異端戦争編 16話
「盲信」のキアンを打ち破った獅子王アイルだが、その身は正直、**満身創痍**だった。神獣化が解けた反動、度重なる激戦、そして奥義を連発した消耗が、アイルの全身をじわじわと蝕んでいく。 彼だけでなく、他の勇士たちも、ノートレッド軍も、そして総司令であるライゼンまでもが、皆、傷つき、疲弊し、痛々しい姿を晒していた。戦いはもはや、個人の超常的な力だけで押し切れる段階を過ぎ、膠着した持久戦の様相を呈している。
開戦から何日目かの夕刻が過ぎ、陽は完全に落ち、戦場は漆黒の闇に包まれていた。 その闇夜の中、ノートレッド軍は休むことなく夜襲を仕掛け、ゼラフィム軍の兵士たちを執拗に攻め立てる。 傷つきながらも頑強に抗うノートレッド軍の粘り強さに、ゼラフィム軍全体にも厭戦の空気が漂い始めていた。度重なる勇士たちの攻撃と、味方の多大な損害に、兵士たちの士気は低下し、疲労の色は隠せない。
そんな膠着状態の中、これまで沈黙を守っていた中央広場の第二陣が、ついに動き出したのだ。 この師兵団を統率するのは、**名将の誉れ高い、タイロン卿(男爵)**だ。 彼はかつて、ゼラフィム軍に滅ぼされた国の将軍だった。しかし、愛する妻子を人質にとられたことで、致し方なく降伏したのだ。その類稀なる有能さが災いし、ゼラフィム軍に従軍してからも、幾たびもの戦火を生き残り、図らずも戦功を上げ続けた。その全ては、愛する家族の元へ帰るためだけに。結果として、敵国の元将軍という身分から、今や男爵の爵位を賜る地位にまで昇りつめている。 タイロン卿は、人格者としても知られており、自身の身銭を切って戦争孤児を養うなど、慈善活動にも熱心だった。彼の従者である剣士レインも、そうした孤児の一人。 この少年剣士は、齢まだ十七になったばかりだそうだが、その実力は五家領の域に達しているとのもっぱらの噂だ。彼の鋭い眼差しは、闇夜の中でも確かな光を宿し、静かに戦場を見据えている。
タイロン卿率いるゼラフィム軍の第二陣が、疲弊しきったライゼン隊に容赦なく牙を剥く。 夜襲を成功させ、ようやく自陣へ引き返してきたばかりのノートレッド軍は、息を整える間もなく、タイロン卿の部隊による側面からの突撃を受ける。練り上げられた隊列は瞬時に崩れ去り、戦場は一気に混乱の極みへと陥る。
タイロン卿が仕掛けたのは、魚鱗の陣を細かく五つの隊に分け、夜襲から引き返して伸びきってしまったライゼン隊の**横腹**を狙い撃つ。その的確な状況判断と素早い指示が、功を奏した。 「今だ、かかれぇーーーッ!」 タイロン卿の号令が響き渡ると、ゼラフィム兵たちは怒涛の勢いで押し寄せ、戦場は敵味方入り乱れる乱戦状態へと変貌する。




