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美少女天使(中身おじさん)は、できるだけ頑張らず楽しく生きたい  作者:


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第12話 小さな「家族会議」

 その日の午後、天宮家のリビングには、咲の夫以外の「全員」が揃っていた。


 武臣(たけおみ)美穂(みほ)

 仕事から早めに戻った(さき)

 そして、部屋着姿の天宮結衣(あまみやゆい)


 シエルは、湯呑を両手で包みながら、その輪の末席に座っていた。


(……なんか、空気が重い)

 さっきまでテレビにはバラエティ番組が流れていた。

 けれど、今は音を消され、画面だけがぼんやりと色を変えている。


 テーブルの上には、咲の持ってきたクリアファイルと、数枚の紙。

 そこには、シエルが今朝書いた「プロフィールシート」と、咲が印刷してきた何かの資料が綴じられているらしい。


「ええと」

 咲が、少しだけ居住まいを正した。


「――そんなに構えなくても大丈夫だからね、シエルちゃん」

「は、はい」

 そう言われても、構えない方が難しい。

 武臣の表情は真剣そのもの。

 美穂も、少し緊張したように膝の上で手を組んでいる。

 結衣だけが、どこか落ち着かない様子でペットボトルのお茶をいじっていた。


「今日はね」

 咲が、シエルをまっすぐ見る。


「天宮家として、これからシエルちゃんとどう付き合っていくかを、ちゃんと話しておきたいの」

 言葉としては柔らかい。

 けれど、その中身はどう考えても軽くはない。


「今のままだと、シエルちゃんは“慈愛の家の子ども”で、“天宮家が一時的に預かっている子”って扱いになるわ」

「はい……」

「それでも高校には通えるし、日常生活も問題ない。でも――たとえば、何かあったとき。入院とか、進路とか、大きな契約とか。“保護者サインお願いします”って言われたときに、いちいち施設に書類を回してもらうことになる」

 それがどれだけ面倒で、どれだけ不安定か。

 咲の口調から、それが「慣れている人間」の実感だということが分かる。


「それに」

 横から、美穂が口を挟んだ。


「このままだと、シエルさん自身も、“いつまでここにいていいのか”って不安だと思うの」

 図星だった。

 シエルは、湯呑のふちを指でなぞりながら、息を呑む。


「だからね」

 咲は、丁寧に言葉を選ぶように続けた。


「うちとしては――“養子縁組(ようしえんぐみ)”も視野に入れて考えたいの」

 その言葉が、テーブルの上に静かに置かれた。


 養子縁組

 頭ではわかっている言葉

 孤児院でも何度か話題になった言葉


 けれど、それが今、自分に向けられている現実に、シエルの思考が一瞬止まる。


「……養子って」

 自分の声が少し上ずっているのが分かった。


「つまり、その……私が、この家の“子ども”になる、ってことですか?」

「正確に言うと、“この家の誰かの子どもになる”ってことね」

 咲は、穏やかに頷く。


「さっき、制度の資料もざっと見てきたけど……シエルちゃんの年齢だと、“特別養子縁組”は難しいわ。

 でも、普通の養子縁組なら、まだ十分に可能」


「普通の……」

「戸籍上の“親子関係”を作る手続き、と思ってくれればいいわ。施設の子どもとしてじゃなくて、“天宮家の一員として”生きていけるようにするための…」

 そこで一度、咲の視線が武臣へと移る。


「で――ここから先は、“誰の養子になってもらうのが一番いいか”って話になるんだけど…」

「……誰の?」

 シエルは、思わず復唱してしまった。

 武臣、美穂、咲、結衣


 そして、離れた神社に嫁いだ、(はるか)と、その家族。

 その中の「誰かの娘」に、自分がなる。

 それは、想像しようとすると、全方向から恥ずかしさと申し訳なさが押し寄せてくる選択肢だった。


「まず、前提として」

 咲が、両手を軽く上げる。


「ここにいる大人三人――お父さん、お母さん、私――誰も“嫌だからやりたくない”って人はいない」

「それは、ほんとうよ」

 美穂が、すぐに頷く。


「私からしたら、もう今だって半分くらいは“娘”みたいな気持ちで見ちゃってるし」

「俺からしても、“保護している子ども”なんて感覚はない」

 武臣の声は低く、しかしはっきりしていた。


「……昨日のアルバムの件も、今朝の字の件も含めて、俺にとってお前は“戻ってきた縁”だ。大和のことで出来なかったことを、今度こそ少しでもやり直したいというのは、俺の身勝手だがな」

