見守ること……神ならざる我が身ゆえ
エイダの探査船の乗員は、アルゴ号以上の冒険を重ねた。
私は自分の監督種族のいるところならば、飛空城からの観測も観測用小型哨戒機の派遣も許されている。スリープから目覚めるたびに、私は彼の安否を確認し、冒険のレポートをハラハラしながら読んだ。
「そんなに気になるのなら、あのときついていけば良かったのに」
新しくたどり着いた島に生息する生き物について説明してくれていたマルクルが、やたらに心配する私にうんざりしたのか頬を膨らませて拗ねた。
「それは違うでしょ。私の役目はここでエイダ全体の発展を見守ることよ。エイダの一人としてクァクソーと生きることではないわ」
クァクソーというのは、私が彼につけたあだ名だ。エイダ語の名前はエイダ体になっていない時は発音しにくい。
「そんなことを言って……個体名をつけるぐらい気にしているくせに」
「やだ。そんなことで焼いていたの?便宜上、名前があったほうが手っ取り早かったからつけただけよ」
「ふぅーーーーん」
マルクルが含みのある眼差しで私が身につけているメダルを見てから、やれやれとわざとらしくため息をついてみせる。
黒と銀のメダルはクァクソーが探査船の資金集めのときに融資者に配った粗品だ。
粗品と言ってもちゃんとした造りの美しい工芸品で、冒険に赴く英雄と船のシンボルである"導き手"の姿が描かれている。
このメダルの裏面には「やりようってのは何かしらある」という文字と一緒に、会員番号でもある通し番号が刻印されていて、探査船が無事に戻ってきた暁には、その成果の中から配当金(に相当するなんらかの利益)が得られることになっている。
私の番号は1。
最初の支援者だからと渡された。
もっとも、本物を飛空城まで運ぶのは難しいので、今、私が身につけているのはレプリカだ。「これを見て、時々は思い出してくれると嬉しい」だなんて言われたから持っているだけなのに、そういう態度を取るマルクルは意地が悪いと思う。
「なによ。いいじゃない、これくらい。それに、これの本物はあなたのお気に入りのイースターエッグを使って作ったのよ」
このメダルの黒い部分には、以前、英雄御一行様が見つけ損ねた秘境のお宝……淵の水底に溜まった植物由来の素材が原料になっている。
「ありかを教えちゃうのはズルだよ」
「直接、教えたわけではないわ。昔話とかそういうちょっとしたヒントを匂わしただけよ」
「どうだか」
「むしろあの材料を使える職人を育てていたのはあなたでしょう、マルクル」
気候の変化で、自生していた茂みがなくなって、周囲の集落にいた職人も、その技術も一度はほぼ失われていたのに、マルクルときたら、用意したお宝の価値がなくなるのが悔しくて、それを復活させたのだ。
生物資源を扱う緑の守護聖人であるマルクルは、飛空城とは別に、担当大陸からほど近い極地にジーンバンク的な基地を持っている。彼はその氷の下の秘密基地に絶滅動植物の遺伝資源を地道に溜め込んでいるのだが、例のお宝の元の植物もそこに取っておいてあったらしい。
淵から少し離れたところの山林でこっそり育てられたその有用植物は、近くの村落でほそぼそと使われるようになり、ちょっとした細工物や日用品に使われていた。
「オリビアに協力させて、いい職人を用意してたくせに」
「それはそうだけど、僕は淵の"溜"の存在は教えてないよ」
「だから、ろくに材料がなくて大したものが作れなくて貧乏してたんでしょ。せっかくの腕のいい職人が」
「うう……だって僕は商売は全然わからないんだもん。仕方ないじゃないか」
神のように振る舞って、神託や才能めいたものを与えたならば、その者がそれによって道を開けるだけの可能性も用意するべきだ。
「我欲で神を演じて、運命を強制した育成種族を困窮させるのはよくないわ」
「むー」
「まあいいわ。おかげであの職人さんたちが格安で協力してくれたわけだし」
私はレプリカメダルの表面を撫でた。
蒼みがかって艶のあるいい黒だ。クァクソーの探査船と同じ色。
淵に沈んでいた原料は優秀な職人らの加工によって、木材を腐食から守り強度を増すいい塗料となった。
マルクルが復活させた自生地で採取できる量程度では、ちょっとした工芸品か日用品に高級感を出す分にしかならず、あまり需要もなかったが、淵の底に大量に溜まっているのをクァクソーが発見したことで大規模な使用が可能になった。
最終的に探査船の性能がぐんと上がって、大海が渡れるようなスペックになったのは、その塗料のおかげなのである。
まさにマルクルのお宝さまさまだ。
もっとも、その高い性能と希少価値、美しさのために価格が高騰してしまったので、その塗料で船を仕上げるなんていう贅沢な使い方は、以後、誰にもできないだろうとは言われている。
まあ、そうだよね。クァクソーの船、ありえないぐらいカッコよかったからね。
あのビジュアルで寄付や出資が激増したもんなぁ。
「マルクルの宝物は、淵に忘れられずに、エイダの記憶に残る伝説のシンボルになったんだから、機嫌を直して」
「まあね……僕もそのメダルとあの船の船首飾りは好きだ」
マルクルの言う船首飾りというのは、メダルの意匠にも使われている"導き手"の像だ。実のところ船首には飾られておらず探査船の艦橋上部中央、つまり船の乗組員が一番見やすい位置に付けられた装飾で、房飾りのある長い棒を掲げたエイダの姿のシンボルである。特定個体ではなく未知への探索という概念の擬人化だとクァクソーは説明してくれた。発注した芸術家が、才能を認めて重要な仕事をくれた私にひどく感謝していたので、ちょっと私のエイダ体に似ているらしい。
私のエイダ体は中肉中背、特に印象に残るクセや歪みのないスラリとした姿で、どちらかというと好感を抱かれやすい雰囲気に……という指定で、エイダの感覚に沿って合成された。理念のシンボル像が似ているのは当然といえば当然だろう。
毛の色が白いのも似て見える理由の一つかもしれない。
「なんだかんだ言って、結局アンジーが、女神として称えられちゃっているの笑う」
「この"導き手"像は私じゃないってば!」
これは私の代わりに彼を導いてくれる輝かしい探査船のシンボルだ。遠い飛空城にいてスリープの合間にちょっと様子を覗くだけの薄情な私ではない。
私はその日の残りを、他の守護聖人達と少しずつ過ごし、今後の予定を確認してからまたスリープに入った。
そう。これが今の私の生き方だ。私は彼とともには歩めない。
神ならざる神の枷




