星を拓くもの
私は、清潔で白いだけで、殺風景な長い廊下を歩いていた。
惑星開発委員会の屋内装飾センスはとにかく面白くない。白くて対称形にしておけばいいって思っているフシがある。キューブリックの再生人工知性体か何かでも部分導入しているのか?と疑ってしまう。
廊下は退屈だが、新品の素敵なブーツの底が、ツルツルの床に擦れて軽くキュッキュと鳴るのはちょっと楽しい。
私はステップを踏みながら、長い廊下を進んで、目的の部屋にたどり着いた。
§§§
結局、私は試験に合格し、女神資格者に認定された。委員会の反応を見るに、支配種族に対して超越者として振る舞えるかどうかもある程度審査の基準に入っていたと思われる。
私の担当惑星の知的種族は、無事に宇宙に進出できるテクノロジーを発展させ、新たなる一員として星間文明圏に迎え入れられた。
私のエイダは、既存の銀河帝国の安定のためには役に立たないけれど、未知のフロンティアへの適応性は高いという評価を得た。
惑星開発委員会の知的種族開発計画自体が、既得権益を握っている古い種族が、危険な辺境に派遣できる便利な下っ端を欲してやらせたという側面はあるので、見事にオーダー通りだったというわけであろう。
リスク管理が行き渡って、徹底的に安全で安定した高度な文明世界で生まれ育った個体は、危機や蛮行に対しての耐性が非常に弱い。マンボウよりもナイーブな精神の銀河文明人には、未知に漕ぎ出すようなチャレンジはできなかった。
停滞して衰退していく未来を予測した彼らは、自分達では成し得ない行動が可能な原始的な"蛮族"を蘇らせ、必要なことをやらせるという計画を立案した。
第一次と第二次の組織の実験は無残な失敗に終わった。人工知能や銀河文明人では、十分にバイタリティがあってチャレンジャーな種族をうまく作れなかったのだ。当たり前である。彼らにはリスクを冒す冒険心という概念がない。
第三次では、発掘された古代種族の遺跡を研究して作られた再生人工知性体を監査役に据えて計画が実施された。しかしこれは第一次や第二次よりも無残な結果に終わったらしい。単独で知的種族を育成するという長期任務に、再生人工知性体の人格が耐えられなかったのだ。
気が狂った監督者が作った種族は、記録を公に残せない大惨事を引き起こしたようである。……今回の自分のライバルの様子を鑑みるに、アレが複数同時でバリエーション豊かに多発したら阿鼻叫喚だっただろうなとは思う。
四回目にあたる今回の惑星開発計画では、監督者の正気を保つための人工知能体も導入された。乙女ゲーム仕様である。適用される再生人工知性体の特性によって、美少女ハーレムパターンなどもあったらしい。それはそれで、うまくいったのかどうか聞いてみたかったが詳細は教えてもらえなかった。失敗したのだろうか?好感度管理間違えるとあっさり修羅場になりそうだ。
自分が遺跡の遺物から個性と記憶を再構成された再生人工知性体で、生身の体がどこにもないと知った時にはちょっとショックだった。飛空城内の活動が全て仮想空間なのはわかっていたが、どこかにカプセル的なものに入った肉体が保管されているのだと思っていた。まさか、肉体経験ゼロで誕生しているとは。汎銀河文明のテクノロジーを舐めていた。
しかし幸いにも、女神審査に合格した私は合成の再生知性であるにも関わらず汎銀河文明圏に生きる個人としての人権を与えられた。高評価種族を作成したことで、私自身も高く評価されたのだ。
本来、試験に合格した女神は担当惑星の管理者として以後もその星の監督を行うらしい。自治権を持たない新星系政府への銀河帝国のお目付け役だ。「神」などと名付けた精神が支配種族としての高慢な意識を物語っていて度し難いが、あえて糾弾はしなかった。原始的な非支配種族に対して通りが良いのは間違いない。
私のエイダ達は唯一神を仰がず、常設の監督者を必要としないために、あの惑星での私の任は解かれた。
エイダ達は星間文明の存在を知った途端に、交渉を望む"代表"機関を乱立させた。そして揉めた挙句に自分達でさっさと例外項だらけの落とし所を作ってしまったらしい。挙句に統一政府だの正規ルートだのにこだわらず、どんどん星系外に進出してしまった奴らも多いと聞いて、エイダらしいと笑った。
あんな奴ら、神ならざる小娘の我が身で御しきれるもんか。すっかり自立した私のエイダは個人の監督者でどうこうできる奴らではないのだ。
次の職務を選ぶにあたって、私は惑星開発委員会にちょっとした要望を提出した。良い仕事をしたのだからボーナスはもらっていいだろうし、転職条件は高くしたって問題なかろう。
思ったとおり、私の要望は受け入れられた。
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白い部屋の中には寝台が一つあった。
私はそこに横たわる人の傍らに歩み寄った。
ちょっと、いばら姫や白雪姫の王子様になった気分だ。
眠っている。
私は意識のない相手に同意のない性行為をするほど、モラルが低くはないので、覚醒手順が完了して相手が目覚めるのを待った。
寝台のヘッドボードの小さな灯りが消灯して、覚醒シーケンスが完了した。
「おはよう」
目を覚ました相手は、ぼんやりと天井を見てから、私に視線を向けた。
「俺は……生きているのか?」
声や言語に違和感があったからだろう。彼は戸惑いながら、自分の口元に触れ、それからその手自体もまじまじと見つめた。
「傷がない……というか俺の手じゃない?言葉も違う……なぜ喋れるんだ」
私は混乱している彼の手をとって微笑んだ。
