脳内会議
「……………」
ガチン!ガチン!
足元で餌をねだる人喰い花に、無造作にゴブ耳を撒く。地面に落ちたそれを、目も鼻もないのにどうやってか探し出して口に運んでいる。芽も花もあるってか?やかましいわ
PKに勝利し、集団から逃げ帰ってきた俺は、気分転換に自分の畑に来ていた
久しぶりの対人戦での辛勝で、いろいろ考える必要が出てきたと思ったからだ。身体は黙々と畑作業をしているが、頭の中はいつも以上にやかましいことになっていた
〜クロートの脳内 (イメージ)〜
「なんなんだあの体たらくは!!たった1人にあそこまで翻弄されるなんて!!!」
「あれは仕方ないだろう。初見殺しとはいえ勝てただけでも奇跡な相手だったんだぞ?」
長机を囲み、大勢の俺が言い合いをしている。主に現状を問題視する側とそれの言い訳を述べる側に分かれていた
「だが最初に想定してた俺自身のプレイヤー像を思い出して見ろよ?ああいうトッププレイヤーを複数人相手にしても蹂躙するぐらいの強さの予定だったんだぜ?」
「おい俺ツエー願望がまた溢れ出してるぞ。自重するはずだろ?お前は俺なんだから恥ずかしいことすんなよ」
「それだよ問題は!!さっきので実感しただろ?俺に自重する余裕なんてあるのか?」
「俺はお世辞にもゲームが上手いとは言えないからな………1000人前後いた『決闘鯖』でも、万年700位台だったし」
「おいお前、サバ読むなよ。800位台だろうが」
「いや嘘じゃねぇし!!最高順位は792位だ!しっかりと覚えてるぞ!!……794位だっけ?」
「覚えてないじゃないか!」
脳の中で俺同士が不毛な言い争いを繰り広げ始めた。記憶力もそこまでいい方じゃないんだよね……
「話を戻すぞ!いいか?俺は弱い。下手の横好きってやつだ。あの戦闘ではっきりと理解らされただろう!ゲーム知識で武装して、ようやっと張り合えるぐらいなんだ。自重なんかせず、RTAルートに沿ってガンガンレベリングするべきだ!!!」
「俺が苦戦した理由は、育成途中段階での対人経験の少なさだ。『デコイ』なんて決闘鯖じゃ滅多に使われない弱スキル、使われるまで忘れていたからな。それと、無意識に今のプレイヤーを甘く見ていたこと。それもスキルとステータスの暴力で解決できるさ!!」
「待て、ユニーク称号はどうするんだ?全部掻っ攫うことになるぞ?」
「それは問題だが……よく考えたら、ああいう一番乗り要素を取るのはどうせトッププレイヤーばかりだろう。あんな元々強い奴らが強化されるぐらいなら、俺が全部取って無双するほうがいいんじゃないか?」
「トップじゃなくても、一番乗り系は同じ人が取り続けることが多くなりそうだしな」
「おい待て待て、俺が全部取ったら他プレイヤーの競争意欲が激減するだろうが。目的を忘れたか?人気を保つんだよ」
理論武装で暴走しかけていた俺を、別の俺が諌める。だがそんな俺も、というか俺全体が焦っていた
未来の知識という絶対的なアドバンテージがありながら負けかけたのだ。自分の弱さにウンザリしてくる
あのときはなんとか勝てたが、次アイツに会うときは対策をされているだろう。しかもあいつは配信をしていたから、動画から弱点などを分析されたりするかもしれないし、そうなったら他のプレイヤーにも負けることになるかもしれない
「とにかく、もっと手札を増やすべきだ!強力なアーツがあれば低レベル相手にハメ技コンボもできるかもしれない!」
「特に序盤は高AGI有利だ。早くレベルを上げて対抗アーツを手に入れよう」
「装備もだ。【錬金術師】での間に合わせなんかじゃなく、専用ジョブで装備を揃えるべきだ」
「それもこれもユニーク称号に引っかかるんじゃないか?たしかスキルレベルやスキルの数にもユニークがあった覚えがあるぞ?」
「……そもそも、俺はユニークを全ジャンル知ってるのか?あまり遊んでない『公式鯖』限定の称号を」
「有名なのなら……でも、マイナーな称号だと記憶にないかもな……」
「そんなことに一々気をかけてたらなにもできんじゃないか!今まで通り、避けれそうなら避けて、うっかり取ってしまったら「あっ、やっちゃったー」で済ませればいいさ!!」
「むう……だがそれだと他プレイヤーが……でも、「コオロギ」が強くてかっこよくなる方が大事か…………」
俺の中でさまざまな意見が出ては却下が繰り返されていた。主な議題は、「強くなる上でユニーク称号は回避するか否か」であり、自重をやめること自体は満場一致で賛成になったかに思えた
そこに、今まで黙っていた1人の俺が、ふと手を挙げて発言した
「…………なあ、そもそも強くなる必要あるのか?」
「え?必要だろ?今回は倒せたが、次からは狩られるようになるかもしれないだろ?」
「狩られてなにか不都合はあるのか?デスペナルティはそこまで重くないし、貴重なアイテムはプライベートゾーンであるこのハウスにしまっとけばいいだろ?あと問題なのは俺のプライドだが……そんなに重要か?」
「たしかに、どんだけレベル差を離しても最終的には追いつかれるが………」
「無意識に被害妄想に囚われてたな……「誰からも命を狙われない」が、一回PKされかけただけで「全員が俺の命を狙ってる」にすり替わってたな」
「いや、それ以外にも問題はあるぞ!「コオロギ」のイメージダウンになるだろ!常に他プレイヤーより強くないとだろ?」
「落ち着けって、「コオロギ」に突出した武力はいらないだろ?」
「何言ってるんだ?必要だろ!救済キャラである「コオロギ」に戦闘力がないと、モンスターに襲われてるプレイヤーを助け出すこと、が……」
「気づいただろ?「コオロギ」は元々助言目的で始めたキャラだ。助太刀は突発的なことであって、本来やる予定はなかった」
「強い必要はない……なんちゃってハードボイルドを目指してたせいで、「実はめっちゃ強い」って設定が必須だと勝手に思い込んでたぜ……」
冷静に考え続けていた俺(全部同一人物)のおかげで、怪しい方向に進んでいた議論が無事に軌道修正された
「たしかに成長ペースを上げるべきかもしれないが、それも少し上げるだけでいい。慌てる必要はないさ」
「そうだな。それより逃げの手段を増やすべきじゃないか?『風魔法』や『時空魔法』のレベリングを優先しよう」
「先に生産関連をコンプリートするべきじゃないか?品種改良との合わせ技で簡単にレベル上がるジョブがいくつかあるだろ?」
「まずは覚えていることを紙か何かに書き起こした方がいいんじゃないか?こっからの記憶が曖昧になってるんだろ?」
「そうだな。じゃあまずは───」
議論が円滑に進み始め、思考がまとまってきた。なぁんだ、そこまで深刻に考える必要はなかったんだな!
結果、「やりたいことに全部手を出していけば、ちょうどいい進行具合になるだろう」という結論に行き着いた。流石俺、完璧だな!




