閑話 解き放たれた最強
◇Side:テトロ(三人称)
ここは『セカン』北門付近の建物。街の出入りを管理する衛兵NPC達の詰所だ
衛兵達はステータスが高く、鎮圧・捕縛用スキルに富んでいる。街の中で問題を起こすと即座に連行されてしまう
その詰所の地下には鉄格子で作られた牢がある。問題を起こした人間を拘束したり、犯罪者を一時的に留置させたりする、いわゆる「お仕置き部屋」だ
そんな牢屋の一つ、簡素なベッドの上で1人の人間が身体を起こす
「ワレ復活ゥ!!!!うわペナルティたっか!?」
テンション高くベッドから跳ね起きるも、視界に入ったシステムウィンドウの文字を見て大袈裟にひっくり返る
ここはカルマ値が高い人物がプレイヤーにキルされたとき、リスポーン地点となる場所でもあった。そして強制ペナルティが課せられる
「ゲーム内30時間かぁ……久しぶりに雑談タイムする?」
脱出手段がほぼない牢屋に強制留置、投獄中はスキルのレベル上げをしようにも、経験値が入らない状態なため、ただじっと待つしかない
ただログアウト中でもカウントストップはしないのが救いだ。これは本人へのペナルティというより、カルマ値が上がるような行為をする人間がすぐに解き放たれないようにする措置であるためだ。リスポーンクールタイムの増加と思ってもらえればいい。よって、本当のペナルティは別にある
「わぁお一気にビンボーだ!一文無しにならなかっただけマシか……。あっ、黒短剣もなくなってる!?まじか〜あれ結構気に入ってたのに……」
PKのペナルティは、カルマ値が高ければ高いほど、キルされた時に財産を没収されることだ。没収されるものが手持ちに入っている場合は、キルされたときにその場に撒き散らすこともある
倉庫などにしまっていたものが没収された場合は、オークション式マーケットに売りに出される。その時、前の所有者のところにメッセージが行き、優先的に買い取ることができる。尚、売り上げ金はPKに一銭も入らず、データの海へと消えていく
暗い灰色に白のインナーカラー、青紫のアクセントカラーの髪を生やした暗殺少女──テトロが、ベッドの上でボヨンボヨンと跳ねまくる
「あーーー負けたーーー。いけそうなかんじはしてたんだけどなー」
先ほどの戦闘を思い出す。動きでは全然負けていなかった気がするが、手数と相性で追い詰められたという印象だ
第三者の意見を得るために、コメント欄を確認する
「って同接10万!?負け犬の顔拝みに来たのかよ集ってくんな!!もう戦闘終わりましたよ〜!!!……はぁ、多すぎでしょ。まだ時間加速システムってそんな普及してないんじゃなかったっけ?」
『AWR』の中では現実の2.5倍で時間が流れる。なので、それのライブ配信を見るためには、見る側も時間加速する必要がある
その状態でも見ているものは、同じく『AWR』にログインできるプレイヤーか、まだ参加できないがキャラクリはできる第二・第三陣が半数以上を占めるだろう
「手ぇ抜いてたかって?本気だったよ〜。たしかに途中からは、あのアイテム出没のタネを見破ろうとして誘導してたけど。出してくんなかったねー」
ある程度同接人数が減り、落ち着いたところでコメントを読み始める
「あれね、なんか私でもできそうなんだよね!3回しか見れなかったけど、出現位置に意識が集中してたようなかんじで…………いや、スキルじゃないと思う。なんというか……フルダイブVR初期の操作感みたいな?あっ!これ操作設定変更したら……」
ベッドの上で逆立ち状態のまま、片手でUIを操作し始める。目的に該当しそうな箇所を発見し、少しずつ弄りながら調子を確かめる
「あーたしかに、メインウェポンが完成してたら倒せてたかもね。あ、そっちは無事だよ!ギリだけど。あと遠距離手段かぁ、投げナイフでも用意する?弓は弾速遅くて好きじゃないんだよねー」
話題は移り、敗因の分析に入る。毒ポーション瓶なんかもいいな、と考えてみたり。今回の件も含め、状態異常の重要性を実感したからだ
そのためにメインの短剣にそれぞれ毒と麻痺の効果を追加するよう依頼していたのだが、手段は多いほうがいいだろう
「でも投げ物用意面倒だなぁ」と愚痴ってたりもする。消耗品であるし、一々補充するために街に戻ることになる。持ち物も圧迫するので、連戦好きな彼女にとっては、奪った武器を適当に投げるくらいが丁度いいのだ
「収穫ナシってことはないよ?楽しかったし、あの技見れたし。あと、私も『隠し財産』使ってるもんね〜」
ペナルティで没収される財産の優先順位は、大まかに
お金→素材アイテム・消耗品(レア度低→高)→武器防具(レア度低→高)→よく使っている装備
となっている。武器を落としてキルされた場合は、メインウェポンでも失った判定となることもある。お仕置き部屋に拘束されるので、どう頑張っても取りにいけないからだ
今回黒短剣を落としたのは、メイン武器ではなかったからだが
ただ、この順番には例外が存在する。その一つが『隠し財産』だ
『隠し財産』は『強奪』のアーツであり、選択した物の没収優先度を一番最後にするという効果だ
選択できるのは5点まで。全財産没収されるような事態になったら、普通に没収される。あくまでも優先度を遅らせるだけだからだ
「さ〜て、なにを盗ってきたでしょうか?正解は〜」
そう言って、アイテムポーチから一つのアイテムを取り出す───
バチィッ!!!!
