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美少女天使(中身おじさん)は、できるだけ頑張らず楽しく生きたい  作者:


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第17話 歩き出すための道具

 春休みの終わりが近づき、もうすぐ高校生になるという実感が現実味を帯びてきた日の朝だった。


 天宮家のダイニングテーブルには、トーストと目玉焼き、サラダとヨーグルトという、いつもの「平和な朝ごはん」が並んでいる。

 けれど、その空気には、少しだけ新しい色が混じっていた。


 ――天宮シエル。


 自分の名字が、正式にそうなってから、まだ数日しか経っていない。

 入学式一週間前に届いた役所からの封書を開き、(さき)が電話で学校に連絡してくれて、「名簿の名字も《天宮》に変わりました」と連絡があった、その日のことは、まだ胸の奥でじんわり温かい。


(……本当に、天宮シエルになったんだ)


 そう思うたび、嬉しさと、少しだけ怖さが同時に胸をつつく。


「おじいちゃん、バター取って」

 結衣(ゆい)がパンを(かじ)りながら、テーブルの向こうに手を伸ばす。


「ほら」

 武臣(たけおみ)が素直にバターを渡したところで、向かいの席の結衣が、ふいにシエルの方を振り返った。

「そういえばさ」

「はい?」

「シエル、自分のパソコン、どうするの?」


 唐突な話題に、シエルはマグカップを持った手を止めた。

「どうする、って?」

「だって今さ、勉強とか調べものするとき、お父さんの作業部屋に行って、パソコン借りてるじゃん」

 結衣は、フォークを振りながら言う。

「お父さんがデータ解析してる横で、遠慮しながらキーボード叩いてるシエル見てると、なんか申し訳なくなるんだよね。あれ、完全に“ピットの片隅でレポート書いてる見習いエンジニア”だよ」


「そんな大げさな……」

 シエルは苦笑した。

 確かに、晃太の作業部屋は、二輪関係のデータとツールでいっぱいだ。

 その隣にノートと参考書を広げて肩身狭そうに座っている自分の姿を想像すると、言い返しにくいものがある。


「高校入ったら、レポートとか調べものとか、もっと増えるだろうし…」

 結衣は、パンをもぐもぐしながら続ける。


「お父さんのパソコンに依存しっぱなしは、さすがに可哀(かわい)そうだし…

シエル、そろそろ自分のパソコン持った方がよくない?」


 言われてみれば――と、シエルは心の中で頷いた。


(大和の記憶では、ずっとパソコンとにらめっこしてた印象なのに……今は“自分の端末”がないんだよね)


 ブラック気味なシステムエンジニアとして、モニターの光の下で日々を溶かしていたことを考えると「マイマシンがない」という状況は、想像すらできない…


 今こうして、ダイニングテーブルでトーストを齧りながら「自分用のパソコン」を考える日が来るなんて――

 少し、くすぐったい。


「おい、結衣」

 新聞を畳んだ武臣が、ひとつ咳払いをした。


「前からシエルの様子を見ていて、私も同じことを思っていたところだ。……勉強道具が足りていないのは、艦――じゃなかった、家長としての配慮不足だからな」

 危うく昔の職業時に使っていた単語を口にしかけて、さりげなく言い直す。


「ちょうどレースの遠征もひと段落したところだしね」

 キッチンから、美穂(みほ)がエプロン姿で顔を出した。


「今日は晃太さんもお休みなんでしょう? 横浜まで出て、ちゃんとしたノートパソコンでも見てきたらどうかしら」


「え、今日?」

 結衣が目を輝かせる。


「行く! 行きたい! お父さんと一緒にPC見に行くとか、絶対楽しいやつじゃん」


「お前のじゃないぞ」

 武臣が、いつもの調子でたしなめる。


「分かってるって。……でも、シエルに“高校デビュー用ノートパソコン”買ってあげるの、普通にイベントじゃない?」


「イベント扱いされてますね、私の勉強道具……」

 シエルは苦笑しながらも、胸の奥が少しだけ浮き立つのを感じていた。


(……自分のパソコンか)


