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異端戦争編 5話

南口の細い路地の多さに手を焼きながら進んだゼラフィム軍の先陣は、あっという間に散り散りとなった。数で勝るはずの大軍は、完全に分断される。指揮は乱れ、統率は全く取れない。


その隙を見計らったかのように、ゲラハルトの部隊がある程度町中に入りきった、その部隊の中腹あたりで、轟音と共に爆発が巻き起こった。アイルが仕掛けた罠が、見事に火を噴いたのだ。


部隊の先鋒がそれに驚き足を止めると、今度は動きが止まった兵たちめがけて、無数の矢の雨が降り注ぐ。弓兵たちは、隠蔽された場所から、正確に敵兵を射抜いた。ゼラフィム兵の死傷者が、みるみるうちに増えていく。


倒れていく仲間の姿を見て、士気の低いゼラフィム兵たちは恐怖に駆られ、後退しようと試みる。だが、後方からは雪崩のように進軍してくる友軍に踏み潰される者、弓矢の餌食になる者、アイルが事前に仕掛けた爆発物の破裂に巻き込まれる者――。 まさに、悲惨な地獄絵図だった。


だが、歴戦の強者ライゼンは、まだ攻撃の手を緩めるつもりはなかった。 この男の頭には、大軍を相手に少しでも有利に戦うには、初戦こそが肝要だと重々分かっていたのだ。相手に痛手を与え、警戒させることで、籠城戦時に力任せのゴリ押し攻撃を控えさせることができる。 そうなれば、兵糧攻めに切り替えてくれるはず。その間に、本国大グリオンダイルからの援軍が間に合うはずだと、ライゼンは計算していた。


しかし、正直なところ、幾分平和な時代に慣れすぎて、その勘が鈍ったのか。 確かにライゼンの若かりし頃は戦が多かったが、ここ十数年は良くも悪くも、ノートレッドは平和な日々だったのだ。 その衰えとも言うべき僅かな鈍さが、彼の感を狂わせ、後に重大な誤算を生むことになる――。


そうとは知らず。ライゼンは勢いに乗り、敵の隊が細長い路地で右往左往しているところの横腹に、槍隊を突撃させた。まるで食いちぎるかのように、次々と敵兵を薙ぎ倒していく。


「いい加減にしろ貴様らぁっ!!」 激しい戦況の中、ついにゲラハルトがブチ切れた。部下が次々と無様に倒れていく様に、短気な彼の癇癪が頂点に達したのだ。彼は配下の兵を置き去りにし、獣のような形相で、単騎で力任せに突っ込んで来た。 その手には、異様なまでに巨大な曲刀が握られている。


そこに、ゲラハルトの突進を予測していたかのように、アイルが待ち構えていた。彼は迷うことなく、その剛剣を振り抜く。 キンッ! 甲高い金属音が、一合、その場に響き渡った。剛剣と曲刀が、火花を散らして真正面からぶつかり合う。


「ぐっ……!」 ゲラハルトは、鍛え抜かれた勘と瞬発力で、辛うじて己の曲刀で受け止めたものの、アイルのあまりにも重い剛剣の一撃に、腕が痺れるのを感じた。その衝撃は、骨の髄まで響くかのようだ。


「貴様、何者だぁっ!?」 まさかの一撃で遅れを取ったことに恥じ、ゲラハルトは思わず相手の名を問うた。その声には、苛立ちだけでなく、わずかな驚愕が混じっていた。


アイルは、無言で、その場に静かに立っていた。そして、ゆっくりと愛刀である**神剣・獅子吼ししく**を、眼前の敵将へと掲げる。 「俺は――十勇士筆頭、アイルだ」 その声は、混戦の喧騒の中にもはっきりと響き渡り、彼が何者であるかを雄弁に告げていた。


「ハハハッ! 貴様が、かの有名な御伽噺の英雄か!」 ゲラハルトは、アイルを値踏みするように嘲笑った。その顔には、侮蔑の色が隠せない。 彼はなおも高笑いをしながら続ける。 「ハハッ、確か十勇士ってお前……『聖女様の騎士様で、世界樹への旅路をお守りする』ってあれだろ? そんなもんお前、子供に聞かせる作り話じゃねぇかよ! 馬鹿か? 今時、誰が信じるんだよ⁉」


