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最低な裁定

掲載日:2025/09/22

 慈悲深い領主とされている男。領民の評価は滅法高かった。

 しかしある日、とある町長が領主に反逆してしまう。

「我が町は年々モンスターの被害にあっている!それを領主は見て見ぬ振りをしているのだ!町民を救わぬ領主など、ふさわしくないではないか!」

「我が町だけは、あの領主から酷い仕打ちを受けているのだ!これは差別である!モンスターによる被害の深刻さこそ、領主が一番よく分かるだろうに!」

「息子も妻も失った!何が慈悲深い領主だ!本当に慈悲深い王妃様がご存命でいれば、我々を見捨てることなどなかったに違いない!」

 そこは領主から見捨てられた町。町長は仲間を集い、ひそかに領主暗殺を目論んでいたのである。だが、どこからか情報は漏洩し、暗殺は未然に防がれることとなった。

「モンスターの被害など、領主に頼らず町で対策すればよいではないか」

「馬鹿なことをしたものだな。あの町も、もう終わりだ」

 反乱を伝え聞いた他の地域の住民は、口々にそう語っていた。町人や村人などその周辺地域の住民は、町長に巻き込まれた形だ。しかし、反逆罪は重罪。その責任は重く、連帯責任として町や村ごと消滅されるのが通例だった。

 だが、領主は町長一派の軽い処罰のみでこれを許した。慈悲深き領主として忠誠を誓う住民。一方で、領主の裁定は甘すぎると、貴族や領主の臣下は批判した。領主への反逆を許せば住民が付けあがり、革命まで発展する恐れがある。しかし、領主は「これでよいのだ。あの町は放っておけ」と批判を一蹴したのだった。

「父上は甘すぎる。その甘さが命取りになるのだ」

 そう陰口を叩くのは領主の息子だった。なぜ町を残す必要があるのか、彼には理解ができない。反乱分子を残すなど、ありえないではないか。彼の周りも、同じように領主を非難していていた。

 ――領主の『裁定』は『最低』であったと。

 

 晩年、領主は病床に伏せていた。もう長くはないだろう。息子は領主に呼び出された。

「時に、領主は非情でなくてはならない」

 それを聞いた息子は、あなたがそれを言うのかと冷笑した。誰よりも甘いあなたが。

「覚えているか、私に反逆したあの街を」

 忘れもしない街のことだ。あの日から、父に対する不満が募っていた。甘すぎる、領主に。

「……覚えております」

「町は……町人は必要なのだ」

 この期に及んで、住民の命は大切だ、などど甘いことを述べるのだろうか。綺麗ごとばかり述べる領主に、内心でため息を付く息子。緊張から強く握られていた拳も、諦めと共に力が抜けてしまっていた。しかし、次に語られた彼の言葉に、息子は目を見開くことになる。

「あの町は、生贄だ」 

 領主は語る。毎年凄惨な被害をもたらすモンスター。あのモンスターは、人が大勢住む場所にのみ現れる。領主は、先祖代々の口伝によりそう知らされていた。あの町がなければ、モンスターは領主の住む城下町に出現するであろうと。

「だが、私はその町を見捨てることはできなかった。町に被害が出ぬよう、事前に対策を講じたのだ。だが、かえって被害は広がることになる。この城下町に……モンスターが現れたのだ」

 領主の言葉に、息子は息をのんだ。

「それは……まさか、私が物心つく前の……」

「……そうだ。城下町に現れたモンスターは、町のものとは比較にもならぬほど凶悪であり……結果として大勢の民と……妻を失うことになった。炎に包まれた城下町で、妻の名を叫び続けた夜を……私は今も忘れられぬ」

 その唇が、微かに震えていた。父からは、母は幼い頃に病で帰らぬ人となったと知らされていただけだった。母の記憶がない息子には、そういうものだと割り切っていたのだが……領主の瞳は、深い悲しみに揺れているように見えた。

「それゆえに、私はあの町を残したのだ。……生贄として」

 表向きには慈悲深いとされていた領主であったが、実際には誰よりも無情な判断を下していたのだ。

「町から、毎年被害に関する報告が届く。今年も生贄になってもらう。その決断を下すたびに……胸が裂ける思いだった」

 驚きのあまり言葉を失う息子。領主としての父の姿が、裏返った瞬間だった。父上は、甘い人間ではなかった。表向きには甘い人間を演じておきながら、裏では何とも辛い決断をしていたのだと。それは領民のためであり、母との間に残された自分のためでもあったのであろう。

「そのお言葉、しかと胸に刻み込みます」 

 いずれ自分も、非情な決断を下す日が来るのだろうか。父のように、重い責任を背負う日が。

 領主の自室を去った息子は、廊下でポツリと漏らした。

「領主の裁定は最低……か」

 あのとき、最低と称した自分が、いかに浅はかだったかを思い知った。いつからか、その拳は、爪が食い込むほどに強く握りしめられていた。

 領主の『裁定』は『最低』だという評価は、彼の中で『再訂』されることになったのであった。

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