デート中に仕事の話はNGらしいが仕事中にデート気分なのもいかがなものか
私はいつもの原則を曲げて、九日間を九人の守護聖人とそれぞれ一日ずつ過ごした。
「このところ騒動があって、みんなとゆっくり過ごせなかったからね」
「フッ……そういうことにしておこう。俺としてはお前が俺に会いに来るのに異存はない」
炎のような赤毛の美丈夫は、ニヤリと男臭い笑みを浮かべた。
「そういう顔をするようになったお前は悪くないが、それの原因が俺でないというのは腹が立つな」
「ちょっと!なにをわけのわからないこと言ってるのよ」
狼狽する私をマーカスは軽くあしらって、その話題をうやむやにした。
「鹵獲された超兵器の件だが、あれがエイダに及ぼす影響は大きいな。神聖帝国の技術者はどうだったか知らないが、エイダの職人や学者連中は好奇心旺盛な変人の吹き溜まりだ。"恐れ多い神よりの賜り物"ってタガがない分、徹底的に分析、模倣、インスパイアするぞ」
超兵器の核となる技術は根本原理のテクノロジーレベルが隔絶しすぎていて、すぐに真似てコピー製品が作れるという代物ではないが、こういう実例があるという見本が手元に残ったというのは、エイダの科学技術を何世代もスキップさせて発展させるだろう……というのが彼の見立てらしい。私も同意見だ。兵器だけではなく、武装船の設計や冶金技術など、細かい異文化テクノロジーの端々がすべてエイダの糧となるだろう。
「第三次プロメテウス計画を一部前倒ししましょう」
「わかった」
「ゼフィルには明日伝えておくわ」
「技術発展の予定がぐちゃぐちゃになって一番大変なのはアイツだな。せいぜいいたわってやれ」
「あのツンツン頭でも撫でてあげようかしら」
「的確に一番嫌がることを挙げるなよ」
もちろん、そんなことはしなかった。
ゼフィルは文句を言いながら、計画を修正し、よく働いてくれた。いい奴だ。
§§§
十日後、彼は前回会ったのと同じ場所にいた。
毛艶が多少マシになっている。
体毛のあるエイダに服を着る習慣はないが、そこはかとなく身綺麗になっているところをみると、エイダ的におしゃれをしてきた感じなのかもしれない。
「もう会えないかと思った」
「失礼ね。私は約束は守るわよ」
それとも何も考えて来ていないのかと問うと彼は慌てふためいて、「ちゃんと考えてきたから説明させてくれ」と、私を公共の保養場に案内した。
エイダの街の保養場というのは、公園と集会場をあわせたような公共施設だ。年齢も職業も異なるエイダが、なんとなく集まって、何をするということもなくのんびりしている。
彼は屋外の花木園の一角に設けられた丸い籠のようなところで、私に自分の構想を熱心に語った。
それは寺社の勧進のような寄付型資金調達案だった。私が相槌を打ちつつ「もう少し理念以外の利益は出資者に還元しないの?」と少し水を向けると、彼は自分から株式型とクラウドファンディングの原始的な形態に似た構想を組み立て始めた。
マーケティングだの顧客満足度だのという単語はエイダの語彙にはまだないが、語彙がなくとも発想は可能だ。
彼は優秀だ。
「だが、小口では非常に多くの賛同者を集める必要があるのが問題なんだ。道端で話を聞いてもらうだけでは、とても集まりそうにない」
「それはあなたが行いたい探査行がどれだけ素晴らしいものかということが人々に知られていないからよ」
プロモーションやキャンペーンでの大掛かりな広告宣伝という手法はまだこの社会では発達していない。だが、そろそろ経験してもいいころだろう。第二次プロメテウス計画の当初予定ではもう少し先だったが、第三次を前倒すにあたり、産業革命と大衆の中間富裕層のマーケット形成は促進して良い。
『大洋の果て-それは我々に開かれたフロンティアである。そこには我々の想像を絶する新しい文明、新しい生命が待ち受けているに違いない。これは、最初の試みとして5年間の調査行に挑む外洋探査船の驚異に満ちた物語である』
これぐらいのことをぶち上げて、絵画でも芝居でも講談でもいいから、エンターテイメント分野で英雄譚っぽいものを流行らせて、それに一口乗るのはカッコいいというムーブメントを作れ、とけしかけたら、彼は目を丸くした。
綺麗な目だな。
そういえば、促されるままに丸い籠の中で身を寄せ合うような体勢になっていたのだがこれであっているのだろうか。保養場の他の場所にいた者たちもこんな感じだったからなんとなくそうしていたのだが、これは顔が近すぎるのでは?
日頃、飛空城では感じない体温や傍らの相手の身動ぎが、急に気になってきて落ち着かない。
「あなたは思いがけない衝撃を私にもたらす」
彼は私の手に自分の手を重ねた。
近すぎるせいで、彼の手や目の中の熱が私に飛び込んできて熱い。
私が何と答えて良いか分からず固まっていると、彼は急に目を伏せて萎れた。
「でも、やり方がわからない」
「そこはこれから考えれば……」
「それに先立つ資金も全然ないんだ」
それは難儀だな。
「ではまず才能はあるけれど売れていない芸術家と、腕は良いけれど商売が下手な工芸職人を探しましょうか」
「生きるのに不器用な貧乏人同士で集まってもしょうがないのでは?」
プロデュースって概念もまだだったか。
「やりようってのは何かしらあるのよ」
ちょっと楽しくなってきた私はニンマリ微笑んだ。
5年かからずに、外洋探査船は遥かなる冒険の旅に出航した。




