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美少女天使(中身おじさん)は、できるだけ頑張らず楽しく生きたい  作者:


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第35話 紹介文の発表と社伝

 火曜の朝。

 週末に提出した「好きな場所紹介文」のことを、思い出して少しだけ胃がきゅっとなる。


(あー……この感じ。知ってる)

 前の人生で、何度も経験した空気だ。プレゼンの前の静かな会議室。上司の機嫌次第で同じ資料が、いかようにも評価される、あの世界。

 私は小さく息を吸って、吐いた。


(学校は、会社じゃない。たぶん……)

 自分にツッコミを入れつつ、廊下へ出る。階段の踊り場で、後ろから軽い足音が追いついてきた。


「シエル、行くよ」

 廊下から結衣の声。

「うん、今いく」


 玄関で靴を履きながら、結衣が私を一度だけ見た。

「顔色は大丈夫そう。……無理してない?」

「平気。ちゃんと寝たし…」

「ならよし。きつくなったら言って。お願いね」

 私は頷いて、二人で外に出た。






 教室に入ると、前の席が勢いよく振り返る。

「おはよ、シエル!」

 相田ほのか。今日も元気だ。

「おはよう、ほのか」


 ほのかは、机の端を指でとんとん叩きながら、小声で言った。

「ねえ……今日、読まされるよね? “好きな場所”」

「たぶん。先生、今日からって言ってたし」

「やばい。やっと提出終わったのに緊張してきた……」

「ほのか、書いた内容、ちゃんとしてたよ!」

「そういう問題じゃないの。声が震えそう…」


 そう言い終える前に、教室の扉が開いて担任の高梨先生が入ってきた。

「おはよう。席ついてね。

 先週金曜までに提出してもらった“好きな場所紹介文”、今日と明日で読んでもらいます。とりあえず読むだけでOK」


 ほのかの表情が固まる。

(出席番号順だと、ほのかが一番だ)


 私が視線を送ると、ほのかは小声で「お、終わった」と言った。


「相田さん、どうぞ」

「は、はいっ!」

 立ち上がる勢いがよすぎて椅子が鳴る。教室の空気が一瞬だけゆるんで、ほのかはさらに顔を赤くした。


「えっと……私の好きな場所は、弓道場です」

 そこからは、意外と落ち着いていた。

 弦の音、姿勢、静けさ、集中。ほのかはちゃんと自分の言葉で話している。


「いいね。『静か』って言う人は多いけど、どう静かなのか説明できてる」

 先生が褒めると、ほのかがほっと息を吐いて席へ戻ってくる。

「……生きてる」


「よかったよ」

 小声で返すと、ほのかは笑顔でこたえた。


 次は私の番だった。

 席を立つ瞬間、背中に視線が刺さる。私は教壇の横に立ち、原稿用紙を両手で持った。紙の角が、ほんの少し震えている。


(あれ。私、緊張してる?)

 前世の私は、緊張を“仕事のスイッチ”で押しつぶしていた。押しつぶして、最後には自分が何を感じているか分からなくなった。


 だけど今は――押しつぶさない。

 震えているなら、震えているまま、立てばいい。


「私の好きな場所は、星ヶ丘女学院の図書室です」

 声は、意外なくらい、落ち着いて出た。


「理由は、静かで落ち着くから……だけではなくて、そこに“時間”がある気がするからです。新しい本も、古い本もあって、並んでいるだけなのに、たくさんの人の気配が残っているみたいで……」


 教室が静かになる。変な“詩”っぽさにならないように、私は言葉を少しだけ具体的にする。

「例えば、棚の札。いろんな分類があって、そこに行くだけで、知らない世界が手に取れます。私は、調べ物をするとき、まず“入口”を作ってくれる場所が好きです」


 ほのかがニヤニヤしているのが見えた。たぶん「入口」とか言ったからだ。――分かる。私もちょっと恥ずかしい。


「それに、図書室って……誰かと一緒にいても、無理に話さなくていい場所だと思います。話してもいいし、話さなくてもいい。そういう距離感が、居心地よくおもいます」


 最後の一文を読み終えた瞬間、胸の奥の冷たさが少しだけ溶けた。

(……あ。これ、会社のプレゼンと違う)

