英雄の軌跡と神々の奇跡
英雄クァクソーの冒険譚は、後々までエイダに語り継がれる伝説だ。
探査船は、いくつかの島を巡りながら(嵐が少なめだった)嵐の大海を渡り、別の大陸に到達した。そこは神聖帝国の被支配種族の住む地域だったのだが、探査船のクルーの中には、そこの地域出身の者がいた。
もともとその被支配種族は、神聖帝国の武装船で奴隷のように扱われていた。ちょっと犬っぽい風貌の種族なのだが、神聖帝国の風習に従って体毛を剃られていたので、なんだか可哀想な見た目だった。実は毛を剃らなければ結構モフモフでかわいいと知った時には驚いたものだ。
武装船が沈み、エイダの捕虜になったことで、神聖帝国の支配から解放された彼らは、食習慣などがエイダと似ていたこともあって、積極的にエイダと友好関係を築いた。
……神聖帝国のトカゲっぽい種族は虫とキノコが主食だから、よほど合わなかったんだろう。エイダの捕虜用の食事で感動して地面に倒れ伏して感謝していたのが印象的だったっけ。
新大陸の中でもド田舎の寒村に到着した探査船は、言葉のわかる同族のクルーがいたおかげで、地元民に比較的穏やかに迎えられた。
穏やかでなかったのは、その神聖帝国の力があまり及ばぬ僻地に、かの種族が帝国に支配される前の王朝の末裔が住んでいたことだった。
クァクソーと探査船のクルー達は、滅ぼされた旧王家の五つ子の王子、王女(この種族は一腹が子沢山なたちなのだ)と知り合い、交友を深めてしまった。
そして、村にやってきた帝国の役人から末の王女を守るために探査船クルーが揉め事を起こしてしまったのを発端に、あれよあれよと言う間に拡大した騒動は、ついには独立戦争となった。
クァクソーって、無駄に英雄感があるからなー。なんか協力して夢を託して、担いじゃうんだよなぁ。
神聖帝国への反抗は、この種族だけにとどまらず、同大陸の別地域にも波及した。クァクソーは次々と新しい土地を目指し、ゆく先々でトラブルを解決し、人を助けている間に、ついには多国籍反乱軍をまとめるリーダーみたいになってしまった。
あまりの英雄っぷりに笑ってしまう。
探査船は反乱軍の旗艦みたいになった。
"導き手"の像は常にクァクソーと共にその向かう先を示し続けた。それに対して私は、黙って飛空城から彼の為す偉業を見守り続けることしかしなかった。
聖女とその親衛隊という絶対的な支配者を失い、権力闘争で内部崩壊していた神聖帝国から、反乱軍はどんどん被支配種族を解放していった。
解放された地域とエイダの大陸の間に交流も生まれ、エイダ達の新大陸進出も進んだ。
地勢的に隔てられていた異種族との交流は、様々なトラブルを生んだが、エイダ社会はそのインパクトに耐えきった。
毛の生えた種族であるエイダが持ち込んだノミモドキは、新大陸の服を着る文化の種族でいささか洒落にならない猛威を振るったが、それもなんとか収まった。
あのときは流石にまずいとマルクルに頼んで、極地のジーンバンクから防虫効果の高い植物を出してもらった。後世の植物学者は不審に思うかもしれないが、私達星間文明の存在がバレれば謎は解けるのでそれまでは許してほしい。
好奇心おう盛で異質なものに寛大なエイダ文化は、臨機応変に他の文化を取り込んで、己の本質を保ちつつ、したたかにかつダイナミックに発展していった。
私はスリープの合間に、九人の守護聖人達と一緒にエイダを見守った。クァクソーが仲間を増やすのに合わせて、私はライバルだったであろう他の女神候補が残した異種族達の監督権も順次引き継いだ。
惑星開発委員会は私に追加の衛星を提供し、私は惑星全体を常時観測、開発できるインフラを手に入れた。
他の女神候補達が彼女らの支配種族に遺したオーパーツには、クァクソーも私も苦労させられた。
「なんでこんなものを、現地種族が持ってるのよ!」
……と、飛空城でモニターを観ながらキレる私とは違って、現場のクァクソーは常に冷静かつ大胆に問題に対処した。
「やりようってのは何かしらあんだよ」
……と、不敵に笑う彼の作戦は、全然英雄らしくなくて残念極まりないB級コメディみたいだったりすることもあったけれど、それでも、彼は素晴らしくカッコいい英雄だった。
私は基本的に無干渉の姿勢を保ったが、時折、守護聖人達がこっそり干渉していたのには目をつぶった。
神聖帝国の洒落にならない防衛基地が、誤配線によるエネルギーの過剰供給で大爆発を起こしたときに、微妙に衝撃波を弱めたり、大規模な火災が周辺都市に深刻な被害を与える前に風向きを変えたりと、風のランサーは割とやりたい放題だった。が、まぁ、逆位相波での無効化や地表と海面の温度操作と微細粒子投下による大気制御なんて、エイダ達のテクノロジーレベルでは推察不可能なので、私も知らんぷりで「大きな被害がでなくて、よかったね」と言って笑って流した。
筋肉バカのマーカスは、反乱軍を狙った神聖帝国の超兵器の発射装置が、危機一髪のところで故障するなんていう、わざとらしい干渉をしてきた。しかし、本来の用途外の機器運用なのにもかかわらず、それだけの精度と強度で衛星軌道からマイクロ波を超精密照射する技術は、彼の日頃の鍛錬の賜物なので、これも不問にした。
絶体絶命の場面での万に一つの幸運を、人は奇跡と呼ぶけれど、それは時として、誰かの地道な日頃の努力の積み重ねの目立たない作用による結果だったりするものなのである。
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「アンジー、起きて」
その日、予定より早くスリープから起こされた私は、急いで展望室に向かった。
いつかは来ると思っていた時が来た。
惑星のほぼ全域を回った英雄は、最終的に神聖帝国の中心にある"聖地"と呼ばれる地で最期を迎えようとしていた。




