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美少女天使(中身おじさん)は、できるだけ頑張らず楽しく生きたい  作者:


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閑話2 美少女完全体育成計画

 その日の夜、天宮家(あまみやけ)の二階の廊下に、こそこそと足音をたてる人物がいた。


「シエル、起きてる?」


 ドアの向こうから聞こえた声に、シエルは机の上のノートから顔を上げた。

「起きてます。どうぞ」


 返事をすると、そっとドアが開く。

 顔を覗かせた天宮結衣(あまみやゆい)は、いつものジャージ姿だったが、なぜか妙に目がキラキラしていた。


(……嫌な予感がします)

 シエルは、小さく身構える。


「なにか、ありました?」

「ありましたとも!」

 結衣は、ずい、と部屋に入ってくると、手に抱えた紙袋をどさりとベッドの上に置いた。


「メイク道具一式…あと、この前のショッピングで買ったお洋服たち」


「……」


「本日の企画――“美少女完全体育成プロジェクト” 対象者は、山本シエルさん。拒否権はないと思え!」


「拒否権…ないんですね……」

 分かっていたが、一応確認してみた。


 部屋着のジャージ姿でベッドに座っていたシエルは、思わず自分の格好を見下ろす。


(ジャージは最強……なんですけどね?)

 動きやすくて、楽で、何も考えなくてよくて。

 孤児院でも、ジャージがいちばん“安心できる鎧”でもあった。

 だが、目の前のゲーマー女子は、明らかにそれを許さない顔をしている。


「いや、だってさ」

 結衣は、シエルの全身を上から下まで眺めて、盛大にため息をついた。


「素材がここまでいいのに、部屋着ジャージで完結させるの、日本の損失じゃない?」


「そんなスケールで言われると、何も言い返せないんですが…」


「というわけで、本日ついに着手いたします。星ヶ丘女学院ほしがおかじょがくいん入学前・集中メイク講座。講師は私、対象はあなた!」

 どこから出したのか、結衣はポーチをぱかっと開いた。

 中には、ドラッグストアで見かけるようなプチプラから、意外と本格的なパレットまで、ずらりと並んでいる。


「そんなに……持ってたんですね」

「文化祭とコスプレ撮影会と、たまのプリクラ用にね。

 安心して、校則に引っかからない()()()()()()()も、バリバリの()()も対応可能です」

「校則に引っかかる方は、当面封印でお願いします!」

「分かってるって」

 結衣は、にっと笑った。


「まずは、“ちょっとがんばった日常”くらいから。

 ――はい、そこ座って。作業用イス」

 机の前の椅子をくるりと回され、シエルはそのまま座らされる。

 鏡の角度が、正面から自分の顔を映し出した。


 銀色のストレート

 碧い瞳

 血色の薄い、けれど整った輪郭


(……やっぱり、他人みたいだな)

 そう思っていると、背後から結衣の手が伸びてきた。


「じゃ、まずはスキンケアから。おでこ失礼」

 ぺた、と前髪を押さえられる。


「ちょ、ちょっと冷たいです」

「我慢。これからのお肌のために…」

 化粧水と乳液が、手際よくなじまされていく。


 孤児院では、せいぜい洗顔料と安い保湿クリームくらいだった。

 それが悪いわけではないが、こうして「誰かの手」で丁寧に触れられるのは、初めてに近い。


(……なんか、変な感じ)

