15 お兄ちゃんにしか
ファミレスを出た後、駅前にあるショッピングモールをしばらくブラブラした。
2段式の小さな弁当箱を見ていた美鈴が、こちらを振り返る。
「夏樹君さ、もうすぐ誕生日じゃない? 何か欲しいものとかあるの?」
さすがにその弁当箱は小さすぎるだろ。と、内心で突っ込みながら俺は笑った。
「ストレートに訊いてくるな。……欲しいものか。特にないかなあ」
「それが一番困るんだよねえ」
苦笑する美鈴。なんだかお互い、変に気を遣ってたような気がする。
帰り道も、無言になることが多かった。無言になっては話題を考えるのを繰り返し、2人で苦笑した。
「じゃあまたな」
「うん、今日はありがとう」
美鈴の後姿が見えなくなってから、俺は小さくため息をついた。
……楽しかったんだけど、な。
自分の影を見ながら、とぼとぼと歩く。映画の選択ミス。というよりも、今は何をやっても、お互い気を遣うことになる気がする。
俺は大きなため息をつきながら、自宅のドアを開けた。途端に、玉ねぎを炒めてるにおいが鼻につく。そっか。そういえば今日の晩飯は、ハンバーグがいいって言ったんだった。
「ただいまー……」
『お兄ちゃん! お兄ちゃん!』
帰宅するなり、葵が音もなくドタドタと階段を下りてくる。
「なんだ?」
『お帰り! お帰りなさい!!』
だからどうしてそんなにハイテンションなんだ?
俺がにんじんのグラッセを食べている様子を、葵は複雑な顔で眺めていた。まあ、葵にとってはにんじんは「嫌なもの」だが、俺の顔まで嫌な顔して見るなよ。
父はいつも通り無言。夕刊を見ながら、ロボットのように箸だけを動かす。母は俺と父の顔色を疑いながら、箸を進めている。……いつから俺の家は、こんなに会話のない家になったんだろう。
『お兄ちゃん、ハンバーグ一口ちょうだい』
隣に座っている妹が声をかけてくるが、無視する。両親が目の前にいるのに、会話するわけにもいかない。
『ねーねー』
俺は無言で首を振る。そのジェスチャーの意味に気付いたらしく、葵はむすっとしながらも黙り込んだ。俺が首を振ったのを見て、母が不安な顔をする。
「夏樹、どうしたの?」
「ああ。えっと……ちょっと頭が痛いだけ」
俺は笑いながら、さっさとハンバーグを処理する。作ってくれた母には悪いが、味はよく分からなかった。
いつのまに、俺の家はこんなに空気が薄くなったんだろう。
自分の部屋に戻ると、葵も部屋に入ってきた。そして、ニヤニヤしながら
『お兄ちゃん、デートはどうだったの?』
俺はため息をつく。こいつは何を期待してるんだろう。
「別に。映画見て、飯食って、終わり」
『それだけー!?』
意外だと言わんばかりの葵の顔に、俺は仏のような顔でほほ笑む。
「他に何をするんだ? ん?」
『うっ……』
さすがの葵も、それ以上は言えないらしい。気まずそうに身体をもじもじさせて、ベッドの端に腰掛けた。もはやそこは、葵の特等席になっている。
俺は学習机の椅子に腰かけて、葵の方を向いた。
「お前は? 今日一日、なにしてたんだよ」
訊いた途端、葵の顔が曇った。
『……別になにも』
「え? ずっと家にいたのか?」
『外にいた、けど……』
「けど?」
葵はしばらく考え込んでから、顔をあげた。妙に薄っぺらい笑顔を張り付けて。
『あのね、今日分かったんだけど! 私、お兄ちゃんにしか憑依できないみたい!』
「え?」
俺は目を丸くする。
「お前、他の人に憑依できるか試したのか?」
『うん、ちょっとだけ。だけど、全然だめだった。それにやっぱり、お兄ちゃん以外の人には私の姿は見えないみたい』
わざとらしく明るい声で、葵が言う。いつも以上に早口になってるそれは、何かを隠してる時の葵の癖だ。昔から、そうだった。
「……葵?」
『あーあ。お兄ちゃんにしか憑依できないなんて、どういう嫌がらせだろうね』
「おい」
『あははっ! あたし、もう寝る。おやすみお兄ちゃん』
俺の制止を無視して、葵は部屋から出ていった。