 星ヶ丘女学院での生活。

 レポート、資料作り、調べもの。

 そして――いつか、またコードを書き始めるかもしれない未来。


 それを支える「道具」が、この家から自分の手に渡る。


「シエル」

 武臣が、改めてこちらを見る。

「嫌でなければ、今日見に行ってみるか。足は晃太に任せるとして……」


「任されました」

 廊下の向こうから、のそりと現れたのは、寝癖のついた晃太だった。


「おはようございます……って話、だいたい聞こえてました。今日は職場にも行かないし、午後からなら横浜行けるよ」


「本日のミッションは、シエル用ノートPCの調達です」

 結衣が、勝手に宣言する。


「お父さん、専門家枠。私は“女子高生目線のデザイン担当”。シエルは“使用者兼決裁権者”」


「なんだその部署構成は」

 晃太は苦笑しつつも、どこか楽しげだった。


「……シエル」

 武臣が、少しだけ真面目な声で続ける。


「費用のことは気にしなくていい。高校で使うためのものだし、こちらで用意する」


「でも……そんな高いもの、簡単にお願いするのは…」


「“簡単”でいいんだ。元々準備してあるからな」

 武臣は、コーヒーを一口飲んでから、静かに言った。


「お前がこの家に来るより前からな」


 その言葉に、シエルは一瞬だけ息を呑む。

(大和としての、私がいなくなったあとに……)


 武臣が、こっそり用意していた「何か」。

 詳しい中身を教えてはくれない。

 けれど、その一部が今、ノートパソコンという形で自分の方へ差し出されようとしているのだと思うと、胸の奥がじんわり熱くなった。


「……ありがとうございます」

 シエルは、きちんと頭を下げた。


「せっかく用意していただけるなら、ちゃんと“役に立つもの”を選びます」


「そうしてくれ」

 武臣は小さく頷く。


「ただし、晃太の言う専門用語を、全部そのまま鵜呑みにしなくていいからな。“本当に必要かどうか”を自分で考えろ」


「お義父さん、信頼されてるのかされてないのか分からないんですけど…」

 晃太が肩をすくめた。

「でもまあ――今日の主役はシエルだ。スペックと予算はこっちで相談するから、シエルは“どんなふうに使いたいか”を考えておいてくれればいいよ」


 その言葉に、シエルは胸の前で両手をそっと重ねた。

(どんなふうに……)


 勉強のため。

 レポートを書くため。

 ときどき、データやコードと向き合うため。


 そしてなにより――


(“天宮シエル”としてのこれからを、ちゃんと活動していくために)

「……はい。考えておきます」


 


 


 

 昼過ぎ、天宮家のミニバンが星ヶ丘の坂を下り、幹線道路へと出ていく。

 運転席には晃太。

 助手席には武臣。

 後部座席に、シエルと結衣が並んで座っていた。


「なんかさ」

 結衣が窓の外を眺めながら呟く。

「こうして家族で横浜行くの、ちょっと久しぶりな気がする」


「そうか?」

 武臣が、バックミラー越しに振り向く。

「結衣が小学生のときは、よく水族館に連れて行かされていた記憶があるんだが」


「それ、もう何年前の話よ」

 結衣は肩をすくめる。


「中学生になってからは部活とかテストとかで、全員揃ってどこか行くってあんまりなかったし」


「まあ、晃太もサーキットを転々としていたしな」

 武臣の言葉に、運転席の晃太が「すみません」と苦笑する。

「じゃあ今日は、“家族で買い物”リハビリだな」


 武臣の何気ない一言に、シエルの胸の奥で、小さく何かが震えた。

(……家族で買い物)


 星ヶ丘の住宅街が後ろに流れていく。

 その景色を眺めながら、シエルはふと、自分の膝の上に置かれた両手を見下ろした。


 そこにあるのは、十五歳の少女の指。

 けれど、その奥には、三十五歳までキーボードを叩き続けた男の記憶が、まだ残っている。


(大和だった頃は、パソコンなんて“仕事の道具”でしかなかったのに……)

