誰かを唯一にしたくない皆の唯一にもなりたくない
「アンジーは、特定のお気に入りを作らないの?」
マーカスの鍛錬を観ている最中にふらりと現れたランサーにそんなことを尋ねられた。
「誰かを依怙贔屓する気はないわ。エイダは全部私の担当種族ですもの。できが良くても悪くても、みんなウチの子よ」
「我が子のように思うのに、戦争や疫病や飢餓で大勢のエイダ達が苦しんでいても、直接助けないのはどうしてなんだい?少なくとも自然災害はある程度コントロールできるだろう」
「いやあね。我が子だと思っているっていうのは言い過ぎよ。でも、そうね。その例えを使うなら……致命的じゃない喧嘩や危険は、成長する過程で適度に体験しておいたほうがいいから、かな?」
危ないから傷ついたら可哀想だからと、過保護にして何も体験させずにいると、自身が大きく強くなってしまってから、些細な失敗で破滅しかねない。
転んだときの受け身の取り方や立ち上がり方、上手な喧嘩の仕方と仲直りの仕方は、未熟なうちから学んでおくべき技術だ。
「それに防疫と公衆衛生と災害対策は、どれもきっちり履修しておいて欲しいわ」
例えば緑の守護聖人の力を借りれば、悪質な伝染病を全部根絶することはできるし、夢なら高度な医薬の製法を特定のエイダに与えることだって可能だろう。
でも、それではダメだ。
神の加護や奇跡ではなく、そこは自身で免疫をつけて、対抗策を講じるやり方を身に付けてほしい。
「ずっと私が面倒をみ続けるわけにはいかないでしょう?」
「アンジーは女神になる気はないのかい?」
「そうね。ライバルに勝って試験に合格したいかどうかという話は別として……強力で絶対的な現世介入する唯一神として崇められたくはないわ」
実態としてはエイダにとって私の立場はまさにソレ以外の何者でもないのだけれども……ガラじゃない。
「私はエイダに厳格な一神教なんて宗教観を押し付けたくないの」
私はエイダに均質で原理主義に陥りやすい社会は築いて欲しくない。理性と論理と法治は好ましいが、正義か悪かの二元論や異端を廃絶する社会は、星間文明に参入しづらい。中庸で善悪の間に少し遊びのある、多様性に寛容な社会を育んでいきたいのだ。
そのために私は宗教的な要素はアニミズムと緩やかな祖霊崇拝程度におさまるように、エイダがごく原始的な時代に方向づけした。神なんてマナーと倫理観の補強程度に使われるのが丁度いい。特に実在するときには。
守護聖人の能力を使えば、天候など自然災害のコントロールはできたが、私はあくまで天罰や贄への報酬を行う訳ではない不条理な存在としての自然の立場をキープした。祈れば通じるなんて甘えは与えない。
ただ、自然の力や可視化しにくい概念の擬人化自体は推奨した。異質なものへの自己投影による共感能力の発達は、この先、エイダが星間文明に参加したときに役に立つからだ。
私はエイダを、私に従属しない、次世代の担い手の一員に育てたかった。
「全能の神様ぶって君臨した挙げ句、発展したエイダに、単なる小娘だったってバレるのは恥ずかしくない?」
「君は面白い考え方をするね」
「変かしら」
「僕は好きだよ」
ランサーは風の守護聖人らしく爽やかな笑みを浮かべた。
鍛錬の手を止めたマーカスは、その精悍な頬から顎のラインを伝う汗を拭いながら、「お前は我らの女神であれば良い」と笑った。
「できれば、俺だけの女神であってほしいものだが、お前は我々の誰か一人を選ぶ気もないのだろう?」
無駄に色っぽい目つきで、くっくっくと喉の奥で笑うのはやめてほしい。誰だよ、守護聖人のデザイナーは。なんて筋肉造形してやがる。男っぽい色気で焼け死にそう。
「ごめんね。私にはまだまだみんなの協力が必要なの。少なくとも試験が終わるまでは誰か一人を選ぶなんてできないわ」
「わかっている。俺の力が必要な時はいつでも言うがいい」
「ありがとう。じきに第二次プロメテウス計画を実行するから、その時はよろしくね」
「任せておけ」
くうーっ、頼もしいぜ。筋肉兄貴。
(使用技能に筋肉関係ないけど)
第一次プロメテウス計画での自然燃料による火の使用のときもお世話になりました。
山火事の類だけでなく、高温を管理できる炉や窯の使用もマーカスの管理分野だから、初期技術に関するレクチャーはかなりしてもらった。おかげでエイダ達が発展するために必要な材料を事前に用意したり、都合の良い地形を準備したりできたのだ。専門家監修って大事。
第二次は化学熱力学の発展などが主軸になる。単純に"焼く"ではない熱の制御による産業革命だ。第一宇宙速度が出せる航空宇宙産業に続く道のとば口を開く重要な計画なのだが、これまで以上に私の転生知識をオーバーフローすることは確実なので、サポートよろしくお願いします。
高度文明式の学習サポートはあるものの、扱う技術に関する知識量が膨大すぎて大変。
主人公は「だいたいわかった!」で動ける資質持ちです。(細部は守護聖人に丸投げする)
次回「襲来」
ついにライバルの異種族とのファーストコンタクト!




