マジカルドラッグにだって副作用はありますとも
魔女として生まれ育ったエクルは、ある日何の前触れもなく突然するっと前世の記憶を思い出した。
「あっ、これ異世界転生じゃん」
あまりにも突然すぎて戸惑ったが、思い出してしまったものは仕方がない。
とはいえ、思い出したからどうだという話だ。
前世の記憶を思い出したからこの異世界で前世の記憶を駆使してチートかますぞ! なんて考えたところで無意味である。何故ならエクルは前世、別に優秀でもなんでもない――それどころか、むしろ学生時代の成績は常にギリギリであった。
前世の親はエクルに対してあまり関心を持っておらず、とりあえず迷惑かけなきゃ好きにしろという感じだったので、赤点とって補習受けたりしない限りは特にお小言ももらう事はなかったのである。
なので苦手科目はいつも赤点ギリギリで、得意科目もテストで満点がとれるわけでもない。そんな、トータル平均して大体真ん中か、それよりちょっと下になるかもしれない成績でしかなかった。
そんなエクルに内政チートだとか技術チートなんてかませるはずもない。
大体全体的にふわっとした知識しかないのだ。
こういう感じの、なんてふわふわした案を出したとして、どういう仕組みでそれらを実行するか、とか突っ込んだ質問をされたらその時点でアウト。言葉に詰まれば質問者は机上の空論を言っているだけとみなすだろう。
例えるならば、自作PCを組み立てる事はできないが、PCを購入して自分でセットアップはできる、というのに近い感じかもしれない。専門的な事はできなくても、まぁまぁ世間一般で使われる用途ならできるかな、くらいで自分の中では理解できてもそれを他人に上手に説明できるかというとできない。
前世の知識の大半がそんな感じのふわっふわ具合なので、知識勝負はするだけ無謀。
ちなみに今世では魔女として生まれたエクルは、魔法に関してもふわふわ知識でしか理解していない。
専門的な説明はできないが、人と似た姿かたちをしていても人と異なる種族であるが故に、魔法に関しては感覚的に理解して使用はできる。本能、と言ってもいいかもしれない。
ただ、魔力を持った人間相手に魔法を教えるとなると恐らく壊滅的。
やった事はないが、自分の中でなんとなくそう思えるので多分間違ってはいないだろう。
ともあれ、そんなエクルは前世の記憶を思い出したといっても特に何があるでもなく、異世界転生しちゃったもんは仕方ないなと受け入れて日々を過ごしていた。
前世と比べるとこの世界は色々と足りていないものが多いが、エクルは魔女なので魔法を使えば不便もどうにか解決できる。
不便な暮らしが当たり前になっている人間たち相手に知識を授けるのは無理なので、自分と同じように異世界転生した他の誰かがいて、なおかつ優秀で世のため人のために働いてくれる人が現れるのを願うくらいだ。
前世で平均かそれよりちょっと下、くらいの位置に常にいたエクルは、今は魔女としてとある国の王都でお仕事をしている。
お仕事といっても、前世みたいにきっちり決められた時間労働するわけでもなく、王都の一画に構えたお店でのんびり過ごしているというのが正しい。
前世と違って物流がちょっと微妙だし、前世の便利な世の中を知っている以上どうしたって比べるとこっちは思わず戦前か? と言いそうになる程度には微妙なところもあるけれど。
魔物が普通に闊歩してる世界なので、まぁ前世の戦前よりも安全面はヤバイかもしれない。
野生動物が暴れるよりももっと危険な魔物が存在しているので、当然そんなものを放置していてはいずれ人が暮らしている縄張りにもやって来る。
放置していればいずれそうなって、人にとって危険でしかないので魔物退治を生業とする者たちもいる。
そうなるとまぁ、普通に怪我をする人が出てしまうわけで。
だがしかし、この世界のお薬は基本的に薬草を煎じたり混ぜ合わせたりして、飲むか塗るか。
効果はそれなりにあるけれど、飲み薬は絶望的に苦かった。
どれくらい苦いかというと、ピーマン苦くて嫌い! と言うようなお子様が、お薬とピーマンならピーマンの方が甘いって言っちゃうレベル。苦いのが苦手な人からすると、口に入れた時点で拒絶反応を起こしそうなくらい苦いのである。
良薬は口に苦しと言うけれど、限度ってものも存在する。いくら効果があっても経口摂取が必要な薬が経口摂取できないとか、それこそ本末転倒である。
エクルは別に前世、医療従事者というわけではなかった。だがしかしなんでか今世では魔女として、お薬を作って売っているのである。
人間たちとは異なる魔法のお薬。
魔法薬は人間たちの作る魔法を使っていない薬と比べると、効果が絶大だったりする。
怪我なら治るまでにほとんど時間がかからなかったりするし、物によっては四肢欠損すら治すのだ。
どういう効果でもって失われた身体の一部が治るのか、をエクルは知らない。けれどもそういう効果を持つ魔法薬を作れるとか、エクル本人も前世の記憶を思い出してからは本当にこれ大丈夫なのか……? とは思っている。
思ってはいるけれど、自分の中でこれはできる、こっちはできない、と理屈じゃなくて感覚的に理解はできているので、目立つような失敗はしていなかった。
よくファンタジー作品でお目にかかるポーションも、この世界では魔法薬に分類されている。
むしろそうじゃなかったらドン引きである。