 今、自分が向かおうとしているのは、「高校生としての生活」を支えるためのパソコン売り場だ。

 その事実が、少し可笑しくて、少し眩しい。


「シエル」

 隣の結衣が、小声で話しかけてきた。

「どんなのが欲しいとか、もう決めてる?」


「うーん……」

 シエルは、少しだけ考えてから答える。

「大きすぎないのがいいです。持ち運べる重さで、でも画面は小さすぎないくらい」


「お、現実的」


「あと、キーボードが打ちやすいことと……」

 一拍置いて、少しだけ声を落とす。

「見た目が、あまり“ごつくない”こと」


 晃太の作業部屋の、黒くて角張ったタワーPCを思い出す。

 あれはあれで格好いいが、ああいういかにもなPCはノートといえど「女の子がリビングやカフェで開く」イメージとは、さすがに少し違う。


 外見を気にするようになったのは、きっと大和としての記憶のせいだ。

 一度「社会人」として人目の中で生きたことがある分、余計に、「どう見えるか」が気になるようになってしまった。

(……変なところで、前世の知見が邪魔してくるなぁ)


「銀髪にロザリオを首から下げて、黒いマッチョなノートPC開いてたら、さすがに目立ちすぎますしね」

 半分冗談めかして言うと、結衣が吹き出した。

「たしかに。“ラスボス感”がすごそう…」


「聞こえてるぞ」

 前方から晃太の声が飛んでくる。

「俺のPCは性能重視なんだよ。見た目は二の次」


「今日はその“二の次”の部分を、ちゃんと踏まえて選んであげてね、お父さん」

 結衣は、にやりと笑った。

「高校一年女子の部屋に置いても違和感ないやつ。これ重要」


「はいはい、了解。……とはいえ、中身が貧弱すぎるのは許さないからな」


「そこは頼りにしてます」

シエルは、素直に言った。

「私は“何に使いたいか”をちゃんと話すので、性能の方は、お任せします」


 



 


 横浜駅近くの、大型家電量販店。

 ゲームコーナーやテレビ売り場の喧騒を抜け、PCフロアに足を踏み入れると、空気の温度が少しだけ変わった気がした。


 整然と並ぶノートパソコン。

 ひと目でゲーミングPCと分かる派手なものから、ビジネス向けの落ち着いたもの、学生向けのポップなものまで…


(……うわぁ)

 思わず、小さく息を呑む。

「すごい数……」


「でしょ?」

 隣で、結衣が胸を張る。

「このフロア、私も好きなんだよね。何時間でも眺めていられる」


 晃太が苦笑する。

「とりあえず、“高校生の勉強用+ちょっと重めの作業もたぶんする”って用途で絞っていこうか」

 そう言って、案内表示の前で立ち止まったところに、店員が一人近づいてきた。


「いらっしゃいませ。本日お探しのものは――」

 シエルの銀髪と碧眼に気づいた瞬間、店員の目が、わずかに大きくなる。

 だが、それはほんの一瞬。

 すぐプロの笑顔になり、自然な口調で話しかけてきた。

「ノートパソコンでしょうか?」


「はい。高校に入る娘の、勉強用のものを探していまして」

 武臣が、一歩前に出る。

「レポート作成や調べものがメインですが、多少重いアプリケーションにも耐えられるものだと助かります」


「かしこまりました。ご予算や、サイズのご希望などはございますか?」


「サイズは、十三か十四インチくらいがいいです」

 シエルが答えると、店員がにこやかに頷いた。


「持ち運びも考えると、そのあたりがバランス良いですね。……色やデザインのご希望は?」


(色……)

