28 犯人は現場に
美鈴に「渡したいものがあるから近いうちに会えないか」とメールをしてみたものの、返信がなかった。いつもなら、その日のうちに必ず返ってくるのに。
メールを送ってから2日経っても、返事はこない。俺は何度も受信ボックスを確認して、その度にため息をついた。
『お兄ちゃん、嫌われちゃったんじゃないのー?』
俺のベッドの上でニヤニヤしながら、葵が言う。
「……この前会った時、喧嘩でもしたっけ?」
美鈴と最後に会ったのは、映画を観にいった時だ。思い出してみるが、特に言い争った覚えはない。ただ少し、気まずかったくらいで。
美鈴の家がどこにあるのかは知っている。けれどメールの返事もないのに、押しかけるように行くのはどうなんだろう。
「葵。一応聞いておくけど、土産って食べ物じゃないよな?」
『違うよ。キーホルダー』
だったら焦る必要もないか。俺はもう一度ため息をついて、立ち上がった。もしもばったり会った時に渡せるよう、鞄の中に美鈴への土産を入れておく。
『お兄ちゃん、どっか行くの? もう夕方だよ』
「駅前の本屋に行くだけだ。夕方に動いた方が、まだ涼しいかと思って」
『あ、あたしも行く!』
葵がベッドから跳び起きるのを見て、俺は首をかしげた。
「なんだ? なんか欲しい漫画でもあるのか?」
そうだとしたら、かなり嫌なんだが。
だが、葵の返答は俺の予想の斜め上を通り過ぎた。
『ううん。あたしが死んだビル、ちょっと見に行きたいなと思って』
「お前の死んだビル? ……行って、大丈夫なのか?」
一度連れていった時、葵は怖いと言った。それ以来、あのビルには近づかないようにしていたのに。
葵は考え込むように俯いて、けれどもすぐに顔をあげた。
『実はね。死んだ時のこと、ちょっとだけ思い出しかけてるの』
「本当か!?」
思わず大きな声で反応してしまい、俺はあわてて口をふさぐ。幸い、下の階にいる母には聞こえていないようだ。
葵は俺の様子を見て、苦笑した。それから困ったように
『でもね、詳しい部分がどうしても思い出せないんだ。だから、もしかしたら現場に行ったら何か思い出せるかなーって。ほら、よく言うじゃん。犯人は現場に帰ってくるって』
いや、お前は犯人じゃなくて被害者だろうが。
駅前に向かって、線路沿いを歩いていく。線路わきには雑草が元気に伸びていて、その上を小さな虫が飛び交っていた。
夕方とはいえ、昼間の日差しを吸収した空気は生ぬるい。俺はうっすらと汗ばみながら、駅に向かって歩いた。踏切を通り過ぎ、やっと駅の先端が見えてきたころ、
『あ、美鈴ちゃん』
「え?」
葵の指差しているところに目をやると、駅のホームに立っている美鈴の姿が見えた。お気に入りなのか、見たことのある白いワンピースを着ている。
どこかに行くつもりなんだろう。……こんな時間から。
その時だった。
『あああああぁぁぁぁぁぁああああ!!!!』
今までにない、葵の絶叫。
どうしたんだと訊く前に、俺の意識は押しつぶされた。




