。そんなこと言わずに生きようよ! なんて、軽く言えなかった。美鈴ちゃんは吐き捨てるように、
「私は死んだ方がいいんだよ」
「そんなことない」
二言目には即答した。美鈴ちゃんの眼を見て、もう一度はっきりと言った。
「美鈴ちゃんに死んでほしいなんて、思ってない」
「だけど両親はきっと、そう思ってる。……そう言ってたから」
「…………」
答えられなかった。
あたしは、美鈴ちゃんの両親のことを詳しく知らない。――子供に死んでほしいなんて、そんなこと思う親がいるんだろうか。美鈴ちゃんの身体に痣がいっぱいあったのを思い出す。何度も蹴られて、殴られて、色んな事を言われたのかもしれない。
けれど、もしも美鈴ちゃんの両親が、美鈴ちゃんのことを嫌っているんだとしても、
「あたしもお兄ちゃんも、美鈴ちゃんのことが好きだよ」
あたしがほほ笑むと、美鈴ちゃんは軽く首を振った。
「それは、本当の私を知らないからよ」
「本当の美鈴ちゃんって?」
あたしが訊くと、美鈴ちゃんは黙り込んだ。
「――言いたくないなら、言わなくていいの。でもね、本当の美鈴ちゃんを知ったとしても、あたしもお兄ちゃんも美鈴ちゃんのことを嫌いになったりしないよ? きっと」
あたしが美鈴ちゃんに向かって微笑みかけると、美鈴ちゃんはそっぽを向いた。それから、
「お金のために身体を売ってるんだよ、私。……親の言いなりになって」
小さな声で、そう言った。
正直、ショックだった。けれど、それを聞いたからって美鈴ちゃんのことを嫌いになるとか、そんなことはなかった。むしろ、それよりも言いたいことがあって、
なのに美鈴ちゃんは立ち上がった。誰もいない、濡れたように黒いアスファルトを見下ろしながら。
「美鈴ちゃん待って!」
あたしは美鈴ちゃんの腕をつかんだ。けれど、美鈴ちゃんも譲らない。
「ごめんね葵ちゃん。でも、もういいの。疲れた、から」
「よくないよ! 死んじゃやだって言ってるじゃん!」
これはあたしのワガママでしかなくて、けれどもう、それしか思いつかなかった。美鈴ちゃんはうっすらと微笑んで、首を振った。
「はなして」
「やだってば!!」
美鈴ちゃんはあたしを巻き添えにしたくなかったらしく、お互いを落とさないように注意しながら揉み合う形になった。
美鈴ちゃんは泣いていて、死なせてほしいと泣いていて、あたしは悔しくて、
「どうして……!」
――トンッ
ほんの少しの、衝撃。肩が当たっただけ。そのくらいの。
けれど次の瞬間、あたしの身体は一瞬だけ宙に浮かんで、それから落下した。
綺麗な青空。白いワンピース。小さな、悲鳴。
「どうして、」
あたしの言葉は、夏の空気の中に溶けて消えた。