流石にポーションでは四肢欠損を治すまではできないが、しかしそれでもある程度の怪我なら飲めば一瞬で傷が塞がったり、傷痕すら残らなかったりするのだから。
そして味も魔法薬の方が飲みやすかったりする。
ただ、ゲームや漫画の世界のように作ったアイテムの賞味期限とか消費期限の存在を無視している、なんて事は決してないので、ポーションを作ったからと言ってそれを長期間放置していたら、当然薬の効能は失われるし下手をすれば長期間放置した結果品質が下がって本来の効果を発揮できなくなっている、なんて事も有り得てしまう。
そういうところは現実的なんだな……と前世の記憶を思い出した時点でここが何らかの作品の世界なんじゃないかと疑っていたエクルは、そんな部分で現実に引き戻されたのであった。
エクルは魔女で、魔法薬を作って売っている。
効果はあれど味が最悪なお薬と異なって味も飲みやすいので、それなりに高くてもここの薬を買う、と言ってくれている顧客はそれなりに存在している。
前世みたいに決まった時間に営業をしているわけではないが、それでもある程度の客がいるために、営業時間が短くともエクルが食いっぱぐれる事はない。
まぁ、経営が若干傾いていたとしても、前世のような決まった時間営業するかとなるとちょっと無理なのだが。
人間たちが作るお薬は、大抵そこらにある薬草を採取して作っている。
対する魔法薬の材料は、確かにそこらにある薬草を使う事もあるが、魔法の力で育てないといけない素材とか、人の身で行くには難しいような場所にだけ生えてるやつとか、入手難易度が高いものがしれっと混じっているのだ。
魔法を使ってひょーいと行けるエクルのような魔女であれば問題ないが、それでも材料を取りに行くだけでもそこそこの時間がかかったりするのだ。
魔法は決して全能でも万能でもないので、店にいながら魔法でちょちょいと遠くの土地から回収してくる、なんて芸当はできないので。
お値段がそこそこ張ろうとも、効果も抜群、飲みやすいとなれば、それでも買うという顧客は存在する。
むしろ苦い薬は飲みたくないと思っていても、お金がなければ魔法薬に手がでない、なんて人たちだけがそういったえぐみ、極めました、みたいなお薬を使っているのだ。
前世では一部のお薬を本来の用途とは異なる状態で服用してオーバードーズがどうのだとかニュースにもなっていたが、思えばそれは飲みやすい薬だったって事もあるんだろうなとエクルは今更のように思っている。
何せ、こっちの世界のお薬は苦いのが前提なので、ほんのちょっとの服用ですら人によっては覚悟が必要なのだ。
それを大量に服薬するとか下手すると舌の感覚がマヒして当分味を認識できない、なんて事にもなりかねない。
オーバードーズ以前にあまりの苦さとか不味さで意識を失う方が確実だと思っている。
では、魔女の作る魔法薬なら飲みやすいのでそういう用法や容量を守らず間違った飲み方をする者がいるのかと言えば……
困った事にいる。
裕福ではない人間はそもそも無駄に薬に金をかけられないので、決まりを守ってきちんと服用してくれるのだが、しかしその困った相手はこの国の王子だった。
幼い頃に熱を出した時に出された薬が苦すぎて飲めず、それを心配した母――つまりは王妃様である――がエクルに依頼して苦くない風邪に効く魔法薬を依頼したのが始まりだった。
飲みやすい薬に、王子――オレール殿下はすっかりと虜になってしまったらしい。
本来なら用法容量を守って決まった分を飲めばいいだけなのだが、飲みやすい事もあって、なおかつ大量に飲めばもっと効果を発揮して一瞬で治るに違いない、とかいう、弱火で十分? じゃあ強火でいけば三分くらいで終わるだろ、みたいな料理失敗するよねそれ理論をオレールは何故かインストールしてしまったのである。
進化キャンセル失敗である。Bボタンなんてどこにもなかった。
だが、その時は風邪薬だったから、治った時点で飲む事はなくなるはずだったのだ。
前世だと風邪なんてそこまで重く考えたりはしないものだった。風邪は万病のもとなんて言葉があるけれど、でも風邪を引いたからといって命の危険が、だとかそんな風に思う人なんていなかった。
ちょっとダルイな、風邪かな……とりあえず薬飲んで寝るか、みたいな感じでしかないものだった。
ドラッグストアで風邪薬とついでに栄養ドリンクとか葛根湯とかセットで買って、とりあえずご飯食べて薬飲んで暖かくして寝るを繰り返せば数日で大体治る。市販薬を飲んで三日以上経っても効果がないようなら、その時は病院の世話になった方が早かったりもするけれど。
ただ病院は待ち時間が長い時は本当に長いので、そういう時間の無い人にとっては中々行く機会のない場所である。
前世では、風邪というのはともあれそういうものだった。
しかし今世はそうもいかない。
確かに薬はあるけれど、それなりに高価なのだ。
そこらで生えてる薬草で作れるお薬はまだしも、そうじゃない物に関しては本当に高い。一般庶民には手が出せないような高価なお薬だって普通にある。
魔法薬じゃなくてもだ。
そしてエクルの目から見たオレール王子は、多分学習能力が低いあほの子であった。
いや、あほの子という言い方もどうかとは思う。
思うのだが、しかしそう言いたくなる瞬間が確かに存在しているのだ。
