13 要らない子
「私、避妊に失敗して、たまたまできた子供なんだって」
美鈴が消え入りそうな声でそう言ったのは、今から2年前。俺たちは中学2年生で、季節は秋だった。
美鈴の家は、なんていうか複雑だった。酒飲みの父親と、パチンコ通いの母親。その2人がしょっちゅう喧嘩して、美鈴に八つ当たりすることも多かったらしい。それに耐えきれなくなった時、美鈴はいつも近所の公園に避難していた。夜でも構わず、一人で。
たまたまそれを発見した俺は、美鈴に声をかけた。こんな時間に一人で何してんだ、危ないぞと。
ブランコを小さく揺らしながら座っていた美鈴は、その動きを止めた。それからこちらを見てほほ笑んだ。頬には、涙の流れた跡がはっきりと残っていた。
「私は、要らない子だったんだよ」
それだけ言うと、美鈴は両手で顔を覆い、泣き始めた。
あの時、俺はなんて声をかけただろう。隣のブランコに腰掛けて、話したことは覚えている。けれど、会話の内容までは思い出せなかった。
その日からちょくちょく、夜の公園で美鈴と二人で話をするようになった。もともと幼馴染だったし、仲はよかった。
付き合おうと言ったことも、言われたこともない。
ただ、友達よりも少しだけ深い関係。
そんな感じだ。
「夏樹君!」
映画館の前で手を振る美鈴に、手を振り返す。子供向け映画の公開日だったせいか、その映画のパンフレットを持った子供がやたらと多い。俺は、足元をうろつく小さな子どもを蹴ってしまわないように気をつけながら、美鈴の方へと急いだ。
「ごめん。待たせたか」
「ううん。本屋に用事があったから、私が予定よりも早く来ちゃっただけ。気にしないで」
美鈴は映画館の向かいにある、大型の書店を指差しながら笑った。
「んじゃー、入ろうか」
「うん」
お互い手を繋ごうともせず、二人で館内に入った。
観に行ったのは、最近流行りのアクション映画だった。孤独な女スパイが恋をするの話で、かっこいいとか切ないとか、とにかく評判だった。
だからハズレはしないだろうと思って観に行ったのだが、甘かった。
物語の佳境で、主人公の恋人が死んでしまったのだ。
しかも、自殺だった。
気まずい。これは気まずい。隣を見ると、やはりというかなんというか、美鈴は泣いていた。まあ、感情移入して泣いてるだけだろうけど……。
俺は自分自身の中にある気まずさを紛らわせようと、売店で買っていたメロンソーダを飲み干した。すると、ズゴゴゴゴーっという情けない音が館内に響き渡り、感動中の空気を台無しにしてしまった。
「…………」
余計に気まずい思いをしている間に、映画は終わった。
「すごくよかったね、この映画」
売店でパンフレットを見ながら、美鈴がほほ笑む。
「ああ。かっこよかったな」
無難な返事で茶を濁す。あまり、「死ぬ」ことに関する話はしたくなかった。
美鈴も同じようなことを思っていたのか、恋人が死ぬシーンについては一切触れてこない。
俺は腕時計で時間を確認する。ちょうど、昼過ぎだった。
「……なんか食いに行くか。何が食べたい?」
「なんでもいいよ」
「それが一番困るんだよなあ」
俺たちは笑いながら、映画館を出た。
やっぱり、手は繋がないまま。




