出会い
「もしかするとアンジー様が最終候補になったかもしれないですね」
他の候補者が何名残っているのかは明かされていないが、神聖帝国を名乗っていたかの種族は、かなりの権勢を誇っていたようだ。使役されていた別種族もいたそうなので、地勢的に近い領域の種族で、征服された者もいたのだろう。
「とはいえ、うちのエイダはまだ他の大陸に渡ってどうこうできるほど発展していないわ。世界征服だなんてガラじゃないし」
「神聖帝国が守護神の加護という頭を失って、従うだけに慣れた者たちがどうなるかはわかりませんが、その混乱をテクノロジーなしで収めるのは困難でしょうね」
なにか手を打たないのかとルヴァンに尋ねられたが、私は方針は変えないと答えた。
「私は全能の神として降臨する気はないし、聖女なんかにもならない」
ただ、エイダの社会にこっそりと視察に行く方法というのには興味があるといえばある。
「そうね……地上に降りて街に遊びに行く方法ぐらいは、クラウスに聞いておいてもいいかも」
「良いのではないですか?飛空城にずっとこもりきりでいる必要もない」
私はこの図書館にこもっていてなんの問題もないですが、というのは定番のルヴァ様ジョークだ。こういうキャラが勧めてくれたということは、GOサインと見て良いだろう。
私は光と闇の守護聖人達の許可を得て、地上に向かうことにした。
§§§
エイダの街は、私の記憶にある街とは随分違うが素朴でどことなく懐かしさを感じる佇まいだった。文明の黎明期から順番に見てきたから、懐かしいもへったくれもないといえばないのだが、旅行先で感じる異国情緒と郷愁に似た感覚である。
港町にあたるその街は、武装船騒動の爪痕がいまだに風景のそこかしこに残っている。ずれた路面や抉れた山並みは、超兵器の攻撃の凄まじさを物語っている。
……タール塗った毛布で排熱孔こっそり塞ぎに行くとかのトンチキな作戦の数々でよくまあ勝てたものだ。
賑わいを取り戻した街をそぞろ歩く。
道行く人の表情は明るい……たぶん。
付き合いが長いからエイダの表情もなんとなくわかるようにはなっているし、言葉も付け焼き刃だが最新版を学習してきた。この手の技術的なサポートはさすが汎銀河文明だけあってきちんとしているのだ。外見の方も文明に紛れ込んだ未開人みたいなことにはなっていないはずだ。そこはおしゃれなオリビアお姉兄さんが保証してくれた。
生身の若いエイダにしか見えない完璧な偽装機体のはずだが、たまにすれ違う相手がこちらを振り向いて二度見することがある。どこか変なのだろうか?
気にしてコソコソするとかえって不審者になりそうなので、堂々と前を向いて歩を進める。大丈夫。エイダ社会は変わり者に寛容だ。
復興中の港の見える広場に出ると、台の上に立って何やら熱弁を振るっているエイダがいた。額に白い星を頂いている。いつぞやの英雄によく似た姿なのが目を引いた。近くに行って話を聞いてみると、どうやら外洋航海の探査船を出す資金集めが目的らしい。彼の身なりや通り過ぎる人々の反応をみるかぎり、活動は思わしくなさそうだ。
いにしえの英雄に似た毛並みだが、英雄と仰ぐにはいささか毛艶の悪いそのエイダは、それでも一生懸命に外の世界の探査の価値を説いていた。
思わず口元が緩む。
これまで、伝説と謳われた英雄にも個別に興味を持ったことはなかったが、こうして等身大の目線でエイダの一人として見たこの相手はたいそう興味深く魅力的だった。
ニヤニヤ笑い(に相当するエイダの表情)を浮かべていた私が気になったのだろう。彼が台を降りてこっちにやってきた。
ここで慌てて逃げても怪しまれる。私は黙って彼の出方をみることにした。
「俺の話に興味を持ってくれたのか」
「あなたの話ではなくあなたに興味があっただけ」
人の言葉になおすとこんな雰囲気の会話を交わす。細かいニュアンスで間違いか齟齬があったのかもしれない。彼は幾分戸惑った様子を見せた。
「なにか変?」
「いや、その……良ければ話を聞いて欲しい」
「あなたの話は無理筋だと思う。あなたが必要な額を支援できる資産家はこんなところを歩いていないし、歩いていたとしても用件があって、立ち止まって話を聞く暇なんてないわ。それに出資額に対してリスクが高すぎる。その額を失ってもやっていける資産家は、そういうリスクが高すぎる博打はやらない手堅いたちだからそれだけの資産を持っているの」
「だが支払わなければ得られないのは、取引の基本だ」
エイダの文化はなぜか先払いが原則だ。
彼の認識はエイダ的には王道だ。
「だから、支払ったときに利益を得られる可能性が低すぎて、マトモな資産家からは投資が合理的でないと判断されるって言っているの」
「もっと詳しい話が聞きたい」
真面目な顔で間近に迫られて、ドキリとした。
「何もわかっていないあなたに、これ以上、話すことはないわ」
一方的に知識を与えるのは反則だ。
「あなたがまず自分でよく考えて。ここを歩いているような普通の一人一人が、あなたの夢に共感して、託せるのはどの程度の額なのか。あなたにはいったい何人分の小さな希望が必要なのか。その各々の小さな望みに、航海に出る前のあなたが差し出せるものはなんなのか」
支払わなければ得られないと言いながら、あなたは支払う前に得ようとしていると言って相手の胸元を軽く小突くと、彼は強く殴られたかのようによろめいて後ずさった。
「十日あげる。あなたがちゃんとなにか考えてきたら、もう一度会ってもいいわ」
呆然としていた相手は、私の言葉に弾かれたかのように飛び上がってシャンとした。
「わかった!よく考えてくる。だから必ずまた会ってくれ」
その眼差しがあまりに真摯で、私はちょっとドギマギしてしまい、慌ててその場を立ち去った。
ようやくヒーロー登場!