王家の人間なんて確かに生まれた時点で色んな重荷を背負っているようなものだとは思う。
だからまぁ、たまには羽目を外したくなる気持ちも理解できない事はない。
お酒飲んで酔っ払って全裸でお外を走り回るみたいな事だと大問題だが、オレール王子の当時の年齢はまだ小学生くらいの年齢だったのだ。
なのでまぁ、お勉強が終わった後でお城の中庭で元気いっぱい駆け回るくらいなら可愛いものだ。少なくともその時点ではそのはずだった。
だがしかし、オレール王子はエクルの作った魔法薬によってあっさりと風邪が治ったのもあって、また風邪を引いてもあの薬があれば問題ないと学習してしまったようなのだ。
だからこそ、開放感で一杯になったオレール王子は中庭に設置されていた噴水に飛び込んで水遊びを始めてしまい――そしてその後、またもや風邪を引いた。
その時にもまた魔法薬を用意する事になったが、当時のオレール王子はそこで効果がすぐに出るのだから、どうせなら一度に一気に飲んでしまえばあっという間に全快復するんじゃないか、と考えたらしい。
魔法薬じゃない普通の薬の時なんかは、触ろうともしなかったし視界に入れようともしていなかったから、その時の侍女たちは油断していたのだ。
苦い薬を飲んだ後で、口直しとして果実水を用意してあったのだが、魔法薬の時もそれと同じように薬と、果実水をベッド近くに用意して。
朝薬を飲んだあとで、もうしばらく安静にしていてくださいね、とベッドに寝かされて、近くに準備されているのはお昼の分の薬と、途中喉が渇いた時にも飲めるように――なんて気遣いの塊でもある果実水。
一気に纏めて飲んだらきっとあっという間に治るに違いないぞ、と思っていたオレール王子は、侍女たちが部屋から出た直後にベッドから身を起こして手を伸ばし、そして置かれていた一日かけて飲む予定の魔法薬を一気に飲み干してしまった。
普通のお薬も効果はあるわけだが、魔法薬はそれ以上だ。
なのでエクルは基本的にお薬を作ってほしいという依頼があった時はちゃんと一日にどれくらい飲んでいいもので、一度に飲んでいい量はこれくらい、というのをきちんと説明している。
魔法薬にだって副作用が出る事は普通にあるので。
大半の人はやらないが、四肢欠損を治せる魔法薬だって、飲みすぎたらとんでもない副作用が出るのだ。
何せ既にそこにない身体のパーツを復活させるもの。適量だけ飲むならいいが、そういうのを飲みすぎた場合どうなるか。
賢い者なら早々に察するだろう。余計なパーツが増えるのである。
例えば片手を失った者がその魔法薬を飲んで失った腕を復活させたとしよう。
そこで飲むのをやめれば問題はないが、しかしそれ以上を更に摂取した場合。三本目の腕が生えたりだとか、下手をすると足が増えるだとか、最悪化け物みたいに思われるような事態になってしまいかねない。
……もっとも、そんな四肢欠損を治せるくらいの魔法薬は大変貴重で高価なものなので、無駄飲みしようなんて思う人間は過去エクルが知る範囲ではいないのだけれど。
だがしかしオレール王子はまだ親の庇護が必要な幼い年齢で、なおかつ国の権力者の子であるが故に、生活に何一つとして苦労はなかった。苦手なお勉強とかそういうものはあっても、食べる物や着る物、住む場所には何も困らないのだ。
身の回りの世話をしてくれる者もいるし、困った事があったらすぐに周囲の大人を頼る事ができる環境。
お勉強に関しては厳しくされてはいたけれど、それはオレール王子が勉強が苦手であるから厳しくしないとすぐ怠けるからであって、それ以外は他の子どもと然程変わらなかったと思われる。
もう少し成長してからは立ち居振る舞いなどもっと厳しく言われたかもしれない。
だがまだそこまでではなかったが故に、その頃のオレール王子はお勉強の時間以外はどちらかと言えば甘やかされた子どもでしかなかったのだ。
――結果として風邪は治った。
治ったものの薬の大量摂取により、その後のオレールは反動でぶっ倒れて三日間寝込んだ。
その後は何事もなく元気いっぱい復活を遂げたので、オレールの中では三日寝込む事になったというのはむしろ何の問題もない、と思ったのかもしれないが、傍で見ている大人たちからすればさぞ肝を冷やした事だろう。
それ以降、オレールは薬を飲めばすぐに良くなる、という風に学んでしまい、城の中で遊ぶにしても今まで以上に無鉄砲な行為をするようになってしまった。
とはいえ、余程大きな傷を負うような状態ならまだしも、そうでないのなら毎回魔法薬など使うわけにもいかない。魔法薬の代金だって、国庫の一部から賄われているのだから。要するに民の血税だ。
だからこそ、必要に応じて用意するようにしていたのである。
だがそんな大人たちの考えなど理解せずに、オレールは何かあればすぐ薬に頼ろうとした。
城の廊下を爆走してすっ転んで膝をすりむいたら即座に「魔法のお薬を!」とねだるが、しかしそんな事で毎回魔法薬を用意していては、税金の無駄遣いである。
なので普通の塗り薬でもって治療されたわけだが、滅茶苦茶沁みたらしい。
あまりの痛さに悶絶したようだが、王妃から叱られたのもあってオレールはその後城の廊下を爆走する事はなくなった。
ただ、風邪を引いた場合は別だ。
風邪を引いた状態で王子が城の中をあちこち移動してそこらに風邪のウイルスをまき散らせば他の者たちにも感染しかねない。
