12 勘違いしないでよね!
『お兄ちゃん、今日はどこに行くの?』
出かける支度をしている俺にそう訊いてきた葵は、ベッドの端に腰掛けていた。もちろん、俺のベッドだ。どうもそこが気に入ったらしい。
「映画を観に行ってくる」
俺は青色のTシャツに着替えながら答えた。
『何の映画!?』
「それは秘密」
『えー、いいじゃん教えてくれたってえー』
「そういうお前こそ、今日は一日何をするつもりだ?」
パジャマのズボンを脱ぎ始めた俺を見て、さっと視線を横にそらした葵は
『ちょっと色々……』
言いにくそうに、そう言った。俺は真新しいジーンズを穿いて、ジッパーを上げる。
「もうこっち向いても大丈夫だぞ。――で、なんだよ色々って」
『色々って言ったら色々なの! お兄ちゃんになんか、教えてあげないもんねーだ!』
「なんだ、急に反抗期か?」
俺が笑うと、妹はうなだれた。
『そんなんじゃ、ないもん……』
しゅんと萎れて下を向いているヒマワリのような葵を見て、俺は笑う。
「なんだぁ? もしかして、俺が美鈴とデートするのに妬いてるとか?」
『えっ?』
「え?」
『…………』
そして、この沈黙である。
「お、おい。葵……?」
『ち、違うから! 別にお兄ちゃんのことが好きだとかそんなんじゃないんだから、勘違いしないでよね!!』
「お、お前そのセリフ、ツンデレが好きな相手に言う『あーもう、うるさい!!』
葵は俺の枕をこちらに向かって投げつけようとした。が、葵の手は枕をするりとすり抜けて、宙を舞う。
それに気付いた葵は、がっくりと肩を落とした。それから、枕をすり抜けた左手を、右手で包み込んだ。
『……あたしだって、本当は好きな人いたんだから。お兄ちゃんじゃ、なくて』
だけどもう、葵はその相手に気持ちを伝えることすらできない。
少しだけ、悪ふざけが過ぎた。妹の様子を見て、たちまち後悔する。これで何度目の後悔だろう。
俺は葵の目を見ながら、言った。
「お前の好きな相手が俺じゃないことくらいは、俺でもわかるよ。茶化しすぎた。ごめん」
『……別にいいけどさ』
葵はどさっと、俺のベッドに倒れこんだ。ベッドは、軋まない。俺は机の横に引っ掛けてある黄緑色のリュックから、使い古してボロボロになっている財布を取り出した。
財布の中身を確認している俺を見て、葵が笑う。
『もしかして、あたしが映画を観に行ってもタダになるんじゃない?』
「だろうな。……ついてくるなよ?」
『分かってるってば、しつこいなあ。お兄ちゃん、シタゴコロがスケスケだよー?』
「お前、そう言うことを恥じらいなく言うなよ! それにそういうつもりはないし! ただ映画を観に行って飯食ってくるだけだし!」
『お兄ちゃん、焦りすぎ』
妹に笑われて、俺は我に返る。
何を焦ってんだ、俺は。
美鈴とは幼馴染であって、彼女ではない。
彼女が辛いときに、少しだけ側にいてやったことがあるくらいで。
俺は美鈴の彼氏だとか、そんなんじゃ、ない。
母さんと葵に玄関で見送られ、俺は外に出た。
朝なのに日差しが強い。今日は暑くなりそうだ、と思った。