「あばばばば」
花から放たれた黄色いスパークに触れ、感電してしまう
「見て!あの時出てきたビリビリのやつ!!待ってね名前はえーっと、[ものしりルーペ]!!なになに?[雷雲花]だってさ」
コオロギと戦闘したときに、彼のアイテムポーチから矢以外も盗んでいたのだ。その1つであり、自身の敗因の1つでもある[雷雲花]を取り出した
とある検証クランのクランマスターから奪った、『鑑定』のスキルがついた虫眼鏡型アイテムを使い詳細を調べる
[ものしりルーペ]も『隠し財産』で保護していたアイテムだ。テトロはいろんなアイテムを奪って手にすることが多いが、鑑定系スキルを一つも持っていないため、重宝している
「これ、畑で育てられるんだ!うーん、でも、むぅ……………相手NPCだけど、一応条件満たした?よし、アンケート取るよ!!!」
テトロはあることに悩んだ末に、リスナーに選択を任せることにした
テトロにはゲームをする上での一つの決まりがあった。暴れすぎないため、自分自身が楽しむためのルール。それは────
「投票終了ー!!結果は……最多票が『転職制限解除、SP振りも再開。かわりにしばらくPKは控える』でした!!よっしゃーペナ終わったら速攻【農家】に転職するぞ!」
"ゲームをやる上で、必ず一つは「縛り」をつける"
強すぎるが故に自身に枷をかけるのだ
勝つことは楽しいが、無双するだけはつまらない。縛りが緩かったらどんどん追加していくし、それでも圧勝してしまうのなら………対外的にもわかりやすく自身の強さを認めさせる証拠となる
アンチがなにも難癖つけられなくなり、的外れな指摘をしだす様を見るのが大好物な彼女が好んで行うプレイスタイルであった
また、縛りが重すぎたときの緩和方法も事前に決めてあり、リスナーに明かすことで自身が不正しないようにしている
『AWR』での縛りは"転職しない"こと。このゲームの特徴を知っているものからしたら、致命的すぎる縛りだ。テトロのジョブは、既にメインもサブもマックスのLv.30に到達していた
100人からなる討伐隊を返り討ちにしてからは、"これ以上SPを振らない"も追加された。そして、その縛りの緩和条件は……
「NPCとはいえタイマンだったもんね!プレイヤーにタイマン負けしたらPKもガンガンするよ!!」
"1vs1で敗北すること" だった
実力がイコールとなる位置からレベル上げを再開すれば、いい勝負をし続けられると思ってのことだ。要求経験値のせいでいずれレベルは追いつくことになるが
本来の時間軸では、二回目のイベントである武闘大会で、決勝敗退して2位になるまでこの縛りは継続していた。それも配信で手札がバレており、ガチガチに対策された上でだ
だが、どこぞのおっさんのせいで、本来よりもかなり早い段階で魔物が目を覚ましてしまったようだ
「目指せ、カマドウマ撃破!!再戦が待ち遠しいなぁ」
控えるのはPKのみ。もちろんNPCは対象外だ。意地を張って打ち倒してしまったせいで、最強プレイヤーにロックオンされたことをおっさんはまだ知らない───
……アーツ『隠し財産』は、最大五つのアイテムを保護することができる
一つは[雷雲花]、もう一つは[ものしりルーペ]。では、残り三つは?
「うおっ、何これ!?みてみてこの[魔草]と[魔力茸]!むっちゃ品質高くない!?あとこれは…………タバコ?」




