25 証明するから
「葵はさ、自殺じゃないし、死んだのは誰のせいでもないよ」
売店の横にあった小さなゲームコーナーの中を歩きながら、あたしは言った。薄暗い照明の中に、古めかしいUFOキャッチャーやエアホッケーがちょろちょろとあるくらいで、『温泉に力を入れてる分、ここは手を抜いてます』と言わんばかりの情景だった。そのせいか、あたしたち以外のお客さんはいなかった。
「葵は母さんたちにすごく感謝してたし、怨んでなんかないし、そもそもあれは自殺じゃないんだよ」
あたしはUFOキャッチャーの中にある、あまりかわいくないクマのぬいぐるみを見ながら言った。
「母さんが一人でその責任を背負う必要もないんだよ。……みたいなことを、風呂に入ってるときに父さんも言ってた」
あたしが振り向くと、後ろからついてきていたお母さんは、目に涙を浮かべていた。
もどかしい。お兄ちゃんの姿じゃなくて、あたしの姿でちゃんと言えたら、もっと説得力があるのに。
「……葵が、自殺するような奴に見えるか?」
「だからよ」
お母さんが、久しぶりに声を出した。
「そう見えなかったからこそ、逆に何かを抱え込んでたんじゃないかって。言えなかったんじゃないかって。いつも笑ってたけど、本当は」
「そんなことないって言ってるじゃん!!」
思わず声を荒げた。そのうえ、「じゃん」とか言ってしまった。お兄ちゃんなら、絶対に言わないのに。
「夏樹……?」
「――とにかく」
あたしはおもむろに財布から100円玉を取り出して、UFOキャッチャーに突っ込んだ。
「葵が自殺じゃないって、俺が証明するから」
UFOキャッチャーから間抜けな電子音が流れ出す。あたしは欲しくもなんともなかったクマのぬいぐるみに向けて、アームを動かした。
アームは、クマのぬいぐるみにかすることもなく、なにもない空間を掴んだ。
部屋に戻ると、お父さんはすでに寝ていた。現在22時過ぎ。ナイターは見終わったらしい。
「丸一日、車の運転をしていたからお父さんも疲れたのね」
お母さんは笑いながら、あたしのために買ったキーホルダーを自分のバッグの中に入れた。紙袋の中から、鈴の音がかすかにした。
その日の夜、あたしはお兄ちゃんの身体を使って、久しぶりに眠った。
そして、夢を見た。
場所は、あたしが落ちたあの屋上だった。暑い日差しの中、誰かの影がぼんやりと見える。
「暑くない?」
……これはあたしのセリフだっただろうか。あたしは笑いながらスニーカーを脱いで、綺麗に並べた。
誰かの靴の、隣に。
靴下を履いているとはいえ、真夏のアスファルトの上はかなり熱かった。
「あっつ!! やっぱりここ、暑いねー」
あたしはそう言いながら、人影に近づいた。
低い柵に腰かけている人物は、あたしの方を見てうっすらと笑った。
まるで困ってるような、泣き出しそうな、顔で。