 くすぐったさと、少しだけの苦しさと。

 触れられている場所とは違うところが、じんわりと熱を帯びていく。


「よし。じゃあ、下地塗るね」

「したじ……」

「顔の土台。ファンデ塗る前の準備運動みたいなもん」

 そう説明しながら、結衣はスポンジで薄く下地を伸ばしていく。


「それにしてもさぁ」

 作業の手を止めずに、結衣がぼそりと言う。


「近くで見ると、ほんとムカつくくらい肌きれいだね、シエル」

「ムカつくって……」


「褒めてる褒めてる。()()()()ずるいわー」

「結衣だって十代じゃないですか」

「私の十代とシエルの十代は、たぶん別物」

 そんな会話を交わしていると――


「……ぁ」

 突然、結衣の声がぴたりと止まった。


「ど、どうしました?」

 不安になって問いかけると、結衣はなぜか、シエルの胸元を凝視していた。

 視線の先には、いつも通りのロザリオ。


 ただし今日は、部屋着のTシャツの首元が少し広かったせいで――


 銀の十字架が、見事に谷間に落ち込んでいた……


「……」


「……」


 一秒。二秒。

 沈黙が続き――


「ロザリオさん、そんなとこで何やってるんですかね?」

 結衣が、ものすごく真面目な顔で言った。


「し、知らないです!?」

 シエルは、真っ赤になって慌ててTシャツの襟元を手で隠す。


「いつの間にそんなところに……っ」

「重力の仕事、ってやつだね……」


「やめてください、その言い方」


「いやでもさ…」

 結衣は、わざとらしく咳払いをした。


()()()()()()、なんか“信仰の対象”って感じがしなくもないというか……」


「信仰の使い方間違ってません!?」


「ごめん。でも、()()()()()()()はなかなかの破壊力だと思う。いや、これもバイブル案件か……」


「バイブルにしないでください」

 わたわたとロザリオの位置を直しながら、シエルは必死に抗議する。

 十字架は、ようやく鎖をたぐり寄せられてTシャツの外側に出された。


「……あの」


「うん?」


「このTシャツ、首元ちょっと詰まったやつに着替えてきてもいいですか?」


「それがいいかもね」

 結衣は、妙に冷静に頷いた。


「じゃないと、メイクするたびに視線が()()()()()()集中できん!」


「吸い込まれるって言い方……」

 結局、シエルはクローゼットから、少し詰まった首元の部屋着Tシャツを引っ張り出してきた。


 ロザリオは、その上からでもちゃんと見える。

(……やっぱり、これがないと落ち着かない)


 孤児院の匂いと、祈りの代わりに握りしめてきた時間。

 それらを全部含んだ銀の十字架。


 ロザリオの位置を確認してから、シエルは再び椅子に戻った。

「お待たせしました」


「OK。それじゃ仕切り直しで――」

 そんなことを言いながら、結衣は器用にブラシを動かし始めた。


 


 


 アイシャドウは、ほんのりピンクベージュ

「銀髪だから、変に濃くすると()()()()()増しちゃうんだよね」

 結衣は、鏡越しにシエルの顔を見ながら色を選ぶ。


「だから、今日は“素でこれです”感を大事にします。目元ちょっとだけ陰影足すくらい」

「そんなコンセプトがあるんですね……」


「あるある。

 ほら、まぶた閉じて」

 チップとブラシが、瞼の上をすべる。


 頬には、控えめなチーク

 唇には、色付きリップを少しだけ


「……これだけ?」

「これだけ」

 結衣は、満足そうに頷いた。


「シエル、もともと顔の造りがはっきりしてるから、足すというより()()()方が大事なんだよね。

 あんまり盛ると、“どこのVTuberさんですか?”ってレベルになる!」

「VTuberさんって……」

「褒めてる褒めてる」

 最後に、前髪とサイドの髪を軽く整え、ブラシでさらりと梳く。

 銀のストレートが、室内の灯りを受けて柔らかく光る。


「――よし」

 結衣は、椅子の背もたれをぽん、と叩いた。


「じゃ、鏡見て」

 言われて、シエルはゆっくりと視線を上げた。


 鏡の中には、銀髪碧眼の少女が座っていた。

 さっきまでの自分より、少しだけ血色がよくて。

 少しだけ目元がくっきりしていて。

 それでいて、「作り物」ではない顔。


(……誰、これ!?)

 思わず、そんな言葉が胸の中に浮かんだ。


 天使モードで翼と光輪を出したときの、自分とも違う。

 孤児院で眠い目をこすっていたときとも違う。


 「ちゃんと人間として、ここにいる女の子」

 ――そんな感じ。


「……すごい」

 気づけば、声が漏れていた。


「メイクって、こんなに変わるんですね」


「メイクの力というより、()()()()()だけどね」

 結衣は、肩をすくめる。


「でも、ちょっと安心した」

「安心?」

「うん」


 結衣は、シエルの肩越しに鏡を覗き込みながら言った。

「銀髪で碧眼で天使っぽいからさ、“人間の範疇(はんちゅう)から一歩ずれてる感”がどうしてもあったんだよね。

 でも、こうやって“普通の道具”で“普通のメイク”して、“普通にかわいくなる”って分かると……なんか、ちょっとホッとする」


「普通……」

 その言葉は、不思議と嬉しかった。


 天使でも、生まれ変わりでもなく。

 ただ、「普通にかわいい」と言ってもらえること…


(そうか……私、ちゃんと“普通”にもなれるんだ)

 鏡の中の自分と目が合う。


 碧い瞳が、わずかに揺れていた。


 


 


「はい、それじゃあ()()()()