 ふと、自分の姿を見下ろす。

 今日の服は、結衣が選んでくれた淡いグレーのカーディガンと、紺色の膝丈スカート。

 銀髪とのバランスを考えた、落ち着いた組み合わせ。

「派手すぎないもので……白か、薄いグレーか、シルバーあたりがいいです」


「かしこまりました。では、その条件でいくつかご提案いたしますね」

 店員は、フロアの中央付近まで案内してくれた。

「こちらのシリーズですと、14インチで重さが1.3キロ前後。メモリは16ギガバイト、ストレージは500ギガのSSD。CPUも、このクラスなら学校のレポートやオンライン授業、簡単な動画編集くらいまでは十分こなせます」


 シエルは、ディスプレイに映るスペック表を食い入るように見つめた。

(……悪くない)

 前世の感覚が、頭の片隅で顔を出す。

 数字を追いながら、「これなら当面困らない」「ここは後から補える」といった判断が、自然と浮かんでくる。


 キーボードに指を置いてみる。

 キーのピッチ、ストローク、打鍵感。

(うん、これなら、長時間打っても大丈夫そう)


 隣で、晃太が別のモデルのスペック表を眺めながら、店員に質問している。

「グラフィックは内蔵ですよね?」

「はい。ゲームを本格的にされるのでなければ、こちらで十分かと」


「本格的には、やらせません」

 武臣が即答する。

「勉強用ですから」


 その言葉に、シエルはくすりと笑った。

(“本格的なゲーム”は、結衣とこっそりやるくらいで我慢しておこう)


「シエル」

 結衣が、そっと袖を引く。

「これ、色もきれいじゃない?」


 彼女が指差したモデルは、薄いシャンパンゴールドとシルバーの中間のような色をしていた。

 主張しすぎないが、机の上に置けば、柔らかな存在感を放ちそうなデザイン。


「……きれいですね」


「“女子高生の机に乗っててもおかしくない”っていう条件はクリアしてると思う」


「さっきから、お前は何目線なんだ」

 晃太が苦笑する。


「でも、デザインでテンション上がるの、けっこう大事なんだよ? とくに宿題やるとき」


「それは否定できんな」

 武臣が、小さく頷いた。


「どうだ、シエル」


「……触ってみてもいいですか?」


 店員の許可を得て、シエルはそのノートパソコンの天板をそっと開いた。


 キーボードレイアウトは、先ほどのモデルとほぼ同じ。

 ただ、天板の色が違うだけで、印象はずいぶん変わる。


 銀髪とロザリオ。

 そして、この落ち着いた色合いのノートパソコン。

 頭の中で、その組み合わせが「画」として浮かんだとき――


(……これだな)

 なんとなく、そう思ってしまった。


「スペックは先ほどご覧いただいたモデルと同等です」

 店員が補足する。

「違いは、カラーリングと、こちらの方が少しだけバッテリー持ちが良いくらいですね」


 晃太が、スペック表を一瞥して、静かに頷いた。

「悪くない。……シエル、これでいいと思う?」


「はい」

 シエルは、迷いなく答えた。

「使い勝手も悪くなさそうですし、色も……気に入りました」


「じゃあ、これにしようか」

 武臣が、穏やかに結論を促す。


「よろしければ、お会計と、簡単な初期設定のご案内を――」

 店員の言葉を聞きながらも、シエルの胸の奥では、別の何かがそっと形を成していた。

(これから書くレポートも、覚え直す勉強も……きっと、全部この画面の向こう側で積み上がっていくんだ)


 天宮大和として積み上げたコードやプロジェクトとは、まったく違う種類の「積み重ね」。


 けれど――それでも…

(どちらも、“自分の足で歩くための道具”には変わりないんだろうな)


 



 


 購入手続きを終え、箱に入ったノートパソコンを抱えて店を出る頃には、外の空はほんのりと夕焼けに染まり始めていた。


「どう? 感想は」

 エスカレーターを下りながら、結衣が尋ねる。


「……実感が、まだちょっと追いついてません」

 シエルは、胸に抱えた箱を見下ろした。

「でも、嬉しいです。すごく」


「それなら良かった」

 結衣は、どこか満足げに笑った。

「帰ったら、セットアップ大会だね」


「その前に、腹ごしらえだな」

 晃太が、時計を見上げる。


「駅前で何か食べていこう。今日は“シエルのノートPC納品祝い”ってことで」


「納品って言わないでください、なんか業務っぽいので」

 シエルは、思わず抗議した。


「じゃあ、“お祝い”で」

 小さな冗談を交わしながら、天宮家の4人は駅前のファミリーレストランへと流れていった。


 