 真正面から「身勝手」と言い切るその言い方が、逆にシエルの胸に温かく刺さる。


「ただ――」

 咲が、話を引き継いだ。


「じゃあ“誰の戸籍に入れる?”ってなると、話がややこしくなるのよ」

「そこ、ややこしくする元凶がここにひとり」

 結衣が、ぴっと自分を親指で差した。


「同い年の()()()()(※たぶん)」

「自虐しないの」

 咲が苦笑する。


「選択肢としては、大きく三つ」

 咲は、指を三本立てた。


「ひとつは――このまま“養子縁組はせずに”、施設の子どものまま、“天宮家で暮らしている子”として過ごす」

「ふたつ目は?」

「お父さんとお母さん――つまり、武臣・美穂夫婦の養子になる。

 戸籍上は、天宮家の四人きょうだいの()()()って扱いになるわね」

 遥、大和、咲、そしてシエル

 想像しただけで、背筋がむず痒くなる響きだ。


「で、みっつ目」

 咲は、自分を指さした。


晃太(こうた)と私――つまり、晃太・咲夫婦の養子になる。

 この場合は、戸籍上シエルは私たちの()で、結衣と()()ってことになる」


「お姉ちゃん……」

 シエルは、思わず自分の肩を両手で抱いた。


「ちょっと待ってください。“伯父さんの生まれ変わり”が“伯父さんの妹”になったり、“伯父さんの娘”になったり、“伯父さんの姪と姉妹”になったり……」

「はい、そこ混乱しない」

 結衣が、真顔で手を挙げた。


「家系図的にはカオスだけど、日常生活で使う呼び名はそんなに変わらないから。どうせ私、普段はシエルって呼ぶし」

「そこは保証する」

 咲も笑う。


「“戸籍上の関係”と“日常の呼び方”は必ずしも一致しないからね。

 おじいちゃんおばあちゃんって呼んでる相手が、戸籍上は“曾祖父母”なんてケースも珍しくないし」

 たしかに。

 孤児院の中でも、そういう話は聞いたことがある。


 けれど――


「一個だけ確実に言えるのは」

 結衣が、ペットボトルを机に置いた。


「じいちゃんが養子にすると、私の同級生が戸籍上“叔母さん”になるってこと」

「……」

 シエルの思考が、一瞬、真っ白になった。

 脳内で、「クラスメイトに紹介されたときのシミュレーション」が勝手に始まる。


『あ、こっちはうちの叔母です』

『よろしくお願いします(15歳)』


(…………あっ)

 想像だけで、視界の端が暗くなりかけた。


「今、心の中で白目剥いたでしょ」

 結衣が、妙に的確なツッコミを入れてくる。


「い、いえ、その……」

「だよね。私も想像した瞬間、ちょっと世界が遠のいたもん」

 当の結衣本人も、こめかみを押さえている。

 どうやら、本人にとっても致死量のシュールさらしい。


「ただ――」

 結衣は、すぐに表情を引き締めた。


「正直なことを言うとね。

 戸籍がどうなろうと、私はシエルのことを()()として扱うって前提は変わらないよ」

 その言い方は、妙に大人びていた。


「私としては、()()ってことにしてくれた方が、学校で説明するときに楽かなぁっていうのはあるけど……」


「おい」

 武臣が、さすがに軽く咳払いする。


「そこだけで決める問題ではないぞ」

「分かってるってば」

 結衣は舌を出し、改めてシエルの方を見た。


「――でも、最終的に決めるのは、大人たちと、シエル自身だと思うから」


 “シエル自身”


