表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/35

02  思い出せない

 火葬場に到着してからは、あっという間だった。 妹の身体は煙になり、骨だけが残った。

『うわー、私の骨って結構太いんだー。給食で、毎日牛乳飲んでたせいかな?』

 なんだろう、この間抜けなコメントは。



 遺骨とともに、妹は帰宅した。……変な言い方だが、ありのままに言うとそうなる。

 幽霊は飛ぶのかと思っていたが、妹は飛ばない。生きてた時みたいに、普通に歩く。ただ、足音もなければ影もない。


 玄関で靴を脱いでいる俺に、母が話しかけてきた。

「……晩御飯、できたら呼ぶから。食べたいものはない?」

 疲れきった母の顔と、それを見る妹の目。

「なんでもいいよ」

 俺はそう言うと、さっさと自分の部屋へと向かった。

『あ。待ってよお兄ちゃん』

 パタパタと、……足音も立てずに妹が付いてくる。まあいい。訊きたいことは山ほどある。



 階段を上り、廊下の突き当たりにある自分の部屋に入ると、一応鍵をかけた。

『わ。お兄ちゃんの部屋に入るの久しぶりかも』

「そんなことはどうでもいいんだよ」

 俺はベッドに腰掛け、妹を椅子に座らせた。妹は俺の部屋がよっぽど珍しいらしく、小さな部屋をきょろきょろと見回している。

 本棚やパソコンがあるくらいで、これといって面白いものはないはずだが。

『ねえねえ、エロ本どこ?』

「……そんなことはどうでもいいんだよ」

 ていうかお前はそれを探してたのか。俺はため息をつく。今はそれどころじゃないってのに。

「お前、自殺じゃないってのは確かなのか?」

 これは重要かつ深刻な問題だ。妹は自殺ではないと言った。そして、事故でもない、と。

『うん。私、誰かと一緒に屋上にいた。で、落ちた。……ううん、落とされた?』

 妹は難しい顔をしながら、一言一言をかみしめるように言う。しかしなんでか曖昧で、最後にいたっては疑問形だ。

「――で? 誰なんだ。その一緒にいた奴は」

 妹を突き落としたであろうその人物は。


 妹はしばらくの間、首をひねり続けた。比喩表現ではなく、ほんとうにひねっている。まるでフクロウみたいだと、内心で笑ってしまった。

『思い出せない』

 しばらくしてから、妹は首をひねるのを辞めて、真剣な顔で言った。

『なんでだろ。屋上にいた時の記憶が、すごく曖昧なの。誰かと一緒にいたことは覚えてるし、自分で落ちようと思って落ちたわけじゃない。それははっきり覚えてるんだけど……』

「なんでもいいんだ。何か覚えてないのか? 一緒にいたのが男か女か、それだけでもいい」

 妹は頭を抱えてうつむいた。しかし、

『だめ。やっぱり分かんない』

 がっくりと肩を落とした。俺もがっくりしたいところだが、覚えていないものは仕方がない。

「で。……これからお前はどうするんだ?」

『どうすればいいんだろう』

 会話が成り立っているようで成り立っていない。

「成仏は?」

『どうやるんだろう』

 死んだことがないから、俺にも分からない。

「……未練、みたいなものをなくせば成仏できるのかな。例えば、お前を突き落とした犯人を見つけるとか」

『それかも! この世に未練を残した怨霊が云々(うんぬん)って、テレビでよくやってるもんね! それだよお兄ちゃん!』

 妹は嬉しそうに、目を輝かせる。そういえば妹は生前、ホラーやオカルトの類が大好きだった。


 しかし今、幽霊になってるのはお前だってのに。


「だけどどうしようか。『妹の幽霊が自殺じゃないって言ってます』なんて、警察に言いに行っても信じてくれないだろうし。状況だけで判断するなら、どう見ても自殺だからな」

『お兄ちゃん、あたしと一緒に犯人捜してよ。一人じゃ無理』

 真剣な顔でそう言う妹を見て、俺は腕を組む。

「……お前、犯人のこと怨んでないのか?」

『え、なんで?』

「取り憑いたりしないのかと思って」

 妹が大好きだったあの手の話では、自分を殺した犯人あいてに取り憑くはずだ。なのに妹は、俺に取り憑いている。いや、取り憑かれてるわけでもないが。

『んー。分かんない。でも今のところ、恨んだりはしてない。なんでだろね?』

 妹は苦笑しながら、頭を掻いた。肩の上の髪の毛が揺れる。

 夏休み中に髪の毛を伸ばすんだと言っていた妹の髪は、永遠に肩の上にあるのか。

 なんとなくそんなことを、思った。


「……わかった。お前が成仏できるよう、俺も協力する」

『ありがとうお兄ちゃん!』

 妹は嬉しそうに笑い、

『で、エロ本はどこ?』


 ……こんな妹と俺の2人で、大丈夫なのだろうか。色んな意味で。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