エクルはさておき、こちらの世界ではまだウイルスがどうこうというのはそこまで知られていないけれど、それでも風邪を引いて咳やくしゃみを連発させながら城のあちこちをうろつく王子とか、迷惑であるのは言うまでもない。
それに熱が出てぼーっとしたままでは勉強だってままならない。
それもあって、風邪の時だけは魔法薬を使うようになってしまった。
魔法薬があるからいいや、で己の体調管理を甘く見ているのは間違いなかった。
いっそ魔法薬じゃないとんでもなく苦いお薬ぶち込んでやれと思わなくもないのだが、苦い薬を口に入れた途端その場で吐き出すので、片付けが大変な事になってしまった事があったので。
結局は魔法薬を与えるしかなかったようなのだ。
とはいえ、成長するにつれ身体も頑丈になっていったのか、それとも単に慣れたのか。
オレールが風邪を引く事は減っていった。
だが成長と共に訪れたのは、疲労である。
成長とともに少しずつ与えられていった王子としての執務。
勉強ばかりだったところに毛色の変わった別の何かが紛れたところで、結局はデスクワークが増えたという認識で間違ってはいない。
ただでさえじっとしているのが苦手なオレールにとって、そういった時間はまさに苦行だっただろう。
そのせいか、終わった頃には首から肩、背中といった部分がそれはもうバッキバキになっていた。若さだけではどうにもできない程に。
その頃には国王夫妻が時折利用していた疲労回復薬――これも魔法薬だ――にオレールは目を付けた。
飲めば瞬時に肩こりや腰痛から解放される魔法のお薬。
何がいやって、じっとして頑張って執務を終わらせた後、すっかり凝り固まった肩や首だ。
終わったのにそのせいで終わったと思えないのだ。疲労が残り、存在感を主張し続けている。
凝りをどうにかするために首を回したり肩を動かしたりしても、そう簡単には治らない。
下手をするとそのまま数日それが続くのだから、そんな疲労も一発で吹き飛ばしてくれる魔法薬をオレールが飲まないなんて選択肢はなかったのだ。
これも、かつての魔法薬と同じようにたくさん摂取すれば疲れ知らずな身体になるのではないか、と思ったようだが、これに関しては王妃が厳重に管理していた。
あればあるだけ飲み干そうなんてされたら、城で働いている者たちや自分たちの分まで飲み干される事だろう。
そうなれば流石に困る。
一日に摂取していい容量は決められている。
飲みすぎたら翌日に逆に響くからね、とお薬を納品された時にエクルから注意事項をきちんと聞いている国王夫妻は大量摂取をしようとは思っていないが、しかしオレールの中の理論が変に固定されてしまったのもあって、あの手この手で多く薬を貰おうとするオレールと王妃の攻防戦はしばし続いた。
その攻防が途絶えたのは、オレールが一応大人しくなったからだ。
だがしかし、オレールは決して諦めたわけではなかったのだ。
一日に飲んで良い量を飲まずに、オレールは別の容器に移し替えて数日分を溜め込んでいた。
飲まずに溜め込んでいる間、肩凝りが半端なかったけれどそれでも我慢に我慢を重ねて、彼は魔法薬を溜め込み続けた。
そうしてある程度の量が溜まってから、彼は一気にその溜め込んだ薬を飲み干したのだ。
そしてぶっ倒れた。
魔法薬、という言葉から勘違いしがちだが、別に半永久的に消費期限があるとかそんなわけではない。
特殊な材料を使う事もあるが、前世のお薬と比べるとむしろ消費期限は短いと言える。
苦労して持ってきた材料で薬を作っても、数日しかもたない、なんて物もある。
なので材料を確保するタイミングや、作るタイミングも気を付けないと、早めに作った結果必要な時には傷んでしまって薬としては使えない、なんて事もあり得る。
魔女たちはそこら辺魔法で調整できたりもするけれど、だからといって作ったお薬を魔法で時間をとめて……なんて毎回やるわけもない。労力が半端ないからだ。
あくまでも必要になりそうなギリギリを見極めて、材料を取りにいくのである。
普通の人間なら無理でも魔女たちは魔法で空を飛んだりして移動距離を縮めたりできるので。
だから人間が作る薬よりは少し長持ちするけれど、それでも魔法薬に含まれた魔力はずっとお薬の中にあるわけではない。時間経過とともに薄れたりするし、場合によっては変質する事もある。
魔法薬、と一言で言えばとても便利そうな印象だけど、しかし実際そこまでではないのだ。
さて、そんな魔法薬を数日分、特に保存や保管を丁重にしていたかと言われるとそうでもない状態で置いていたオレールが、徐々に古くなっていく薬に更にコツコツ新たな薬を足していった物を飲んだらどうなるかなんて、言われずとも結果はお察しというやつだろう。
溜め込んだのが三日くらいであったならそこまで問題はなかったかもしれないが、オレールは実に半月ほど我慢して薬を溜めていた。
半月である。
常温保存の液体、それも開封後。前世でだってそんな状態で放置されている飲み物を飲めば腹を壊してもおかしくないというのに。牛乳あたりなら完全にアウトである。
未開封ならこの魔法薬もまだ大丈夫だった。
ところがオレールは纏めて一気飲みしようと目論んだため、他の容器に移してこっそり保管していたのだ。
使用人の目に触れたら回収されてしまうかもしれないし、親に報告されたらじゃあ疲労回復薬は必要ないという事ね、で渡されなくなるかもしれない。
