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美少女天使(中身おじさん)は、できるだけ頑張らず楽しく生きたい  作者:


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16/33

閑話1 天使、着せ替え人形になる

 その週末、天宮家の朝は、いつもより少しだけのんびりしていた。


 リビングの窓から差し込む光は柔らかく、ダイニングテーブルにはトーストとスクランブルエッグ、それから美穂(みほ)特製のポテトサラダ。


「……ねぇ、シエルちゃん」

 食後、食器を片づけていた美穂が、ふとシエルの方を振り返った。


「はい?」

「着てる服、だいたい把握しちゃったんだけどね…」

 柔らかい笑顔のまま、さらっと怖いこと言う。


「今日のパーカーで、三巡目だよね!?」

「……そんなに分かりやすかったですか?」

 シエルは、思わず自分のパーカーの裾をつまんだ。


 孤児院から持ってきた服は少ない。

 その後、美穂と(さき)が急ぎで買ってくれたものもあるが、まだ「最低限」レベルだ。


「まあ、無理もないんだけどね」

 咲がソファから身を乗り出す。


「高校入学前に、ちゃんと服も下着も揃えたいって話、前から出てたし。

 そろそろ本気で“女子高生ワードローブ”を準備するべきなのではないかと、家族会議の結果――」

「家族会議なんてしてました?」

「私の頭の中でね!」

 結衣(ゆい)が、勝ち誇った顔で胸を張った。


「というわけで、本日――」

 結衣は、テーブルをばんっと叩く。


「“シエルちゃん春のファッション強化合宿 in ショッピングモール”を開催します!」

「タイトル長いです」

 シエルは即座にツッコんだ。


「というか、勝手に合宿にしないでください。日帰りですよね?」

「ニュアンスの問題だから」

 結衣は、きっぱりと言い切る。


「ね、お母さん?」

「賛成よ」

 美穂は、嬉しそうに頷いた。


「咲もいるし、二人いれば一通り揃えられるでしょ」

「え、私も?」

 咲は少し目を丸くしたが、すぐに苦笑に変わった。


「まあ……シエルちゃんの“公的イメージ”を整えるって意味では、私の出番か」

「公的イメージ……」

 そんな大げさなものを持った覚えはない……


「ほら」

 結衣が、じっとシエルの部屋着を眺める。


「シエルって、家にいるとき、基本“ジャージ”でしょ」

「ジャージは最強の衣類です!」

 即答だった。


「動きやすくて、汚れても気にならなくて、そのまま寝ても問題ない――」

「出た、“ぼくが考えた最強の部屋着”理論」

 結衣が、じとっとした目を向ける。


「分かるよ? 分かるけどさ? 外用の服がそれ前提だと、いろいろマズいの」

「マズくは……ないと思いますが…」


星ヶ丘女学院ほしがおかじょがくいんの制服の上に、ジャージ羽織ってる子が登校してきたら、先生に秒で目つけられるからね!」


「うっ」

 想像して、心の中で先生の視線が突き刺さる。

(確かにそれは……)


「だから今日は、“外に出しても恥ずかしくない女子高生”にアップデートする日なのです」

 結衣は親指をぐっと立てた。


「もちろん、下着も含めて!」

「下着も含めて!」

 咲まで同じことを言う。


 その瞬間、シエルの脳内に警報が鳴り響いた。

(下着売り場……?)


 脳内に浮かぶイメージ…

 色とりどりの布とレース

 サイズ表示

 フィッティングルーム

 店員さんの「一度、採寸なさいますか?」の笑顔――


「……シエル?」

 ふと現実に意識を戻すと、結衣が心配そうに覗き込んでいた。


「今、一瞬だけ目が泳いでたよ。大丈夫?」

「だ、大丈夫です。……ちょっと、情報量が多くて白目を剥きそうになっただけで…」


「剥く前に戻ってきてエラい」

 結衣はくすっと笑い、立ち上がった。


「じゃ、決まり。おじいちゃん、お母さん、シエル借りていきまーす!」

「頼んだぞ」

 新聞から目を上げた武臣(たけおみ)が、わずかに苦笑する。


「カードも持っていけ。必要なものは遠慮なく買ってやれ」

「お父さん、甘い!」

 咲が呆れたふうに呟く。


「甘くて結構だ!!」

 武臣は、どこか照れたようにそっぽを向いた。


 



