26 写真
目が覚めると、見慣れない天井が見えた。あたしの部屋じゃないと考えてから、ホテルなのだと気が付く。あたしはすかさずお兄ちゃんの身体から抜け出て、お母さんの眠っているベッドの端に腰掛けた。
お兄ちゃんは目覚めると、顔を左横に向けて、あたしとお母さんの姿を確認した。それから上半身を起こし、部屋を見渡した。
お父さん、お兄ちゃん、お母さんの順番でベッドに寝ているのに気付き、額に手を当てる。
「川の字かよ……」
ぼそっと呟くお兄ちゃんに、あたしはとびきりの笑顔で笑った。
『おはようお兄ちゃん!』
「お前……なんで俺の身体から出てきた? 今日一日、憑依してていいんだぞ」
首を引っ掻きながら面倒くさそうに言うお兄ちゃんに向かって、あたしは腰に手を当ててふんぞり返った。
『あたしがくじ引きで当てたこのホテルの素晴らしい温泉を、お兄ちゃんにも堪能してもらおうと思ってね! 朝の4時からやってるらしいから、朝風呂に行ってきなよお兄ちゃん! お勧めは、五右衛門風呂だよ!』
「……俺に気を遣ってんのか?別に俺は」
『で、お風呂に行くついでにトイレも済ませてきてくれる? ちゃんと手、洗ってね!』
口を開いたまま、お兄ちゃんは固まった。
もちろん、お兄ちゃんにお風呂を楽しんできてもらいたいという気持ちもある。けれどその前に、トイレに行ってほしかった。
どうしても、どうしてもお兄ちゃんの身体でトイレに行くのには抵抗があった。
しぶしぶお風呂に出かけたお兄ちゃんは、1時間ほどで帰ってきた。それから
「いい風呂だったな。特にあの五右衛門風呂の、」
お兄ちゃんがうんちくを語りだす前に、あたしはさっさと憑依した。
お味噌汁に、ベーコンエッグ、サバの塩焼き、ヒジキ、味付けのり、納豆。
「ホテルの朝食って、朝食ー! って感じがするよな」
あたしが笑うと、お母さんも笑った。お父さんは無言で、納豆に箸を入れてグルグルとかき混ぜている。
「父さん、なにか話す話題はないの?」
わざとお父さんに話を振ると、お父さんは目を見開いて固まった。それからさっきの倍のスピードで箸を動かしながら、
「……特にないな」
ぼそっと、そう言った。あたしとお母さんは顔を見合わせて、笑う。
昨日、分かったことがある。
お父さんは、本当に不器用だってっこと。
帰る前に海辺をドライブしようということになった。あたしは窓の外を見る。キラキラ光る水面がとても奇麗で、その様子が、夏を物語っていた。
記念に、砂浜で写真でも撮ろうか。そう言いだしたのは、お父さんだった。
「珍しいこと言うのね」
お母さんが言うと、
「家族旅行も久しぶりだし、……せっかくだからな」
すこしだけ口角を持ち上げて、お父さんは笑った。
気が付くと、俺は砂浜の上に立っていた。夏樹、はやくー! と叫ぶ母の声が聞こえている。
「あ?」
『お兄ちゃん、集合写真を取ることになったんだよ!』
「は? じゃ、撮ってこいよ」
『憑依してたら、あたしは写らないかもしんないじゃん! 幽霊モードなら、もしかしたら写るかなあって』
もしもお前が写真に写ったら間違いなく心霊写真だろそれ。ていうか、なんだよ幽霊モードって。
俺の内心の突っ込みは届いていないらしく、葵は髪の毛を手櫛で整えている。俺はため息をついて、両親のもとに向かった。母が、犬の散歩をしていたおじさんに使い捨てカメラを渡している。機械音痴な母は、いまだにデジカメを使えないのだ。
「じゃ、並んでくださーい」
そう言われて、母、父、俺の順で横一列に並んだ。
はい、チーズの合図とともに、フラッシュがたかれた。
俺の横にいた葵は、ちゃんと写ったのだろうか。