だからこそ、オレールは隠す事に関しては細心の注意を払っていた。
結果として、最初の方に溜め込む事になった魔法薬の効果はとっくに薄れ、それどころか変質しかけていたのもあって。
そこに新しい薬を足したところで……
腐ってもう食べられなくなった食材に、傷んでいない新鮮な食材を混ぜて料理を作ったところで腐った食べ物が入った時点で食べてはいけないものである事に変わりはない。
よりにもよってオレールは食材ではなく薬でそれをやらかした結果、薬の効果が一気にぶわっと来たというのとは別の意味で身体にぐわっとダメージを受けて寝込む結果となったのである。
そこで懲りたか、と言えばそうならなかった。
今回はやり方がまずかっただけで、次はもっとうまくやればいい。
何故だかそう思っているようだった。
王妃がどうしてこんなことを、と問いかけても、王が薬の間違った使い方がもたらす恐ろしさを説いても。
幼い頃に植え付けられてしまった間違った価値観が、オレールの中から消える事はなかったのである。
半月疲労回復薬を飲まずともどうにかできていたのなら、いっそもう与えなければいい、と王妃と国王が決めたものの、そうするとオレールは王妃や王が飲むために用意していた魔法薬をこっそりと失敬するようになっていった。
人目があるはずなのに、巧妙に人の目を逸らし、そっと持ち去っていくのである。
こういう時だけ上手い事やるのはどうなんだ……と思いこちらも保管を厳重にしても、魔法薬への執念のせいか、オレールはあの手この手でかすめ取っていくのである。最早王子というより完全に盗賊だった。
エクルはそんな話を王妃様から相談されて、
「それもう完全に薬中ですやん」
思わずそう突っ込んでいた。
用法容量を守って安全に使用しているのなら、普通のお薬も魔法薬も問題はないのだ。
だがそれを無視すると逆に健康被害が出たりする。
痛い目を見ているはずなのに、それでも懲りないオレールにエクルも学習能力だいじょばなくない? と思ったものの、エクル本人が王子と話を試みようとは思わなかった。
むしろエクルの顔を見ればオレールは、内緒でこっそり魔法薬を融通しろとか言い出すので。
しかも代金もまけろとか言い出す始末。
確かに普通に納品したら王子にこっそり横流ししたのがすぐバレるとはいえ、個人のお小遣いで買うにしてもそこまでの量は集められない。だからまけろと値切ってくるのは理解できるが、エクルからすれば何一つ得をしない商談――と呼ぶには問題しかない――である。
仮にも王子が随分とまぁみみっちぃ事を……と思うのも仕方のない事だろう。
いっそ薬を与えないとか、魔法薬ではない激ニガな通常のお薬を渡すべきか。
だがしかし、執念といってもいいそれを抱えたオレールの事だ。
そんな事をしても一時しのぎにしかならないだろう。緊急事態以外でオレールに薬を与えないとしても、今のようにあの手この手で誰かの薬をくすねるだろうし、苦い薬を与えたらそれはそれで更に魔法薬に執着しそうである。
「一体どうするべきかしら……」
なので、王妃様が嘆くのは当然と言えたし、そんな王妃様からの相談を受けたエクルも頭を悩ませる事となった。
いっそ人格をガラッと変えてしまうような薬を投薬するべきか……いやでもそれも永劫継続するわけじゃないしな……
そんな風にオレールの人格とか人権は最早無視した上であれこれ悩みぬいて。
「あ」
「何かいい案が浮かびました?」
「いえ、その……王妃様が王子様を諦めるなら」
「諦める……? うぅん、でも今実子はあの子だけで、あの子が死ねば他に王位継承権を持った者たちで争いが勃発しかねないわ。
……そうは言っても、今のあの子じゃ王位につけても周囲も不満を抱えて内乱が起きる可能性も高いのだけれど」
「実子が一人だけなのが問題なわけですよね。じゃあ――」
前世のエクルだったならそんな提案は流石にちょっと……と思った上で口に出す事はしなかっただろう。
だがしかし今のエクルは人間の姿かたちをしていたとしても魔女という、人とは異なる生命体であるが故に。
割と人でなしな案を王妃に進言したのである。
――自分に与えられるはずの疲労回復薬は、しかし溜め込んだのを纏めて飲んで倒れた後から意図的に減らされる形となっていた。
それをオレールも自覚はしている。
だが、溜めに溜め込んだ疲労。精神的なものも肉体的なものもどちらもまとめて吹っ飛ぶようなあの薬を知ってしまえば、逃れられるはずもない。少量であの効果なら、もっと沢山飲んだなら果たしてそれはどれほどまでに凄まじい事になるか。
天にも昇るような気持ちになるかもしれない。
そう思うと、前回のはたまたま失敗しただけで次はきっと成功させてみせるとさえ思えてくる。
だがしかし、前回のせいで薬の管理が厳しくなって、オレールが薬を欲しがったとしてもすんなりと手に渡る事はないし、それどころか渡されたとしてもその場で飲まなければならない。後で飲むから……なんて言って部屋にこっそり持ち込んで溜め込もうにも、監視がついたせいでではその時に渡しますので返して下さい、と取り上げられそうになる始末。
確かに決められた量だけでも効果はある。
あるけれど、なんというか物足りないのだ。
もっと。
もっと多く飲めばきっともっとずっと楽になれるはずに違いないのに。
足りない。
まだだ。
もっと……!