 向かった先は、横浜郊外の大型ショッピングモールだった。


 ガラス張りの吹き抜け

 並ぶファッションブランド

 エスカレーターを挟んで、フロアの向こう側に見える家電量販店

 歩いている人たちは、家族連れとカップルと、友達同士の女子高生が多い。


(……なんか、ものすごく“普通の休日”って感じだ)

 孤児院の生活と、ほぼ会社とアパートの往復だけだった前世の後半と比べると、別世界のようだ。


「じゃあまずは、トップスとボトムスからね」

 咲が実務的に宣言する。

「下着は最後。あれは体力使うから」


「体力……」

 下着売り場とは、そんな消耗戦のような戦場だっただろうか。


「ここのフロアに、十代向けのブランドがいくつか入ってたはず」

 結衣は、慣れた様子でスマホのフロアマップを指で滑らせる。


「シエル、好みとかある? 色とか、形とか」

「えっと……“動きやすいもの”以外は、特に……」

「それだと全部ジャージになっちゃうでしょ」

 即座に切り捨てられた。


「シエルちゃん」

 咲が、柔らかいが逃げ場を塞ぎにくる声色で言う。

「今日はね、“動きやすい”も大事だけど、“自分で自分を雑に扱わない練習”だと思って」


「……雑に、扱わない!?」


「そう。自分に似合う服をちゃんと選んで、“これを着て外を歩いていい”って自分で許可を出してあげる感じ」

 それは、どこか心理カウンセリングのような言い回しだった。


「今まで、ずっと“必要最低限”で生きてきたでしょう?

 孤児院でも、前の人生でも…」


「……」

 図星すぎて、反論できない。


「だから今日は、()()()()をちょっとだけ試してみよう。ね?」

「……分かりました」

 シエルは、観念したように頷いた。


(必要以上、か)

 それは、どこか贅沢で、少し怖い言葉だった。


 




 最初の店は、明るい色合いのカジュアルブランドだった。

 入り口には、「春の新作」のポップと、マネキンが着ているワンピース。


「おおー」

 結衣が、素直な声を漏らす。


「こういうの、絶対似合うよね!?」

 そう言って引っ張り出してきたのは、ふわりとした膝丈スカートと、シンプルなカーディガン。


「えっ、これ……?」

 ハンガーにかかったそれを見て、シエルは戸惑った。

(こういう“ちゃんと女の子してます”みたいな服って、私が着ていいんだろうか?)


「いいに決まってるでしょ!」

 結衣は、考えを読んだかのように言う。


「身長はちょっと小さめだけど、バランスいいし、顔も素材がいいし――」


「素材って言わないでください」


「褒めてるのっ!」

 結衣は、さらに別のラックからブラウスを引っ張り出した。

「これと、これと……あ、ロングスカートも一枚持っておこう」


「お母さんも、なんか見てよ!」

「そうね……」

 咲は、少し離れたラックの前で腕を組む。


「シエルちゃん、こういうシンプルなシャツも似合いそう。

 あと、紺とかグレーのカーディガン。真面目系に見せたいとき用」


「“見せたいとき用”……」

「話変わるけど、星女って見た目で先生の態度変わるからね」

 咲はさらっと恐ろしいことを言った。


「学校側にちゃんと“真面目な特待生です”って印象つけておけば、多少のことは目をつぶってもらえる。……逆もまた然りだけど…」


「逆は怖いですね……」

「だからこそ、最初に“外面”整えときましょ」


 ()()