 


 その日の夜。

 天宮家の二階の一室――シエルに与えられた部屋の机の上には、もう一つの小さな「世界」が開かれていた。


 淡い色の天板と、薄いシルバーのキーボード。

 電源ボタンを押すと、静かに画面にロゴが浮かび上がる。


(……早い)

 起動の速さに、思わず前世の感覚で感心してしまう。


「ユーザー名、どうする?」

 ベッドの上に座っていた結衣が、身を乗り出す。

「《yamamoto》とか《yamat…》とかは却下だからね」


「その名前は、つけませんよ」

 シエルは、苦笑しながらキーボードに手を置いた。


 入力欄に表示されるカーソル。


 そこに――

 ゆっくりと、『天宮シエル』と打ち込む。

 キーを叩く指が、ほんの少しだけ震えた。


(ユーザー名としても、“天宮シエル”なんだな、私は)

 画面に、「ようこそ、天宮シエルさん」と表示される。

 それを見た瞬間、胸の奥で何かがふっと軽くなった。


「……どう?」

 結衣が、そっと尋ねる。


「なんか……」

 シエルは、モニターを見つめたまま呟いた。


()()に、()()にいていいんだな》》って、ちょっとだけ思えました」

 孤児院の共有パソコンでもなく。

 晃太の仕事用マシンでもなく。

 「天宮シエル」という名前でログインする、自分だけの画面。


 それは、過去のどのパソコンよりも、ずっと眩しく見えた。


「じゃあ、これからはさ」

 結衣が、いたずらっぽく笑う。

「“星ヶ丘女学院一年・天宮シエル”としての宿題も、“よく分からないけど難しそうな勉強”も、全部その子が相棒ってことで!」


「“よく分からないけど難しそうな勉強”って、だいぶざっくりしてますね」


「うるさい」

 結衣は枕を軽く投げてくる。

「でもさ、ちょっと楽しみにしてるんだよね」


「何をですか?」


「シエルが、このパソコンで何を始めるのか」

 結衣の声は、先ほどまでより少しだけ真面目だった。

「レポートだけじゃなくてさ。なんか、もっと“変なこと”をしそうな気がしてる」


「変なことって」


「いい意味で、ね」

 結衣は、肩をすくめる。


「おじいちゃんとおばあちゃんは、“勉強のために”って言ってるけど……

 私は、“シエルがシエルになるために必要なアイテム”だと思ってるから」


 その言葉に、シエルは一瞬、言葉を失った。


(……シエルが、シエルになるために)

 天宮大和でもなく。

 孤児院の山本シエルだけでもなく。


 天宮家の娘であり、星ヶ丘女学院の一年生であり――

 そして、いつか「調停者」としての何かを背負うことになるかもしれない、自分……


 そのすべてを含んだ「シエル」という存在になっていくために……


「……そうですね」

 シエルは、ゆっくりと頷いた。

「この子には、ちゃんと付き合ってもらおうと思います。いい意味で“変なこと”にも」


「そのときは、ちゃんと私にも共有してよ!?」

 結衣が笑う。

「データのバックアップとか、動画編集とか、手伝えることはいくらでもあるし」


「頼りにしてます。結衣」

 そう言って、シエルは新しいノートパソコンの画面に向き直った。

 そこには、まだ何もない。

 アイコンも、フォルダも、ドキュメントも。


 けれど――

(ここから先の“天宮シエルの高校生活”は、だいたいこの画面と一緒に進んでいくんだろうな)


 そんな予感だけは、妙に鮮やかだった。


 


 その夜。

 星ヶ丘の小さな家の一室で、新しく生まれた「天宮シエル」のユーザーアカウントが、静かに未来へ向けてログオンした。

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