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24  喜ぶかしら?

 天ぷら。おつくり。高級そうなお肉。釜めし。茶碗蒸し。それからフルーツ。

「おいしいわね。天ぷらはサクサクだし、お肉も臭くないし」

 お母さんの言うとおり、このホテルの料理はおいしかった。お兄ちゃんにも食べさせてあげたいなあと思ったけれど、ここは遠慮なくあたしが食べる。1泊二日借りるねって言ったし。旅行のチケットを当てたのはあたしだし。

 温泉では饒舌だったお父さんは、食堂に来てからはずっと無言だった。おいしいとも何も言わず、もくもくと料理を食べて、食べ終わったら自分一人で部屋に帰ってしまった。

「ナイターでも見る気なんでしょう」

 お父さんの後姿を見ながら、お母さんは苦笑した。

 休日はいつもそうだけど、お父さんはテレビのリモコンを握りしめてしまう。それは旅行に来ても変わらないみたいだ。

 お父さんが温泉で話していたことを思い出す。何も考えていないようで、すごく考えてる人。ただ、少しだけ不器用な、人。

「私たちはゆっくり食べましょうか」

 お母さんが茶碗蒸しを食べながら、笑う。あたしもつられて笑った。なんだかんだで、お兄ちゃん以外の人と話すのは2週間ぶりなのだ。話したいことは色々あるけど、下手なことを話したら、お母さんたちを余計に傷つけてしまうだけなんだろうか。



 ご飯を食べ終わったあたしとお母さんは、1階にある売店を見に行った。部屋に帰ってもやることがないし、お父さんは間違いなくナイターを見てるんだろうし、あたしもお母さんも野球には興味ないし。

「夏樹は野球、見なくていいの?」

 ……そう言えばお兄ちゃんは、お父さんと一緒に野球見てたっけ。

「いや、いいんだよ。今日は旅行を楽しみたいからな」

「ふーん」

 我ながら、なかなかお兄ちゃんにそっくりだと思う。なんか、屁理屈っぽい所が。



 ピンク色の服を着た猫ちゃんのマスコット。名前の入ったキーホルダー。女の子用のお土産を見ていたら、お母さんがこっちに寄ってきた。

「夏樹、何見てるの?」

「美鈴に土産を買っていこうかと思って」

 これは本当で、あたしは美鈴ちゃんにお土産を買って帰ろうと思っていた。普段お兄ちゃんがお世話になってるし、生前は自分もお世話になってたし。……変な言い方だけど。

「夏樹は今でも、美鈴ちゃんと仲がいいのね。子供のころからずっと一緒だもんねえ」

 ニヤニヤしながら、お母さんが言う。ああ、こういうところが、あたしはお母さんに似てるんだ。

 お母さんはニヤニヤした笑顔のまま、続けた。

「女の子が喜びそうなお土産、選べるの? お母さんも一緒に探してあげましょうか」

「いいよ。自分で探すから」

 あたしだって、女の子ですから。

「そう。……あ、これもかわいいわね」

 ご当地キャラクターが温泉に入っているキーホルダーを見て、お母さんが笑う。そのお母さんの手元から、チリン、と鈴の音がかすかに聞こえた。

 あたしはお母さんの手元を見る。お母さんは、かわいらしい女の子用のキーホルダーを手に持っていた。さっきまであたしが見ていた、ピンク色の服を着てる猫のキーホルダーだ。

「母さん、それは自分用?」

 お母さんにしては子供っぽいものを選ぶなあと思ったら、お母さんは首を振った。それから猫のマスコットに目をやって

「……葵に」

 半分しか笑ってない顔で、そう言った。

「あの子、こういうキャラクター好きだったから。喜ぶかなーっと思って」

 あたしはもう一度、お母さんの持っているキーホルダーを見る。それは間違いなく、さっき一目見てかわいいな、と思ったやつだ。けれど美鈴ちゃんの趣味ではないと思って、買うのを辞めたキーホルダー。

 視界がぼやけて、あたしはあわてて上を向いた。商品棚の上には、地名の書かれたカラフルな提灯が吊られている。

「ね。葵、これ喜ぶかしら?」

 お母さんの不安そうな声を聞いて、あたしは笑う。上を向いたまま。

「……喜ぶよ。絶対、喜ぶ」

 声が震えてるのがばれないように、小さな声で付け足した。


「ありがと」



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