そんな風に渇望して、オレールはどうにかして多くの薬を貰えるように……と頭を悩ませていたのだが。
ある日、王妃から貴方が他の人の薬にまで手をつけようとするものだから、管理を厳重にしたけれどその為に人手を割く事になって困るから、貴方には貴方専用の薬を渡す事にします――などと告げられた。
渡されたのは大きめの瓶が二つ。
並々と入った液体は、今までの疲労回復薬とは異なる色合いをしている。
「その薬でも疲労は回復します。
――が、今までのように気軽にホイホイ飲むのはお勧めしません。
いいですか? 本当にどうしようもなくなったと思った時にだけ飲むようにしなさい」
「わかりました」
口調だけは厳しいが、だがそのまま二つの瓶を渡されてオレールは表向きとても良い返事をした。
本当に少しずつしか飲んではいけないのなら、こんな風にまるごと渡さなければいいのに、と思いはしたもののそれを口に出して瓶を引っ込められたらオレールにとって困るので、自分から指摘はしない。
「もし次にやらかしたら、もう知りませんからね」
「大丈夫ですって。信じて下さい」
母のその言葉に、オレールは内心で「しめしめ……」なんてほくそ笑みながらも困ったような顔をして、これっぽっちも信用できない言葉を吐いた。
「これでも以前倒れた時の事は本当に反省しているんですよ。確かに制限されるような事をしたわけですが、かといって完全に疲労回復薬を使わないわけにもいかず……」
最近は割り当てられている執務も増えて大変なもので……なんてもっともらしく言っているが、オレールはこれっぽっちも反省はしていない。あくまでもポーズである。
そんなオレールを、王妃は「本当に大丈夫かしら……」と物憂げに言いはしたが、しかし薬の入った瓶をやっぱりこっちで管理します、なんて言って回収するような事はしなかった。
にまにまとしまりのない表情になりそうなのをギリギリでマトモに見えるよう取り繕って、オレールは瓶を二つ、大事な物を抱えるようにして不自然にならないよう注意して部屋へと戻る。
部屋に入って、瓶に貼られていた注意書きらしきものを剥がす。
じっと見てはいないが、二つの瓶に入っている薬はそれぞれ別の物のようで、一つが肉体的な疲労を回復させるもの、もう一つが精神的な疲労を回復させるもの、と分かれているらしい。
使用上の注意という文字も見えたが、オレールはその先に目を通す事なく丸めてゴミ箱へと捨てた。
片方が肉体の、もう片方が精神の疲労を回復させる薬というのなら、つまりは両方を飲めばどちらもスッキリ爽快な状態になれるというわけだ。
母はどうしようもなくなった時にだけ飲め、と言っていたが、オレールは早速薬を飲む事にした。
別にそこまで疲れてはいないけれど、でも飲んだら楽になれるのなら、そうなってから他の事をやろうと考えたのだ。
蓋を開けて、瓶ごと一気に飲み干していく。
魔法薬は普通の薬と比べると味が良いものが多い。まるで果実水のような爽やかかつ仄かな甘みのそれが薬と言われても、果たしてどれだけの人が信じるだろうか。
むしろ単なる果実水だと言われた方が余程である。
一体何回分の薬なのかはわからないが、それらを一気に飲み干して、更にはもう一つの方の薬も飲みきったせいか、腹の中がちゃぷちゃぷ音を立てているが、オレールはそれすら気にしなかった。
むしろふわっとした気持ちと共に身体が軽くなって、まるで今なら空も飛べそうな勢いである。
このまま部屋を出て、色々とやろうと思っていた事をやるべきだろうか。
そう考えたものの、あまりにも爽快な気分のまま行動をすれば早速薬を飲んだのだとバレるかもしれない。
もう少し様子を見てから部屋の外に出る事にしよう。
それまではどうするべきか。
「そう……だな、まぁ今ならとてもいい気持ちで眠れそうだな……」
疲れているわけではないが、しかし今ならきっと凄く良い夢が見れそうな気がしている。
何も朝まで眠るわけではないわけだし……ちょっとだけ。ほんの少し、昼寝くらいの感覚で。
そんな風に誰に対してかわからない事を口に出して、オレールはベッドに横たわったのだった。
そうしてどれくらい眠っていただろうか。
起きたら室内はすっかり暗くなっていた。
いつもなら灯りをともしにくる者もまだ訪れていないのだろう。
窓から差し込む月明かりによって完全な闇ではないが、しかしそれでも、夕食時になれば誰かしら部屋を訪れて声をかけてきそうなものなのに……
そう思って身を起こす。
「ん……?」
なんだろう、なんか変だな。
そう思ったのは、果たして何に違和感を覚えたからだっただろうか。
ベッドから身を起こした時の感触が、いつもと違った気がした。
シーツははて、このような手触りだっただろうか……?