 その言葉に、シエルの胸の奥が、少しだけざわりとした。

 前の人生で、何度も貼り付けた「大丈夫です」「問題ありません」の仮面。

 今は、ああいう意味での外面ではなく――もう少し、自分を守るための“鎧”としての外見を作る時なのだろう。


「試着室、あいてますよ」

 店員さんが、柔らかく声をかけてきた。


「ありがとうございます」

 シエルは、抱えきれないほどの服を渡されながら、試着室に押し込まれた。



 



 試着室の中は、狭くて、少し落ち着かない。


(えっと、まずはこれから……)

 ふわりとしたスカートを履き、ブラウスのボタンを留め、鏡の前に立つ。



 そこには――


(……誰ですか、あなた)

 と問いたくなるような「十五歳の女の子」が映っていた。


 銀のストレートが肩のあたりでさらりと揺れ、膝丈のスカートがふわりと広がる。

 ブラウスの胸元には、目立ちすぎない程度の膨らみ。


(あ、ロザリオ見えてる……)

 胸元のボタンを一つ外した拍子に、いつもの銀色の十字架が、少しだけ谷間のあたりで光っていた。


 慌ててボタンを留め直す。

(なんというか……これ、ちょっと“ちょいエロ”寄りなのでは…)


 十字架の位置が絶妙に()()()……


「シエルー? どう? 一回見せてー」

「は、はい」

 恐る恐るカーテンを開けると、結衣と咲の視線が一斉に突き刺さった。


「……はい優勝!」

 結衣が、開口一番そう言った。


「これはもう、“街で見かけたら10人中10人が振り返るレベル”」


「思った以上に似合うわね……」

 咲も、感心したように頷く。


「銀髪って難しそうな色なんだけど、白とネイビー合わせると一気に“品のいいお嬢様”になるのね」


「お嬢様……」

 自分には縁のなかった単語だ。


「ロザリオも、いいアクセントになってる」

 結衣が、ちょっとだけ悪戯っぽく笑う。


「そこ、あとでちゃんと“見せる/隠す”の調整しようか」


「“見せる”前提で話さないでください!」

 シエルは、思わずうわずった声を上げた。


「基本は隠す方向で! その、たまたま見えちゃったら……その時はその……」

 自分で言いながら、耳まで熱くなる。


「……着やせタイプだなぁ、やっぱり」

 咲が、ぽそっと呟いた。


「え?」


「服の上からだとあんまり分からなかったけど、実際着せてみると、“ライン”がちゃんと出るのよね」


「ラインって言わないでください……」

 そんなこんなで、何パターンか試着させられ――

 結局、トップスとスカート、カーディガンを中心に、数セットが購入されることになった。


 



 

 ひと通り服を買い込み、紙袋をいくつも提げた時点で、三人とも少し疲れていた。


「とりあえず、フードコートで休憩しよ」

 結衣の提案に、全員が素直に頷く。


 フードコートは、休日らしく賑わっていた。

 ラーメン、丼物、クレープ、ハンバーガー。


「ラーメン……」

 無意識に、その文字を目で追ってしまう。


「食べる?」

 結衣が、即座に反応した。


「いや、その……」

 大和としての人生の終盤。

 ラーメンは「ご褒美」から「胃の負担」に変わっていた。


 今の身体なら、きっと大丈夫だ。

 だけど、習慣は簡単には抜けない。


「半分こにしよっか」

 結衣が、さらっと言った。


「私もラーメン食べたいし、シエルも食べたいけど“一人前は不安”って顔してるから」

「そんな顔してました?」

「してた!」

 完全に見透かされていた。


「じゃあ、ラーメン一つと、あとサラダとかちょっと付けて――」

 咲が、財布の中身と相談しながら注文をまとめていく。


 




 テーブルに戻り、分けたラーメンのスープを一口すする。


「……おいしい」

 思わず、本音が漏れた。


 鶏がらベースのあっさりスープ。

 胃のあたりが、じんわりと温かく満たされていく。

(ああ……こういうの、また食べられるんだ)


 それだけのことで、胸の奥が少し軽くなった気がした。


「顔、ちょっとゆるんでるよ」

 結衣が、にやにやしながら言う。


「ラーメンでここまで幸せそうな顔できるの、尊敬する!」

「結衣だって、ゲームでレアアイテム出たとき同じ顔してますよ」

「ぐっ」

 反撃がクリティカルヒットした。


 



