14 なんて言えばいいのか
「夏樹君って、お箸の持ち方が綺麗だよね」
ファミレスでとんかつ定食を食べている俺を見ながら、美鈴が笑った。そういう美鈴は、ぺペロンチーノを器用に、そして綺麗にフォークに巻きつけている。
「そうか?」
俺は自分の箸の持ち方を見ながら、首をかしげる。わかってないんだね、と美鈴は笑った。
「なんていうか、お手本みたいな持ち方してるよ。そういえば夏樹君、鉛筆を持つ時も綺麗な持ち方してたもんねえ」
そう言われて、気付く。
葵の箸の持ち方には、少しだけ癖があった。
親指を少しだけ、曲げるのだ。
だからって別に不格好というほどでもなく、指摘されるほど目立った癖でもない。だが、俺の箸の持ち方とは少しだけ、そして明らかに違う。
「葵みたいな食べ方するのね」
あれは食べ方じゃなくて、箸の持ち方のことだったのか……?
葵がチンジャオロースを食べている時、母はその違いに気付いたのだろうか。
「……夏樹君?」
顔を上げると、美鈴が不安そうな顔でこちらを見ていた。気づけば、箸を止めたまま黙り込んでしまっていた。
「あ、ごめん、何でもない」
俺がへらへらと力なく笑うと、美鈴は少しだけ俯いた。
「……ごめんね。なんて言えばいいのか、分からなくて。なのにこうやって、会ってもらっちゃって……」
なんて言えばいいのか分からない。それはやはり、葵のことだろう。
「いや、俺なら大丈夫だよ。今日だって誘ったのは俺の方だし、何の映画を観るのか決めたのも俺の方だしな」
俺は笑いながら、とんかつの下にある千切りキャベツを箸でつついた。均等な細さのそれは、恐らくは業務用のものだろう。
「――葵のことも、なんていうかまだ、実感がないんだよ」
葵の幽霊がはっきりと見えてるせいで、とは言えなかった。美鈴は俺の言葉を聞いて、困ったようにほほ笑んだ。その笑顔を見て、俺はキャベツをつつくのをやめる。
「な、この話はやめよう。夏休みだけどさ、美鈴は何して過ごしてんの?」
「えっ、私?」
急に話を振られた美鈴は、困ったように宙を仰いだ。必要以上にくるくると、パスタの中でフォークを回す。
「……図書館でいることが多いかな。ほら、私の家、あんまり空気が良くないから」
「そっか……」
俺の方も、なんて言ってやればいいのか分からない。美鈴はパスタの中からフォークを引っ張りだし、一口では食べきれないほどに巻きついた麺を見て笑った。
「最近の図書館って、結構暑いんだよ。節電しなきゃだし」
「だろうな。ここも、あんまり空調は効かせてないみたいだもんな」
俺は天上にある通風機を見ながら言う。それから、熱々のとんかつに目をやった。とんかつ定食じゃなくて冷やしうどんにすればよかったな、と思う。
店の大きな窓から、外を見た。
小さな女の子達が自転車で走って行くのが見える。
葵は今頃何をしているんだろう。
そんなことを、思った。