いや、それだけではない。
何か。
何かがおかしい。
だが何がおかしいのかがまだわからない。
オレールは違和感だけを抱えたまま、ベッドからゆっくりと下りる。
「なんだ……?」
下りた時の、足裏の感触がやはりいつもと異なった気がして、オレールはじっと目を凝らした。
室内は暗いといえ、月明かりで多少明るい部分がある。そこに手をかざしてじっと見るが、はっきりとはわからない。
結局このままでいるよりは……と思い、オレールは自室の隣に備えられている執務室へのドアを開けた。
普段はこちらの執務室を使う事はあまりない。それというのも薬物乱用のせいで、見張りを置かれる形となったからだ。普段は他の者の出入りもある両親の執務室近くで書類などは捌くようになっている。
だからこそ、こちらの執務室はほとんど使用されていないのだが、しかしこちらの部屋には明かりがついていた。
暗い部屋から明るい部屋へ移動した事で目が慣れなかったが、それでも数秒も待てば視界がハッキリとしてくる。
「なんだ……!?」
そうして気付いてしまった。
オレールの先程の違和感。
自身の視界に映ったのは、毛むくじゃらな腕だった。
ふさふさで、もふもふな獣のような毛。
それがオレールの腕から生えているのである。
いや、腕だけではない。
慌てて咄嗟に体中をまさぐれば、それはどうやら全身から生えていた。
「か……鏡!」
執務室にはないけれど、自室の方には置かれている。
そして鏡の位置は、ちょうどこちらのドアから見える位置にあった。
暗い室内に置かれた鏡が、オレールの姿を映している。
明るい室内からそれを見たオレールは、思わず悲鳴を上げていた。
「ば……化け物ッ!?」
その叫びが聞こえたのか、使用人たちの足音と共に、
「殿下? ご無事ですか!?」
そんな風に心配する声が聞こえ、オレールが待てと制止する間もなく。
無情にもドアが開けられてしまったのである。
「というわけで、オレールは北の塔での幽閉が決まりました」
「そうですか。まぁそうなるようにしたわけなんで、そりゃそうでしょうねとしか……」
現在エクルは新たな薬の納品に訪れた際、帰る前にお茶でもどうかしら? と王妃様に誘われてしまったので断り切れずにお茶とお菓子を戴いている真っ最中である。
オレールの一件からは既に数日が経過している。
エクルとしてもわかってはいた。
あの王子絶対やらかすな、と。
どうしてあんな風に薬に固執して無駄に大量飲みをしようとしたがるのか、エクルには理解できないが、まぁやるだろうなとだけはわかっていた。
昔から注意をしていても、多分彼にとって何らかの成功体験のようなものが刻まれてしまったのだろう。だから何度も繰り返そうとした。
もしかしたら王族としてのしかかる重圧から逃れたい、なんていう逃避行動の一種だったのかもしれない……とも考えたが、実際のところは謎である。エクルはそこまで深くオレールの内心を聞いた事もないので。
「もっと早くにこの決断を下していればよかったのかしらね……」
「いやぁどうでしょうね……」
はぁ、と小さな溜息を零す王妃様相手に、エクルはなんとも言えなかった。
前世の記憶を思い出す前のエクルならもっとはっきり言えたかもしれないが、しかし前世の記憶を思い出してしまったせいで無駄に空気を読もうとする力が発揮しているせいとも言える。
魔女がそんな風に人の心に寄り添ってくれるとはあまり思っていなかった王妃様は、エクルが気を使ったのだと理解してどこか困ったように微笑んで――
「まさかこの年になってもう一人産む事になるとは思いませんでした」
「まぁ、世間一般だと遅いって言われるかもですが、王妃様全然まだまだお若いんで大丈夫ですよ」
少しばかり話題を変えようとした王妃様相手に、エクルもまた慰めにもならない事を言った。
一種の賭けと言えなくもない。
オレールがどこまでも薬に執着し続けるようなら、このまま彼を王にするには問題がある。
用法容量を守らずに、飲む時は馬鹿みたいに大量摂取。場合によってはぶっ倒れるような状態のオレールが王になったとして、それを続けるようではいつ倒れたついでにぽっくり逝くかもわからない。
それ以前に、そんな相手の妻になりたい令嬢がそもそもいないだろう。いらぬ尻拭いをするのが目に見えているのだから。
王も王妃もそれを理解していたから、彼の婚約者選びに時間をかけていたのだ。
悪癖が治っていれば、すんなりと婚約者も決められただろうに。
だが、その悪癖が治る、とは悲しい事に誰も思っていなかった。
それでも万が一に期待したと言うのは嘘ではない。
昔から言い聞かせてきても無駄だったそれが、最後のチャンスで改心できるか、というとその希望は限りなく薄っぺらなものでしかなかったけれど。
王位継承権を持つ者はオレール以外にもいるけれど、王の実子は現状オレールだけ。
となれば、彼が王の座から落とされるのなら、他の継承権を持った者たちが表立つか水面下かはさておき、争うのが目に見えている。
だがこのまま彼が王になったとしても、恐らくは彼を傀儡にしようと目論む者もいただろう。薬を与えればいいだけなのだから御しやすいと思う者がいたとして、何もおかしくはない。
王と王妃はそれ故に考えた結果。
もう一人、新たに子を産む事にしたのである。
とはいっても、そもそも以前から二人目を望んではいたが、中々授からなかった。
じゃあもう無理なのかも……と諦めていたものの、少し前にふとエクルはとある薬の存在を思い出したのである。
