29 思い出したんだ
ホームに立っている美鈴ちゃんの姿を見つけた時、同じことを昔……というか、生きてた頃に経験したような気がした。いつだろう、と思いながら、美鈴ちゃんの足元を見る。
遠目からでも分かる、大人しい色合いの、けれどどことなく可愛いミュール。
装飾品の少ないシンプルなそれは、美鈴ちゃんにとてもよく似合っている。
そう思いながらあたしは、自分のスニーカーを、隣に並べた。
『あああああぁぁぁぁぁぁああああ!!!!』
思い出したことと、これから起こるであろうことに悲鳴をあげる。お兄ちゃんが驚いてこちらを振り向いた。けれど、説明してる暇がない。あたしはすかさずお兄ちゃんに憑依して、ホームに向かって全力で走った。
思いすごしなら良い。
けれど、そうでなかったら。
いまのあたしは、美鈴ちゃんのことを「知っている」。
あの時知らなかったことも、知ってる。
だけどまた、美鈴ちゃんのところに向かってる。
もう一度、止めるために。
ほらね? だから言ったじゃん。
嫌いになったりしないって。
意識を取り戻すと、俺はホームの上にいた。何故か肩で息をしている。そして、
ホームに立っていた美鈴の右腕を、掴んでいた。
「……え?」
状況が把握できず、俺は間抜けな声を出す。白線の上に立っている美鈴は、驚いた顔でこちらを見ている。驚いた顔というか、
「夏樹君。……なんで?」
泣きそうな、顔で。
目の前を、特急電車が勢いよく通り過ぎた。
『お、兄ちゃん……』
声がした方を見ると、俺と同じように息を切らせた葵が立っていた。なぜか、悲しそうな表情で。その視線の先には、美鈴。
美鈴は地面にへたりこむと、両手で顔を覆って泣き始めた。
『お兄ちゃん』
訳が分からずオロオロしている俺に、葵が静かな声で言う。相変わらず、美鈴の方を見据えたまま。
『あたし、全部思い出したんだ。あの日のこと』
美鈴の嗚咽が、徐々に大きくなっていく。その様子を見守る葵も、唇を震わせながら泣いていた。悲しそうに、そして、悔しそうに。
葵は深呼吸をして、鼻をすすってから、震える声で言った。
『あたしが死んだあの日、その場にいたのは、ビルの屋上にいたのは……美鈴ちゃんだったんだ』




