02 思い出せない
火葬場に到着してからは、あっという間だった。 妹の身体は煙になり、骨だけが残った。
『うわー、私の骨って結構太いんだー。給食で、毎日牛乳飲んでたせいかな?』
なんだろう、この間抜けなコメントは。
遺骨とともに、妹は帰宅した。……変な言い方だが、ありのままに言うとそうなる。
幽霊は飛ぶのかと思っていたが、妹は飛ばない。生きてた時みたいに、普通に歩く。ただ、足音もなければ影もない。
玄関で靴を脱いでいる俺に、母が話しかけてきた。
「……晩御飯、できたら呼ぶから。食べたいものはない?」
疲れきった母の顔と、それを見る妹の目。
「なんでもいいよ」
俺はそう言うと、さっさと自分の部屋へと向かった。
『あ。待ってよお兄ちゃん』
パタパタと、……足音も立てずに妹が付いてくる。まあいい。訊きたいことは山ほどある。
階段を上り、廊下の突き当たりにある自分の部屋に入ると、一応鍵をかけた。
『わ。お兄ちゃんの部屋に入るの久しぶりかも』
「そんなことはどうでもいいんだよ」
俺はベッドに腰掛け、妹を椅子に座らせた。妹は俺の部屋がよっぽど珍しいらしく、小さな部屋をきょろきょろと見回している。
本棚やパソコンがあるくらいで、これといって面白いものはないはずだが。
『ねえねえ、エロ本どこ?』
「……そんなことはどうでもいいんだよ」
ていうかお前はそれを探してたのか。俺はため息をつく。今はそれどころじゃないってのに。
「お前、自殺じゃないってのは確かなのか?」
これは重要かつ深刻な問題だ。妹は自殺ではないと言った。そして、事故でもない、と。
『うん。私、誰かと一緒に屋上にいた。で、落ちた。……ううん、落とされた?』
妹は難しい顔をしながら、一言一言をかみしめるように言う。しかしなんでか曖昧で、最後にいたっては疑問形だ。
「――で? 誰なんだ。その一緒にいた奴は」
妹を突き落としたであろうその人物は。
妹はしばらくの間、首をひねり続けた。比喩表現ではなく、ほんとうにひねっている。まるでフクロウみたいだと、内心で笑ってしまった。
『思い出せない』
しばらくしてから、妹は首をひねるのを辞めて、真剣な顔で言った。
『なんでだろ。屋上にいた時の記憶が、すごく曖昧なの。誰かと一緒にいたことは覚えてるし、自分で落ちようと思って落ちたわけじゃない。それははっきり覚えてるんだけど……』
「なんでもいいんだ。何か覚えてないのか? 一緒にいたのが男か女か、それだけでもいい」
妹は頭を抱えて俯いた。しかし、
『だめ。やっぱり分かんない』
がっくりと肩を落とした。俺もがっくりしたいところだが、覚えていないものは仕方がない。
「で。……これからお前はどうするんだ?」
『どうすればいいんだろう』
会話が成り立っているようで成り立っていない。
「成仏は?」
『どうやるんだろう』
死んだことがないから、俺にも分からない。
「……未練、みたいなものをなくせば成仏できるのかな。例えば、お前を突き落とした犯人を見つけるとか」
『それかも! この世に未練を残した怨霊が云々(うんぬん)って、テレビでよくやってるもんね! それだよお兄ちゃん!』
妹は嬉しそうに、目を輝かせる。そういえば妹は生前、ホラーやオカルトの類が大好きだった。
しかし今、幽霊になってるのはお前だってのに。
「だけどどうしようか。『妹の幽霊が自殺じゃないって言ってます』なんて、警察に言いに行っても信じてくれないだろうし。状況だけで判断するなら、どう見ても自殺だからな」
『お兄ちゃん、あたしと一緒に犯人捜してよ。一人じゃ無理』
真剣な顔でそう言う妹を見て、俺は腕を組む。
「……お前、犯人のこと怨んでないのか?」
『え、なんで?』
「取り憑いたりしないのかと思って」
妹が大好きだったあの手の話では、自分を殺した犯人に取り憑くはずだ。なのに妹は、俺に取り憑いている。いや、取り憑かれてるわけでもないが。
『んー。分かんない。でも今のところ、恨んだりはしてない。なんでだろね?』
妹は苦笑しながら、頭を掻いた。肩の上の髪の毛が揺れる。
夏休み中に髪の毛を伸ばすんだと言っていた妹の髪は、永遠に肩の上にあるのか。
なんとなくそんなことを、思った。
「……わかった。お前が成仏できるよう、俺も協力する」
『ありがとうお兄ちゃん!』
妹は嬉しそうに笑い、
『で、エロ本はどこ?』
……こんな妹と俺の2人で、大丈夫なのだろうか。色んな意味で。