 誰も私を責めないし、誰も“正解”を奪いにこない……


 読み終えると、先生が短く頷いた。

「天宮さんのは、場所の説明が具体的でいい。次、誰でも行きたくなるように書けてる」


 その評価に、胸の奥が温かくなった。






 昼休み。三組の群れの中から抜け出た結衣が手を振ってくる。

「シエル、ほのか、おつかれー」

「発表どうだった?」

「ほのかが、すごくよかった」

「おっ、ほのか、やるじゃん」

「やった……」

 ほのかが机に突っ伏す。


「ほのか、どうしたの?」

「なんか、疲れたみたい…」


「シエルは、どうだった?」

「……終わったよ。なんとか」

「なんとか、じゃないよ。余裕の顔してた」

「してないし…」

 結衣は私の顔を覗き込んで、少しだけ目を細めた。


「無理してない?」

 その言い方が、やわらかくて、心配の形をしている。


「ちょっとだけ、昔の嫌な空気を思い出して… けど、大丈夫。学校は、ちゃんと学校だった」

「そっか」

 結衣は、それ以上深追いしない。代わりに話題を軽くするみたいに、弁当袋を揺らした。






 放課後。

 ほのかと昇降口で別れるとき、ほのかが言う。

「シエル、明日、弓道の見学一緒に行く?」

「行きたい。今日は用事があって」

「了解。じゃ、明日」

 ほのかは満足そうに手を振って、友達の群れへ混ざっていった。


 私と結衣はいったん天宮家へ戻って着替え、鳴瀬神社へ向かう。

 途中で由奈からメッセージが来た。

『片付け確認の あと、ちょっと話がしたい!』


「“話がしたい”が気になるね」

 結衣が言って、私を見る。

「無理そうなら断っていいよ」

「……とりあえず、聞いてみる」






 鳴瀬神社は、祭礼の日が嘘みたいに静かだった。

 境内は片付いていて、屋台の匂いも人の声もない。木と土の匂いが濃い。


「結衣! シエル!」

 由奈が社務所の前で手を振っている。


 足元で「にゃ」と声がした。

 白い猫、雪。男の子。

 今日も当然の顔で歩いてきて、結衣の手に頬を押しつける。


「雪ー」

 私が指先を差し出すと、雪は迷いなく近づいて、同じように確かめる。


「ほら、今日は現実的な作業の日だよ。倉庫行こ!」

 由奈が言う。


「現実大事」

 結衣が返す。


 倉庫のチェックは、驚くほどあっさり終わった。

 幟、箱、道具、ぜんぶ定位置。由奈の几帳面さがこういうときに心強い。


「よし。これで祭礼の後始末、完全に終了!」

 由奈が両手を上げた。


 そのタイミングで、居間の方から足音がして、宗一叔父さんが顔を出した。

 こちらを一度見て、軽く頷く。

「片付けは終わったか?」

「終わった! で、ついでに……」


 結衣が私を見てから、宗一叔父さんへ向き直る。

「昨日、図書室の本の“余白”に変な字が出た。見せてもらえるなら、由緒書とかじゃなくて、ちゃんとした記録が見たい!」


 宗一叔父さんは少し考えてから、短く言った。

「社伝がある。――ただし、条件がある」

「条件?」

「持ち出さない。写真も撮らない。必要なら、こちらが読む」

「分かった」

 結衣が即答し、私も頷いた。


 宗一叔父さんは奥へ引っ込んで、古い和綴じの冊子を持って戻ってきた。紙が少し黄ばんでいる。


「鳴瀬の社伝だ。……必要なところだけ、いま読もう」

 そう言って、宗一叔父さんはページを開き、指で行を押さえた。


「“返し札”について」

 声は淡々としているのに、内容ははっきりしていた。


「――返し札は、“迷い”を境へ戻すための札。名を書かず、戻す方向だけを示す。

 ――名を持たぬものには効きにくい。効かせるには、境目を整え、道を一つにする。

 ――その際、力で切らず、結びで留める。留める場所は、息の置けるところ」


 結衣が息を呑む。私も、喉が乾く。

「……“息の置けるところ”」

 私が小さく繰り返すと、宗一叔父さんは一度だけこちらを見た。

「昨日の余白の言葉と一致する。だから、偶然ではない」

 はっきり言い切られると、怖さより先に理解が進む。


「じゃあ、次はどうするの?」

 結衣が聞く。


 宗一叔父さんは社伝のページを一枚だけめくった。

「次は“場所”だ。

 社伝の続きは、居間で読むより、境目の近くで確認した方が早い。……ただし、準備がいる」


 ここで終わると“引き延ばし”に見える。

 だから宗一叔父さんは、続けて具体を出した。


「今週中に一度、祠の前で読む。武臣さんにも可能なら立ち会ってもらう。

 お前たちは、そこで“余白に変化があれば”息を置け。見えたら言え。抱えるな」


 結衣がすぐに頷く。

「分かった。勝手なことはしない」


 私は息を吸って、吐いた。

 返し札、名を持たぬもの、結びで留める、息の置けるところ。

 昨日より、ずっと分かりやすい形で手の上に存在する。

「……私も、いけます。無理はしません」


 宗一叔父さんは、社伝を閉じた。

「よし。今日はそれで十分だ。

 “読むべき場所”と“手順”が決まった」


 止めるのではなく、次の段取りを決めて切る。

 それなら、前に進んでいける気がする。


 結衣が私の手の甲に、指を軽く重ねる。押さえつけず、ただ確認する触れ方。

「シエル。今ので、平気?」

「うん。大丈夫」

 私はちゃんと答えられた。




 社務所の前で、由奈が腕を組んで言った。

「で、話したいことなんだけどさ」

「うん」

「来週、また手伝いお願いしたいの。大きい祭礼じゃないんだけど、春の小さい行事。人手が足りないから…」


 結衣が私を見る。逃げ道を置く目。

「学校始まったばっかだし、無理なら断っていいよ」


 私は一呼吸置いてから聞き返した。

「どんな行事?」


「新入生とか近所の人向けの、学業と通学安全の小祈願。授与所も少し忙しくなる。

 それと、祠とは別。完全に“表の仕事”」


 表の仕事。

 それなら、私の中でも線が引きやすい。

「日程、教えて。確認して行けそうなら手伝う。ほどほどに…」


 結衣がぱっと笑った。

「ほどほど最強!」


 由奈も笑って頷く。


 雪が私の足元に来て、しっぽで靴に軽く触れてから、満足そうに歩いていった。


 境目の話は、まだ終わっていない。

 でも、社伝の言葉は、ちゃんと“こちら側”の言葉だった。


(息を置く)

 私は胸の奥で一度だけ繰り返し、もう一度ゆっくり息を吐いた。

 次は、祠の前。段取りが決まっている。だから迷いはしない。

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