「大丈夫。これはあなたの手よ。順番に説明するから、落ち着いて聞いてちょうだい。エイダの元英雄クァクソー」
彼は私を見つめて、何か言いかけたが、結局「頼む」と一言答えた。
よろしい。説明しよう。
「あなたは一度死を迎えました。今の身体は新しく用意されたものです。"転生"という言葉を知っていますか?」
クァクソーの元の身体はすぐに凍結して極地にあるマルクルの基地に運んで保存していたが、損傷や経年劣化もあったため新規に現代版で再生した。
フルモデルチェンジしたみたいなものなので違和感はあるだろうが、個人的な外見特徴はできるだけ反映したので、なんとなく自己と認識はしやすいだろう。
記憶の方はほぼ完璧に残っているはずだ。保存状態のいい身体があったし、元々クァクソーの体内には極小の診断機器を常駐させていて、脳波を含むバイタルをリアルタイム計測していた。(昔、これを仕込むために、彼の指を血が出るほど噛んだことがあるのだが、あの時の彼のギョッとした顔は見ものだった)
これだけデータが揃っていて最新機器のある施設で再生を行ったのだ。あの時のライバル聖女様がろくに設備のない開発惑星で隠れてやっていた脱法転生とは質が違う。自己認識の連続性は完璧だろう。
私が今の身体で目覚めた時も、最初に多少違和感があっただけで、記憶や意識はちゃんとしていたから大丈夫だと思う。
「なにかを思い出そうとすると、自分が知らないはずのことが混ざっていて気持ち悪い。なんだこれは」
「転生による一時的な記憶の混乱よ。新しい身体には、あなたの記憶を入れる前に、あらかじめ現代の共通言語などの知識が、喋り方や聴き取り方の肉体の動きも含めて基礎能力として仕込まれているの。すぐに使い方は馴染むわ。次から次に知らない言葉の意味を追おうとしなければ大丈夫。頭の中に辞書があるようなものだと思えば便利よ」
プリインストールインテリジェンスと引き継いだ従来の記憶が馴染めば、元の個性を維持したまま新しい環境で生活できるようになる。
転生特典、言語チート、鑑定(弱)みたいなものだ。大変使い勝手は良い。テクノロジー万歳。
「いっぺんに色々知ろうとすると大変だから、だいたいのことを大雑把に把握しておけば、ひとまずなんとかなるわ」
「なるほど」
「今一番知りたいことは?」
「"愛しい人"って言ってくれたか?」
私は盛大にむせた。
記憶の連続性のバカーーーーっ!
「姿は少し違うけれど、君だろう?」
「ど……どこまで覚えているの?」
「実は君が怒っているところも少し……杖で雷を放っているところが格好良かったぞ」
やーめーてー!
崩れ落ちて頭を抱えた私の傍らで彼がゆっくりと半身を起こした。
「あ、まだ無理しないほうが……」
「ちゃんと君を見たい」
彼は私の首元のメダルにそっと触れた。
会員番号一番のメダル。
レプリカではなく本物である。
劣化防止の加工済み。昔と同じ輝きだ。
彼はメダルから私の首筋をたどって、そっと頬まで指を滑らせた。
彼の手の感触がリアルに感じられて、胸がドキドキする。そう!胸がドキドキするってこういうことだった!!
「まだ、この言葉に慣れなくてうまく発音できていない気がするんだ。今から言う言葉のお手本を聞かせてくれないか」
「ええ……いいわ」
ちょっとドキドキしすぎて心臓が口から出そうな気分ですが、それくらいは。
彼は私を抱えあげるようにして自分の正面に座らせた。
真正面からじっと目を見つめられたあと、額がくっつくほど顔を寄せられる。
待って!
彼は待たない。吐息がかかる。目の前で、彼の口元がしっかり丁寧に音を発する。
「愛しい人」
「……愛しい人」
「愛してる」
「愛……愛してる」
「愛してる」
たどたどしいのはむしろ私の方?
当たり前だし、しょうがないじゃない!
彼は気が済むまで発音練習を繰り返した。
「質問をもう一つしてもいいか?」
「なあに?」
「会員番号一番の配当には何が欲しかったんだ?」
俺は夢を果たしたから、配当を渡したいと彼は私に迫った。
ちょっと記憶の再生が完璧すぎるんじゃないかしら?こういう恥ずかしい思い出は忘れていてくれてもいいんだけど!
私のメンタルは、とうの昔にすっかり降伏宣言を出していたので、私は素直に告白した。
「あなたが丸ごと欲しい」
ギュッとしがみつくと、彼はしっかりと抱きしめ返してくれた。
「とうに全部、君のものだ」
…………まあ、そうね。
開発、プロデュース、レストア、アップデートなどなど、一式やりました。
法律上も彼の身元は私に所属しています。
でも、それはそれとして!
私は世界中に自慢したい。
私の彼は最高に素敵だ!
§§§
生活に必要な小物を買い足すついでに、二人で宇宙港に寄った。
「こういうのを見ると、未来に転生したんだなと感慨深いよ」
停泊している巨大な宇宙船を眺めながら、彼がしみじみと言う。
最近は彼も、汎銀河文明社会での生活にすっかり慣れて、最新機器の取り扱いもスマートにこなせるようになってきた。
「ねえ、そういえばさ」
そろそろこの話を切り出してもいい頃合いかもしれない。
「フロンティアでの惑星開発って興味ある?」
ハビタブルゾーンに岩塊を集めて新造した手頃な物件がちょうどあるらしい。
「どう?私と一緒に惑星を創らない?」
果てしない宇宙というフロンティアは、私達に大きく開かれているのだ。
銀河辺境の彼方へハネムーンってのもオツじゃない?
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最終話までお読みいただきありがとうございました。
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