アイルは、ゲラハルトの言葉に眉一つ動かさず、やや呆れ顔で、深く息を吐き出すように言う。 「……じゃあ、黙っておとなしく、このまま帰ってくれよ」


しかし、ゲラハルトは鼻で笑った。 「そうはいかねえぜ。聖女ってのが本物かどうか、の話じゃねぇんだよ。大国としての威信。そして、宗教国家の『聖女』という名の象徴としての利用価値。 ましてや、聖女信仰を謳ってんだぞ? それがこうなっちまったら、『ああ、そうでございますか』となるわけがねぇんだよ」


ゲラハルトはニヤリと下卑た笑みを浮かべる。 「まあ、政治ってもんは、いつもこうややこしいもんさ。……そっちこそ、黙って素直に聖女を語る**『偽聖女』こと『マグダラの魔女』**を渡しな」 彼はわざとらしく、慈悲深げな声を作る。 「そうすれば、兵と市民の命は助けると約束するぜ」 (嘘だけどな、ケケッ!) ゲラハルトは内心で高笑いしながら、アイルを煽る。


アイルは、その言葉に歯軋りしながら、鬼の形相でゲラハルトを睨みつけた。 「ふざけるな! 絶対にライナは渡さない!」 怒りによって、アイルの声が震える。 「彼女がどんな思いで、長く辛い旅路と苦難を乗り越えて、世界樹の穢れを清める戦いに、己をどれほど犠牲にしてきたか、分かってんのか、てめぇ……ッ!! 俺たちのことはどう言われようと構わない。だが――彼女のことを『マグダラの魔女』などと呼ぶことは、絶対に許さねえっ!!」


アイルの怒りの叫びに、ゲラハルトは唾を吐き捨てた。 「そうかい。……じゃあ、皆殺しにしてやるよ!」 怒りに我を忘れたゲラハルトは、巨大な曲刀を力任せにブンブンと振り回し、アイル目掛けて突撃した。 「『狂戦刃』と呼ばれし俺様の『乱れ八つ裂き』を喰らえぇいッ!」


しかし、アイルには、その攻撃は一太刀も当たらない。かすりもしない。 ゲラハルトの曲刀が巻き起こす風圧と、空を切り裂く風切り音だけが、ビュンッ、ビュンッと虚しくアイルの周りを過ぎ去っていく。


「何故だぁーッ!?」 ゲラハルトは吠えた。その内心には、信じられないという焦りが募る。 (何故当たらない……⁉) アイルは、ゲラハルトの荒々しい剣線が完全に読み切れていることを確信していた。まるで、目の前の敵の動きが、一本の太い線として見えているかのように。


神剣・獅子吼、一閃 対してアイルは、静かに目を閉じる。 そして、愛刀である神剣・獅子吼を、円を弧を描くように「スンッ」と、流れるように一瞬で振り回した。その動きは、澄み渡る水面を撫ぜるかのように、淀みなく、美しかった。


ゲラハルトは、アイルのその動作を小馬鹿にしながら「なんだそりゃ」と呟いた刹那。 キンッ! 耳元で、甲高い金属音が鳴り響いた。そして、直後。「斬ッ!」と、肉を切断する鮮烈な感触がゲラハルトの体を襲う。 ボトッ…… 鈍い音が地面に響く。同時に、ゲラハルトの利き腕である右腕から、ブシュウと鮮血が大量に噴き出した。 彼の視線の先、地面には、つい先ほどまで自身が握っていたはずの右腕が転がっていた。


「痛えッ!! いでぇぇええぇぇぇーーーーッ!!」 激痛にゲラハルトは絶叫する。 アイルの放った必殺技――『獅子吼 絶響の圓月(ししく  ぜっきょうのえんげつ)』。それは、音速の衝撃波による一閃だった。


勝負は完全に決した。だが、ゲラハルトは将としての威厳か、誇りか、それとも最後の悪あがきか。彼は残った左腕で、地面に落ちた曲刀を再び振り上げようとした、その瞬間――。 キンッ! 再び、甲高い音が鳴る。 ドサッ…… 彼の体が、力なく地面に倒れこむ鈍い音が響く。 最早、その体からは、悲鳴さえも発することはなかった。


アイルは、倒れ伏したゲラハルトの骸を冷徹に見下ろす。 「敵将ゲラハルトは討ち取った! 敵兵どもよ、おとなしく武器を捨て、投降しろ! 命の保証は約束する!」


アイルの声は、戦場の喧騒を切り裂き、響き渡る。事態を好転させるべく、即座に投降を促したのだ。味方の士気を最大限に高めると同時に、敵兵の士気を挫き、立て直す機を与えないつもりだった。 「これ以上の無駄な殺生はしたくない」 その言葉は、アイルの偽らざる本心だ。

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