01 違うよ
妹が死んだ。
事故じゃない。病気でもない。
自殺だ。
ビルの屋上から、妹は飛んだのだ。屋上には妹のスニーカーと、ショルダーバッグが残されていた。
なぜ、妹が死を選んだのか。俺には分からない。
妹は明るくて活発でいつも笑ってて、死ぬほど悩んでる様子なんて見せたことがなかったし、虐待とかそんなのもなかった。
だとすると外で何かあったのだろうか。いじめ? 失恋?
……いくら考えたって、分からない。はっきりしているのは、俺より2つ年下、14歳の妹が死んでしまったことだけだ。
妹には、友達も結構多かったらしい。同年代と思われる女の子たちが次々と葬儀にやってきては、ぼろぼろ泣きながら帰って行く。俺はその様子を、傍観するような気持ちで眺めていた。
「夏樹君、強いね。泣かない」
そう声をかけてきたのは俺と同い年の幼馴染、如月美鈴だ。ただでさえ白い美鈴の肌は、さらに白くなっている。というか、少し血色が悪い。胸まであるロングヘアーは、後ろでひとつにまとめられていた。
彼女は俺の妹と仲が良かったので、妹が死んだ後はしばらく塞ぎこんでいた。葬儀の日になってようやく、というか、なんとか妹のもとにやってきたという感じだ。
「泣かないのが強いとは限らないよ」
俺が苦笑すると、美鈴はボロボロと涙をこぼした。そんな美鈴の様子を見て、
「来てくれてありがとう。でももう、帰って休んでくれ。疲れただろ?」
俺がそう言うと美鈴は頷き、ハンカチを口にあてたまま葬儀会場を出ていった。
「やれやれ」
俺はため息をついた。俺が泣いていないのには、理由がある。俺の斜め前にあるその理由を、俺はじっと観察した。
『うわあああん、あたし、死んじゃったああぁぁ……』
にっこり笑っている妹の遺影の前で、その妹がわんわん泣いているのだ。ぎりぎり肩には届かないくらいの黒髪、大きな目と小さな口。細くて小さな身体。ピンク色のTシャツに、黒のジーンズ。死んだ時と、同じ服装。……間違いなく、妹だ。死んだはずの妹が、何故かそこにいるのだ。
そして何故か俺にだけ、それが見えている。――霊感なんて、なかったはずなのに。
「死んじゃったって、……自殺したのはお前だろうが」
俺がぼそっと突っ込みを入れると、その声は彼女にも届いていたらしく、妹はパッとこちらを向いた。涙のせいで、頬がてかてかに光ってる。
『お兄ちゃん……?』
「こっちに来い。ちょっと落ち着け」
落ち着きたいのは俺も一緒で、なんで死んだ妹がここにいて、しかもわんわん泣いているのか、さっぱり分からない。俺は妹の姿をもう一度確認する。幽霊は透けてるんじゃないかと思っていたが、ちっとも透けていない。これだけはっきり妹の姿が見えると、妹が死んだという実感もわかなかった。
妹は俺の言った通りこちらにやってくると、空いていた隣の座席にちょこんと座った。それから周りを見渡して、おどおどしながらも俺に耳打ちした。
『お兄ちゃん、あたしのこと見えてるの?』
「見えてるし聞こえてる」
『なんで?』
「俺の方が訊きたいね。ていうかお前、そんなにぼそぼそ話さなくていいよ。どうせお前の声は、俺にしか聞こえてないんだから」
『あ、そっかー!!』
「おい、急に大声出すなよ! びっくりするだろうが!」
「ちょっと夏樹。何を騒いでるの?」
背後から母に声をかけられ、俺と妹は沈黙した。いやだから、妹は喋ってても大丈夫なんだってば。
火葬場に向かう道中で、妹は耐え切れなくなったように言った。
『ねえ。あたし、燃やされちゃうの……?』
俺は周りには聞こえないように、小さな声で返事をする。
「ああ」
『ひどいよ。まだあたし、ここにいるのに』
「だけどお前、このまま焼かなかったら、どんどん腐ってくんだぞ? それも嫌だろ?」
俺がそう言うと、妹は口をへの字にした。
『お兄ちゃん、もっと他に言い方とかないの?』
「……すまん」
ぐずぐずと泣きだした妹を見て、不思議な気持ちになる。生きてた頃は、こんなに泣くような奴じゃなかったのに。自分が死んだのが、そんなに悲しいのか。
「自殺したくせになあ」
俺が首をかしげると、妹も首を傾げた。
『自殺?』
「そうだよ。お前、ビルの屋上から飛び降りて自殺したんだろ?」
『……え?』
「……あれ?」
2人とも沈黙した。妹は首を傾げたまま、きょとんとしている。
「……自殺、だろ?」
俺が確認するように言うと、
『違うよ』
妹が首を振った。
『私、誰かに殺されたの。突き落とされたんだよ、ビルの屋上から』




