侘び寂びに、襲い来る
教室。
中央には、少女が座っている。
彼女の名は沐奴。
机上が日に照らされる。破損したスマートフォン。その横には、欠けた急須。
彼女を囲むように、マネキンが周りに着席している。皆、黒板を向いている。
窓の隙間から、そよ風が吹き込み、木製の床が香り立つ。
沐奴はお茶をすする。
口の中に広がる、程よい苦み。鼻孔を渋く爽やかな香りが吹き抜ける。
至高の空間。
いつかを思い出す。
机横にかけた鞄からポッドを取り出す。
この一杯が飲めれば、死んでもいい。
急須の底に残った、抹茶の残りかす。そこに湯を注ぐ。
直後、壁の破片を巻き込み、横殴りに熱風が襲い来る。
ポッドは宙を舞い、教室の壁に衝突して砕けた。
沐奴は鞄をひっつかみ、急須を投げ入れた。
「運び先は?」
頭上からドスの効いた声。
見上げると、飛び交う火花を背に、髪型が世紀末な筋肉ダルマが仁王立ちしている。
沐奴は爆撃音に負けないくらい、大きな声で叫ぶ。
「世界の果て、次の学校へ!」
刹那、教室を越え、世界は開けた。
満点の青空に見下ろされた大地は、チカチカ輝く爆発の閃光で満ちている。
立ち並んでいたビル街は木端微塵にぶっ壊され、煙が登っている。
ザクザクと大地を踏みしめる足音。銃口に鋭い剣をつけ、毒々しい緑色の軍服を纏った兵士
達が行軍している。至る所で見せしめの斬首が行われている。
生首から吹き出る真っ赤な血液が、青空を彩る。
筋肉ダルマに抱えられて、沐奴は爆速で戦場を駆けた。
離すまいと、鞄を体に引き寄せる。
万が一に備えて、受け身を取れるよう、筋肉ダルマの腕の中で体勢を変えた次の瞬間、沐奴
は宙に放り出されていた。
「車!」
筋肉ダルマが叫ぶ。
沐奴はいつの間にやら現れた、車の荷台に着地した。
さっきまでいた場所には、山みたいなデカさの球体破壊兵器が鎮座している。
筋肉ダルマは頭だけ残してぺしゃんこに潰れている。
そんな光景は、瞬く間に遠くなっていく。
軍隊の姿はもうない。
代わりに、地平線が見えそうなくらい荒野が広がった。
日がみるみる傾く。
空は赤く染まる。そこで点滅する光は、星ではない。英雄たちが帰還に失敗し、爆裂してい
るのだ。彼らのもとから、赤い発光体が、白い尾をなびかせ落ちてゆく。あれがこの星の希望
となるのか、球体破壊兵器をみれば、一概にそうとは言えない。
夜が来る。
沐奴はポッドの湯を、急須の底に張り付いた抹茶に注いだ。うっすいお茶をすする。
苦みと、和を思わせる柔らかな味。が、教室ではした。
流石に豪速で突っ走る車の上では、味わえるものも味わえない。
そもそもちゃんと飲めない。
お茶は急須から風にさらわれ、星の光を受けてキラキラ輝きながら、空中に消失した。
戦火から離れ、邪魔するものの消えた夜空に、ばい菌みたいな星が張りついている。
月は変わらず真っ黒な陰に覆われ、この星を見下ろす。
目を閉じて、夢想する。
フリスビー型の土星リング級にデカい円盤が、ついに侵略に来る。衝突の衝撃に耐えられず、星の表面はえぐれ、人は宇宙の闇へと洗い流される。
そんな妄想は、車の急ブレーキでかき消された。
着いた。
運送料分の毒薬、特にぽっくり死ねるやつを渡すと、車の運転手はその場で服用した。
コンマ一秒もかからず、死んだ。
沐奴は新たな校舎に歩みを進める。
既に半壊しているが、かろうじて教室は形を残している。
その中央に座り、鞄を机の横にかける。
急須に抹茶を入れ、ポッドで湯を注ぐ。
お茶の完成。
ずっ、と飲む。
至高のひと時。
茶の表面は、微かに波打っている。
死ねなかった。