それが、王子様を諦める発言に繋がったわけなのだが。
子供ができやすくなる魔法薬。
意外と需要がありそうだし、そうなるとその分流通もしそうではあるのだが、悲しいかなこのお薬の材料は希少なものがいくつかあって、なおかつ作るのに結構な手間がかかる。
それもあって、エクルもそうだが他の魔女たちもあまり率先して作りたがらないのである。
エクルだってすっかり記憶の彼方へぽーんと存在を追いやっていたのだ。
あとこの薬は魔法薬のくせに若干味にえぐみがあるので、多分本当に切羽詰まった者以外は遠慮するだろうとも。
そんなお薬の話をした事で、王妃様は覚悟を決めた。
新たにもう一人、王子か王女になるかはまだわからないが、もう一人産む事を。
生まれた子が成人を迎えるまでとなると自分たちが退位するまで相当頑張らないといけないが、オレールを王にするよりはマシだろうとも。
だが、もし。
もし最後に渡したあの薬を、きちんと用法と容量を守った上で摂取するのであったなら。
オレールはあんな事にはならなかった。
身体的な疲労と精神的な疲労を回復するための魔法薬。
あれは本来同時摂取してはいけないお薬だった。
きちんと使用上の注意として瓶に紙を貼っていたので、きちんと読めばああはならなかったはずだが、オレールは読まずに飲んだのだろう。じゃなきゃああはならない。
片方を服用した場合、もう片方を服用する時は最低でも六時間は間をあけないといけないお薬だったのだが、仮にもし、六時間以内にもう片方を摂取した場合どうなるか。
副作用で体毛が濃くなる。
それだけなら然程問題はなさそうだが、しかし何度も服用を続けると、本来生えてこないような場所からも体毛がわっさわっさと生えてくるので、大変な事になるのだ。
髪の毛だけがそうなるなら、禿げている人の希望のお薬になるけれど、しかしそうではない。
本来存在している体毛以外の――手の平や足の裏といった部分にも生えてくる。
産毛までもが成長し、そりゃもうもっさもさになる。
そうなる前に服用をやめて長い期間飲まなければ、多少は落ち着いて元に戻っていくのだが、しかし一度生えてしまったムダ毛はそれなりにしぶとい。
一本一本抜くには手間がかかりすぎるし、剃ったところで根元が残っているので伸びてくる。
男性ならまぁ多少のムダ毛を放置できるかもしれないが、女性であれば大変だろう。
この疲労回復薬は、今の疲労回復薬が出回る以前に流通していたものだ。
かつてオレールのように薬の使用上の注意を守らずに摂取した者たちはムダ毛の処理に苦労したとされているが、魔女にとってはまだ記憶に残る記録だが、人間たちにとっては相当薄れた記録でしかない。それくらい昔のものなので、今作るとなるとなんだかかつての伝統を復活させているような気分だった……というエクルの感想はさておき。
オレールに渡した瓶を両方一度に摂取した場合どうなるか。
エクルも正直どこまでムダ毛が生えるかはわからなかったが、それでも予想はついていた。
間違いなく全身から毛が生える。その確信はあった。
それも踏まえて注意書きを残しておいたのだが……まぁ、読まなかったんだろうな、とはエクルだってこうして王妃様からお話を聞けば理解できる。そうじゃなくても読まないんだろうなとは予想がついていたわけだし。
毛むくじゃらなオレールを見た使用人たちは少しばかり気の毒だが、その場で化け物として殺されなかったのだからまぁ、マシだったのだろう。
……どうだろう?
結局存在を無かった事にしたい王族を閉じ込める北の塔に幽閉された時点で同じようなものかもしれないので、どちらがマシかなんて比べる事がそもそもどうかしているのかもしれない。
全身が毛むくじゃらになってしまったオレールの毛を仮に剃ったとして、あれだけ一度に摂取した以上当分は伸び続けるしそのうち禿げてくるような事にもならないだろう。
かろうじて眼球や口の中、爪といった場所はムダ毛が生えなかったが、それ以外はもさもさだったらしい。
そんなオレールの姿を見た使用人の一人が描いた絵をエクルも見せられて、思わず遠い目をしてしまったくらいだ。
なんか……モ〇ゾーとキッ〇ロのモ〇ゾーの方みたいだな……と。
色は違うがフォルムが大体それ。
まぁそれを口に出したところで王妃様から同意される事はないとわかっているので口にしなかったが。
王妃様が転生者でエクルと同じ年代で生きていたとかであればワンチャンあったかもしれないが、王妃様は間違いなくエクルと同じ世界の記憶を宿してはいない。なので間違ってもモ〇ゾーの名を出したところで、魔物の名前か何かだと思われるだけだ。
流石にモ〇ゾーへの風評被害になるのでエクルはそっとお口にチャックした。
「次の子は、オレールのようにならないといいんだけど……」
そんな風に物憂げに言う王妃様に、エクルは「そうですねぇ……」としか言えなかった。
流石にお薬乱用した結果ああなる、と幼子に幽閉したオレールの姿を直に見せては? と言うのは早すぎると思ったので。まだ生まれてすらいない赤ん坊にいらぬトラウマを植え付ける真似はできなかったのであった。
次回短編予告
一仕事終えた後の冒険者たちの元に、ギルド職員がやって来た。
そして問われる。仲間を不当な追放した、という話が出ているが真実かと。
次回 追放された? えぇ、こちらが。
追放したっていうよりされたんですよこっちが。なんでこっちがしたみたいになってるんですかね?