 結衣が、ベッドの上の紙袋をぽん、と叩く。


「服も着替えて、トータルコーディネートいきましょう」

「第二段階があったんですね……」

「当然。顔だけ完成しても、ジャージじゃ台無しでしょ?」

「ジャージは……」


「ジャージは最強でもいいけど、今日は“おめかし”のターンだから」

 紙袋の中には、先日ショッピングモールで買った服がたくさん入っていた。


「このブラウスと、このスカートと……」

 結衣は、シエルに似合いそうな組み合わせを次々と取り出す。


 シンプルな白いブラウス

 膝丈のフレアスカート

 淡い色のカーディガン


 どれも、「女子高生の休日」と言われたら違和感のない服ばかりだ。


「えっと……ここで着替えるんですか?」

「そりゃそうでしょ。……あ、もちろん、見るなって言うなら背中向けるけど」


「い、いえ……大丈夫です」

 今さら、同い年の女の子の前で着替えることを恥ずかしがる資格が、自分にあるのかどうか…

 そんなことを考えてしまった。


(中身、おじさんなんですけどね)

 胸の奥で苦笑しながら、シエルはジャージを脱ぎ、ブラウスのボタンを留めていく。


 ロザリオは、そのまま首に下げておいた。

 白い布地の上で、銀の十字架が小さく揺れる。


「うんうん」

 振り返ったシエルを見て、結衣が満足げに頷いた。


「やっぱり、()()()()強いわ。星女(せいじょ)の制服も似合うだろうけど、これで通学されたら、たぶんファンクラブできる!」


「ファンクラブって……」


「それにさ」

 結衣は、ロザリオを指差した。


「そのロザリオ、こういう服だとますます()()()()感増すね。なんか、“この子の設定ここです!”みたいな」


「設定って言わないでください」

「いやでも、“ちょっと訳ありっぽい銀髪美少女が、いつも同じロザリオをつけている”って、完全に物語の主人公じゃん?」


「……それ、否定できないのが悔しいです」

 二人で笑い合う。


 

「せっかくだし、写真撮ろっか」

 結衣が、スマホを取り出した。


「えっ!?」

「大丈夫、SNSとかには上げないから。完全オフライン。私のカメラフォルダと、シエルのスマホの中だけ」

「……それなら」

 少し迷ってから、頷く。


 孤児院でも、集合写真に写ることはあった。

 だが、そのどれもが「大勢の中のひとり」だった。


 今、鏡の前にいるのは、「主役としてフレームに収められようとしている自分」



 ――そんな感覚。


「じゃ、そこの壁の前に立って。光の当たりかたがいちばんいいから」

 結衣は、妙に手慣れた様子でシエルを立たせ、構図を決める。


「もうちょい右。あ、ロザリオちょっとだけ見えるようにして。そうそう」

「プロデューサーさんですか」

「そうかもしれない」

 シャッター音が、小さく響く。


 一枚。二枚。

 表情違いで何枚か。


「自撮りもいっとこ」

 今度は結衣がシエルの肩に腕を回し、スマホを掲げる。


「はい、美少女と凡人!」

「凡人って自分で言うんですか?」

「だって、比べたらそうでしょ」

 ぱしゃ。


 撮った写真を確認して、結衣が「おお」と声を漏らした。


「なにか、変なところありました?」

「いや……普通に、クラスで一番かわいいレベルだったから、ちょっと引いてる……」


「引かないでください!?」

「これは、“美少女完全体”ってキャプション付けたくなるやつだな……」


「絶対やめてくださいね!?」


「冗談冗談。さすがにSNSに上げるのはNG!

 シエルの()()()()もあるしね」

 そう言ったあと、結衣は少しだけ真面目な顔になった。


「でもさ」

「はい」


「こうやって、ふつうにかわいい写真が撮れるってこと、ちゃんと覚えておいてね」

「ふつうに……かわいい?」

「そう」

 結衣は、スマホの画面をシエルの方に向ける。


 そこには、少し照れた笑顔の銀髪美少女が、ロザリオを光らせながら立っていた。


「生まれ変わりとか、そういう()()抜きでさ…

 “星ヶ丘に住んでる、ごくふつうにかわいい女の子”としてのシエルが、ちゃんとここにいるってこと」


 その言葉は、胸の奥のどこか、とても柔らかい場所に触れた。


「……はい」

 シエルは、写真から目を離せなくなった。


 銀髪も、碧眼も、ロザリオも…

 全部込みで、「ここにいていい」と言われているような気がした。


 


「よし」

 結衣は、スマホをポケットにしまい、両手を伸ばして大きく伸びをした。


「本日の美少女完全体プロジェクト、第一段階は成功ってことで」

「第二段階があるんですか?」


「もちろん! 星女の制服に合わせたメイク研究とか、髪型研究とか……」

「もりだくさんですね」

「美少女プロデュースに終わりはないのだよ」

 結衣は、どこか誇らしげに言った。


 



 その夜――


 ロザリオを胸元に光らせた銀髪の少女と、

 彼女を「ふつうにかわいい」と笑い合うゲーマー女子は、


 星ヶ丘の小さな部屋の中で、

 まだ誰も知らない「美少女完全体育成計画」の第一歩を、静かに踏み出していた。

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