 ――そして、戦場は最後のフロアへと移ったのであった。



 下着売り場


 天井から吊るされたブランド名のプレート

 色とりどりのブラとショーツのセット

 マネキンの胸元に、これ見よがしに飾られたレースとリボンの……


「……あの」

 フロアに足を踏み入れた瞬間、シエルの足が止まる。


「ここ、ちょっと、場違い感がすごいと言いますか……」

「何言ってるの」

 結衣が、当然のように言う。


「高校生女子たるもの、ここを避けて通ることはできないのだよ」

「それ、誰の教えですか」


「ゲームとマンガとネットの集合知」

 情報源が偏っている…


「シエルちゃん」

 咲が、やや真面目な声で言った。


星女(せいじょ)って、体育の着替えのときに、けっこう()()()()の。

 特待生で目立つ子ならなおさらね」


「……」


「だから、“ちゃんとしたサイズ”と“ちゃんとしたデザイン”を持っておくのは、自衛でもあるのよ」

 それを聞いて、シエルは小さく息を呑んだ。


(自衛)

 その言葉は、あの裏庭の記憶と結びつく。


 あんな目に遭ったのに、自分を守る道具を揃えることに、躊躇(ちゅうちょ)している場合ではない。


「……分かりました」

 シエルは、覚悟を決めて頷いた。



 そのとき――


 明るい声とともに、柔らかい笑顔を浮かべた、二十代くらいの女性店員が近づいてきた。

「いらっしゃいま――」

 しかし、銀髪碧眼の少女と目が合った一瞬、その店員の瞳が、ぱちりと大きく見開かれる。 まるで、現実感のない存在でも見たかのように…

 だが、次の瞬間には、プロの営業スマイルにきっちりと戻っていた。

「……――ませ。ご来店ありがとうございます」

 ほんの一瞬の驚きが、かえってはっきり分かるくらいに。


(やっぱり、慣れてる人でもびっくりするよね、この見た目……)

 シエルが内心で肩をすくめていると、美穂が一歩前に出る。


「あの、この子用に、下着を一式そろえたいんです。採寸もお願いしてもいいかしら?」

「もちろんでございます。初めてのご来店ですか?」

「は、はい。その……こういうお店は、その、初めてで……」


 来た…

 来てしまった……


 脳内の警報が、再びフルボリュームで鳴り響く。


(採寸……採寸……!)

 自分の胸のサイズを、他人に測らせるという行為…

 それだけで、恥ずかしさで窒息しそうだ……


「シエル?」

 結衣が、肘でつついてくる。


「ほら、一回ちゃんと測ってもらお」

「……」

「大丈夫ですよ」

 店員さんが、柔らかく笑う。


「カーテンのある採寸スペースで、すぐ終わりますから。お友達も一緒にいて大丈夫ですよ」

「お友達……」

「親戚です。この子、下着あんまり持ってなくて」

 咲が、さらっと事実を伝えた。


「じゃあ、一度測っておくと、今後も選びやすくなりますね」

 追撃戦が始まり、逃げ場は……完全に塞がれてしまった。



 


 カーテンで仕切られた小さなスペース。

 上半身だけブラ姿になり、上から測定用の柔らかいメジャーを当てられる。


(ひいいい……)

 シエルは、心の中で奇声を上げていた。


「ちょっと息を吐いてくださーい」

「は、はい……」

 メジャーがずれるたび、肌の上を滑る感触がくすぐったくて、むず痒い。


「アンダーは……○○ですね。で、トップが……」

 店員さんの手が一瞬止まった。


「おや……」

 嫌な予感しかしない。

「……しっかりありますね。かなり“着やせ”されるタイプです」


「えっ」

 シエルの頭の中が一瞬真っ白になる。


「見た目が華奢なので、もっと小さめかと思ったんですけど――」

 カーテンの外で、結衣と咲が「ほらね」と目を合わせている気配がした。


「カップは、こちらのサイズでちょうどよさそうです。

 スポーツするなら、もう少しホールド感の強いタイプもあった方がいいですね」


(ホールド感……)