 その言葉が、胸の奥で小さく跳ねた。


「……俺の意見を言ってもいいか」

 それまで黙っていた武臣が、口を開いた。


「はい」

 シエルは姿勢を正す。


「正直なところ――俺は、お前を自分の娘として迎えたいと思っている」

 静かな、しかし揺らぎのない声だった。


「大和の生まれ変わりだとか、そういう理屈は抜きにしてな。“迷い込んできた子どもを、見捨てたくない”という俺のわがままだ」


 十五年前。

 過労死という形で、息子を失った日からずっと、武臣の中には「取り戻せない悔い」が刺さっていた。


「お前がこの家に来た夜、玄関先で震えていたあの姿を見たとき――

 “今度こそ、見過ごしてはならん”と思った。

 あれは、父親としての矜持というより、“同じ失敗を繰り返したくない老人の()()”だ」

 自嘲めいたその言葉に、誰も笑わなかった。


「……だが同時に」

 武臣は、咲と美穂に視線を送る。


「咲や晃太の年齢を考えれば、“この先の長さ”で見れば、あいつらの世帯に入った方が、シエルにとって安心かもしれん、というのも分かっている」

 現実的な問題。

 武臣と美穂は、もう六十代の後半だ。

 病気や介護のリスク

 “親”として寄り添える年月の長さ。


 それらを考えれば、「若い世帯の子どもになる」という選択肢の方が合理的だ。


「だからこそ、迷っている」

 武臣は、正面からシエルを見る。


「俺のわがままで、お前の戸籍を縛ってしまっていいのかどうか。それでも、“父親としてお前の前に座してもいいか”どうかを…」


「……」


 シエルは、膝の上で指をきゅっと握りしめた。


「私の意見も、言っていい?」

 美穂が、控えめに手を上げる。


「もちろんだ」

「私はね……」

 美穂は、膝の上でそっと手を重ねる。


「正直に言えば、“どっちでもいい”のよ」

「……どっちでも?」

「お母さん、それちょっと言い方!」

 咲が苦笑するが、美穂は続けた。


「だって――もう、感覚としては、シエルちゃんのこと、()()()()()()みたいに感じちゃってるんだもの」

 言われてみれば、と咲と結衣が同時に頷く。


「お父さんの気持ちも分かるし、咲の言う“若い世帯の方が安心”って理屈も分かる…

 でもね……」

 美穂は、ゆっくりとシエルに微笑みかけた。


「どっちの戸籍に入ったとしても、私がシエルちゃんを()()()()って事実は、ぜんっぜん変わらないの」

 それは、天宮家の「母」としての宣言だった。


「“お母さん”と呼んでもらうか、“おばあちゃん”と呼んでもらうかの違いはあるけれど……

 どっちにしたって、きっと私は同じくらいお節介を焼き続けると思うわ」

「……それは、すごく想像できます」

 シエルは、思わず笑ってしまった。


「だから――」

 美穂は、咲に視線を送る。


「制度のことは、咲と相談して決めましょう。

 その上で、シエルちゃんの気持ちを最優先にしたい」

「ああ」

 武臣も、すぐに頷いた。


「俺も、それで構わん」

「……となると」

 自然と、視線がシエルひとりに集まる。


(えっ!?)

 心の中で、小さく悲鳴を上げた。


(最終決定権、こっちに渡されます?)

 責任の重さに、足元がふわりと浮くような感覚がする。


 それでも――ここで「分からない」とだけ言ってしまうのは、あまりにも無責任な気がした。


「……正直に言ってもいいですか」

「うん」

 結衣が、小さく頷く。

 大人たちも、静かに耳を傾ける。


「“養子にしたい”って言われること自体、私には、すごく……ぜいたくな話に聞こえます…」

 それは、本心だった。


「孤児院で、“いつか家族が迎えに来てくれたら”って話をする子は何人もいました。でも、私自身は正直、どこかで諦めていて…

 現実の世界でそんな“物語みたいなこと”が起こるとは思っていませんでした……」

 だからこそ、戸惑っている。

 嬉しさと、申し訳なさと、怖さとが、ぐちゃぐちゃに絡み合っている。


「そのうえで――」

 シエルは、一度、深呼吸をした。


「もし、わがままを一つだけ言っていいのなら」

 視線を、武臣に向ける。


()()()()としてではなく、

 ()()()()()として、武臣さんと美穂さんの()になりたいです」

 その言葉が落ちた瞬間、空気が少しだけ震えた。

 武臣の目が、わずかに見開かれる。

 美穂の口元が、そっと震える。


「……理由を聞いてもいいか」

 武臣の声は、さっきよりも少しだけ掠れていた。


「はい」

 シエルは、小さく頷く。


()()としての私には、たくさんの()()があります」

 それを口に出すのは、勇気の要ることだった。


「仕事にかまけて、十分に顔を出せなかったこと。

 電話一本で済ませてしまった用事。

 “いつでも帰れる”って思い込んで、帰らなかった日々。


 その全部を抱えたまま、あっけなく死んでしまって……」

 武臣の手が、膝の上で小さく握り締められる。


「だから、もし“やり直す”のだとしたら」

 シエルは、はっきりと言った。


()()としてじゃなく、()としてここに居させてほしいんです」

 同じ線路を歩き直すのではなく、

 別の線路から、同じ家族を見つめてみたい。


「武臣さんに、“父親としての時間”をやり直してもらいたいわけじゃありません。

 美穂さんに、“もう一人の息子”を育て直してほしいわけでもない。


 私がほしいのは――」


 一瞬、言葉が詰まる。

 けれど、喉の奥から押し出すように続けた。


()()()()()として、“ただいま”って言える場所と、

 “おかえり”って言ってくれる人たちで――」

 そこまで言って、気付く。


(あ)


