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20  一泊二日

 葵が死んでから2週間が経った。葵を突き落とした犯人の手掛かりも掴めないまま。


 家の空気は相変わらずで、食事の時以外は会話がほとんどない。食事の時だって、喋っているのは俺と母だけで、父は無言。葵がいたころは気にならなかったが、父はこんなにも無口な人だっただろうか。

 水曜日、晩飯を食べ終わる頃に、母が俺と父に声をかけた。

「これ、覚えてる?」

 母が机の上に置いたのは、温泉旅行のチケットだった。

『あ、これ!! あたしが当てた温泉旅行!』

 葵が叫ぶのを聞いて、俺も思い出した。



 1か月前、ショッピングモールのくじ引きで、葵が温泉旅行のチケットを当てたのだ。ちょうど家族4人分で、葵はかなりはしゃいでいた。

 葵に誘われた時、暑いのに温泉旅行かよ、と思った覚えがある。父は、「仕事もあるし、行けるかどうかは分からない」と答えていた。

 しかし葵は、家族みんなで温泉旅行に行くんだと張り切っていた。

 行く前に、死んでしまったけれど。



「葵が楽しみにしてた、一泊二日の温泉旅行。私がチケットを預かってたのを思い出して……。確認したら、期限が今週中なの。夏樹はちょうど夏休みだし、土日なら、お父さんも一緒に行けないかしら」

 父は黙っている。俺の横に座っている葵は『行きたい行きたい!』と叫んでいるが、母には聞こえていない。母は、父の顔を見ながら言った。

「……葵、この旅行とても楽しみにしてたから。こんなときに不謹慎かもしれないけれど、せっかくだから皆で行かない? そうした方が、葵も喜ぶと思うの」

 父はやはり無言のまま、チケットを1枚手に取った。それから、チケットの裏に書かれている地図を見て、

「車で移動できる範囲だな」

「お父さん、車で連れて行ってくれる?」

「ああ」

 意外だった。家族で旅行に行くなんて、何年ぶりだろう。

 母はほっとした顔で、俺の方を見た。

「夏樹は?」

「もちろん行くよ」

 俺はそう言ってから、葵の方を見た。葵は嬉しそうに、何度も頷きながら笑っていた。



「葵。旅行の日、俺の身体を使えよ。1日、貸してやる」

 自分のベッドに横たわりながらそう言うと、ベッドの端に腰かけていた葵は目を丸くして、それからブンブンと首を振った。

『いいよそんなの。あたし、見てるだけでいい』

「だけどお前、温泉入りたくねえの? その身体だと、入れないだろ」

『うっ……』

 やっぱり入りたいんだな。俺は仰向けに寝転がって、笑う。

「俺はもともと、その旅行は乗り気じゃなかったんだよ。せっかくだし、お前が行って来い。お前が当てたチケットだろ?」

『……いいの?』

 控えめな、葵の声。俺は天井を見上げたまま、笑った。

「いいって言ってるだろ。そのかわり、俺の分まで楽しんでこいよ」

『ありがとうお兄ちゃん! それじゃ、お兄ちゃんの身体、一泊二日で借りるね!』


 どこのレンタルショップだ俺は。



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