19 マジかよ
いざ岡田の近くまで来ると、葵は俺の後ろに隠れてしまった。俺は背中に張り付いている葵の方を見る。恥ずかしいらしく、顔が紅潮していた。林檎みたいだな、と苦笑する。
「おい、葵。岡田には、お前の姿は見えてないんだぞ」
『知ってるもん。いいから、早く渡してよ!』
葵にせっつかれ、俺は岡田に近づく。大きな水筒を鞄の中にしまっていた岡田は、俺の方を見て怪訝な顔をした。そりゃそうだ。
俺は、岡田の友達でも野球部のOBでもなんでもないんだから。
「えーっと。お前……君が岡田君?」
『お兄ちゃん今、お前って言ったでしょ! お前って言ったでしょ! ねえ!!』
葵の叫び声は無視して、俺は岡田という野郎に渾身の笑顔をプレゼントする。岡田は汗を拭きながら、「そうですけど……」と警戒した声で答えてきた。
「はじめまして。俺は、水野夏樹っていいます。水野葵、覚えてるかな?」
「あ……」
覚えていたらしい。岡田はさっと目を伏せて、それから気まずそうに、鞄の中の物をいじりはじめた。恐らく、葵のことは自殺だと思っているのだろう。まあ、そこら辺は今はどうでもいい。
俺は自分の鞄から、ピンク色の封筒を取り出した。そしてそれを、岡田の方に差し出す。
「これ、死んだ妹の机から出てきたんだ。どうも、君宛てみたいだったから」
岡田はその封筒を一目見て、また目を伏せた。
「……受け取るだけ、受け取ってもらえないか?」
俺の言葉を聞いて、岡田が顔を上げる。それから遠慮がちに、手紙の方に手を伸ばしてきた。その手が、思いっきり震えている。
「あの、俺……」
「ん?」
手紙を手に取り、岡田は目を閉じる。
「俺、水野のこと、好きでした」
「――ちょ、マジかよ……」
我ながら気持ち悪い反応である。しかし岡田はそんな俺の反応は気にしていないらしく、頷いた。汗なのか涙なのか分からないものが、零れおちる。
「だから水野が死んだって聞いて、本当にびっくりして……」
岡田の肩ががたがたと震えだす。なんてフォローしてやればいいのか分からない。葵の方を見ると、葵は葵で泣きじゃくっていた。俺も泣きたい。どうすればいいんだこの状況。
「……あのー。野球頑張れよ、岡田君」
頭をぼりぼり掻きならがら俺が言うと、岡田は頷いた。それから、
「ありがとうございます」
俺の後ろの方を見ながら言った。ように見えた。
「……え?」
俺は後ろを振り返る。後ろにいるのは、泣きじゃくってる葵だけだ。
「え?」
視線を戻すと、岡田は手紙を握りしめたままボロボロと泣いていた。
――偶然、か?
両想いの岡田と葵の間に挟まれ、泣きたい気分のまま、俺は夏のグラウンドに立ち尽くしていた。
『あたし、岡田君と両想いだったよおー』
帰り道、わんわん泣きながら葵がそう言った。幼稚園児かお前は。
そういえば一時期、葵がナイターを見ながらバットを振る真似をしているときがあった。いつもはナイターなんて見ないし、その前に葵はスポーツが好きでもない。何してるんだ? と聞いたら、「野球ってそんなに楽しいのかなーと思って。体験中!」と笑いながら答えた。
あの時のあれはきっと、岡田の気持ちに少しでも近づきたくてやってたんだろうな。
「…………」
両想いでよかったな、とは言えなかった。
だって葵はもう、好きな奴と手を繋ぐこともできないんだ。