 “ホールド感”という言葉の破壊力がすごい。


「シエル、どう?」

 結衣の声がカーテンの外から聞こえてくる。


「死にそうです」

「生きて!」

「大丈夫ですよ」

 店員さんが、軽く笑う。


「今どき、このくらい普通ですし。むしろバランスがいいです」

 それが慰めになっているのかどうか、よく分からない。


 採寸が終わり、ブラウスを着直してカーテンを開けると――


「お帰り、シエル。()()()()()()()!」

弔辞(ちょうじ)読まれた気がします」

 結衣が、遠慮なしに笑った。


「ほら、“着やせする子”って言われてたよ。あの店員さんプロだね」

「聞こえてましたか……」

 耳まで真っ赤になっている自覚がある。


「じゃ、せっかくだから“勝負下着”も――」

「要りません!」

 瞬時に遮った。


「勝負する予定がそもそもありません!」

「将来のための先行投資というか…」

「投資対象が不明瞭すぎます!」

 白目を剥きかけるシエルを見て、咲がさすがに助け舟を出した。


「とりあえず、普段用と、体育のとき用と、ちょっとだけ可愛いセットを何枚か…

将来のことは、そのときに考えなさい」


「……はい」

 結局、必要最低限よりは少し多い枚数の下着が、紙袋に追加されることになった。


 



 

 夕方、天宮家に戻ったとき、シエルは両手に紙袋、肩にも紙袋、という完全なる「荷物持ち」になっていた。


「お帰り」

 玄関で迎えた美穂が、目を丸くする。

「ずいぶん買ったわね」


「戦果です」

 結衣が、誇らしげに紙袋を掲げた。

「星女一年・天宮シエル、女子高生としての最低限の戦闘力を獲得しました!」


「戦闘力って言わないでください……」

 シエルは、疲れた笑いを浮かべた。


「どうだった」

 リビングから顔を出した武臣が、問いかける。


「……ものすごく、情報量の多い一日でした」

 それだけ言って、ソファにへたり込む。


「でも、楽しかったです」

 その言葉は、自然と口から出ていた。

 誰かに引っ張られて、着せ替えられて、笑われて、茶化されて――

 それを「うるさいなぁ」と思いながらも、どこか嬉しく感じている自分がいる。


「似合う服、いっぱい見つかったよ」

 結衣が、ソファの背もたれに寄りかかりながら言う。


「これで、“ジャージ信教”から、改宗できるんじゃない?」

「改宗はしません。教義を少し改訂するだけです」

「どんな改訂?」


「“ジャージは部屋着として最強。ただし、外には外なりの正装がある”」

 自分で言って、少しおかしくなる。


「それ、大人になったってことかもね」

 咲が、キッチンから紅茶を運びながら笑った。

「自分を大事にするための“正装”を、ちゃんと選べるようになったってことだから」

 その言葉に、シエルは、そっと胸元のロザリオに触れた。

(ジャージと制服と、新しい服たちと)


 そして――

 銀の十字架と、天使としての翼と……



 どれも、自分の一部だ。


(これからは、どれも雑に扱わないようにしよう)

 そう、静かに決める。




 


 その夜、クローゼットの中には、新しい服たちが整然と並べられた。


 パーカーとジャージの隣に、ふわりとしたスカートと、真面目そうなカーディガン。

 そのどれもが、「天宮シエル」としてのこれからの日常を、少しだけ色鮮やかにしてくれるのだろう。


「……よし」

 ハンガーを揃え終えて、ひとり小さく頷く。


 微笑みを浮かべ、部屋の灯りを落とす。

 窓の外には、星ヶ丘の夜景。

 胸元で、ロザリオが小さく揺れた。



 天使であり、元おじさんであり、今はただの女子高生でもある自分の、新しい日々が――


 また一歩、音を立てずに前に進んだ気がした。

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