 それは、もうすでに、半分は叶ってしまっているのだと。

 リビングの真ん中、湯気の立つお茶と、テーブルの傷と、そこに座る家族の視線。

 その全部が、「ここにいていい」という証拠になってしまっている。


「……ごめんなさい、うまく言えません」

 シエルは、俯いた。


「でも、大和としての贖罪(しょくざい)みたいな形でここにいるのは、違う気がして。そうじゃなくて、“シエルとして、娘として、ここに居させてください”って……


 わがままですか?」


 返事の代わりに、テーブルの向こうで椅子がきぃ、と鳴った。

 武臣が、立ち上がっていた。

 ぐるりとテーブルの端を回り込み、シエルの隣に立つ。

 その影が、すっと落ちる。


「――わがままだ」

 低い声。

 シエルは、思わず身をすくめる。


「だが」

 次の瞬間、武臣の大きな手が、シエルの頭にそっと置かれた。


「父親というのはな。娘から、そういうわがままを言ってもらうために、存在しているようなところがある」

 丁寧に、乱暴さの欠片もなく撫でられる。


「大和としてのことは、大和として俺が抱えていく。お前が負う必要のない後悔まで、背負うな」

 それは、父親としての宣言だった。


「お前が“シエルとして、ここにいたい”と言うのなら――」

 武臣は、息を吸い込む。


「俺と美穂の“娘”として、そのわがままを受け止めよう」

 美穂の目から、はっきりと涙がこぼれた。


「お、お父さん……」

 咲も、思わず口元を押さえる。


「ちょっと反則級じゃない?」

「ほんと……」

 結衣も、目頭を指で押さえながら、肩を震わせている。


「――ただし」

 武臣は、いつもの厳しい声色を少しだけ戻した。


「戸籍上の話としては、色々ややこしいことになる」

「ややこしいこと?」

「さっき結衣が言った通りだ。星ヶ丘女学院一年の“天宮結衣”の()()として、“天宮シエル”が在籍する可能性が出てくる」


「ちょ、やめて。言葉にすると余計シュール!」

 結衣が、テーブルに突っ伏しそうになった。


「叔母の同級生って、どこの昼ドラですか……」

「だが――それでもいいというのなら」

 武臣は、手をシエルの肩に置き直す。


「お前は戸籍上、天宮武臣・美穂の()

 そして――遥、大和、咲の()として、この家に迎え入れる」

 その宣言は、もはや「案」ではなかった。

 天宮家の家長としての、正式な決定だった。


「……私からも、一言」

 咲が、涙を指で拭いながら言う。


「子ども家庭支援課の職員として言えば――

 正直、私は最初、“自分の戸籍に入れた方が制度上はきれいかも”って考えてた」

 若い世帯、将来の不安、様々な「数字」の上では、その方が正しいのかもしれない。


「でも、今の話を聞いて、改めて思ったわ」

 咲は、シエルに微笑む。


「私は大和の()として――

 その生まれ変わりであるシエルちゃんを、()として迎える方が、きっとしっくりくる」

「咲さん……」

「だから、文句は言わない。お父さんたちの()になってくれるのを、私はそのまま()として可愛がる」

 それが、天宮咲という人間の「答え」だった。


「……ただし」

 咲は、にやりと笑う。


「いざというとき、子育てで困ったら、私と晃太夫婦を最大限こき使ってもらうからね、お父さん」

「誰が“子育て再履修”だ…」

 武臣が、渋い顔をしながらも否定しきれない。


「じいちゃん、“再履修”って単語出るあたり、ちょっと自覚あるでしょ」

 結衣が、ようやく笑いを取り戻していた。


「――というわけで」

 結衣は、くるりとシエルの方へ向き直る。


「戸籍上は、私の()()()()になるっぽいけど…」

 おもむろに、手を差し出した。


「同級生として、同居人として、そしてたぶん、非公式には()()として……

 これからもよろしく、シエル」

 その手は、前世の大和としても、今のシエルとしても、見覚えのある「天宮の家族」の手つきだった。

 シエルは、少しだけ目を潤ませながら、その手を握り返した。


「……はい。こちらこそ、よろしくお願いします。――結衣」

 ロザリオの冷たい感触が、胸元で静かに揺れる。


(“大和”として戻るのではなく、“シエル”として迎えられる)

 その事実が、じんわりと身体の芯まで染みこんでいく。





 こうして――


 星ヶ丘の坂の上にある小さな家で、

 銀の髪と碧い瞳を持つひとりの少女は、


 正式に、天宮家の娘としての第一歩を踏み出すことになった。


 まだ書類も手続きも、これから山ほど残っている。

 孤児院への挨拶も、説明もしなければならない。


 ()()()()――


 「誰の娘になるか」をめぐる、この小さな家族会議は、

 確かにひとつの答えを、天宮家の真ん中に置いていったのだった。

※シエルの身長:155cm(15歳の平均身長より低い設定です。)

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