思考操作
───バチィッ!!!
「うっ!?」
テトロの身体が一瞬硬直する
短剣の動きも止まったため、アーツの発動もファンブルとなった
追撃を警戒したのか一歩跳び下がるが、俺は未だに〈ダウン〉状態のままだ
「いまのは……その黒いワタが原因?」
「ふっふっふ、御名答」
俺の首元に刃が届く直前に、テトロの腕に当たっていたものがあった
黒い綿からバチバチとスパークが出ている[雷雲花]だ。彼女はこれに触れてしまい、〈スタン〉状態になっていたのだ
さっきまで諦めてなかったかって?いやぁ、だって思いついちゃったんだからしょうがない。『決闘鯖』じゃ「食いしばり=負け」だったからなぁ、思考から外れてた
「どっから出てきた?ダウン中は動けないよね?」
「いんや、動かせるところもあるんだなぁこれが」
「そういえばダウン中でも喋れたね。でも声が出せてもダウンしてたらスキルは一切使えないはずだし……」
「こいつはスキルじゃねぇよ。動かせるもう一つの部分──脳みそを使ったのさ」
そういって、身体を動かさずにインベントリから頭の上へと[見習いポーション]を出現させる
ポーション瓶は自重で落下し、頭に当たって割れて中身をぶち撒ける。そして俺の体力が半分ほど回復した
さっきからやっているのは、思考によるUIの直接操作だ
本来のUI操作は、半透明のウィンドウを表示させて指でタップして操作する。よく使うアーツなどは、声に出したり関連した動作をしたりすることで発動することもできる
だが〈ダウン〉状態はスキルが使えないし身体も動かせない。指が動かせないのでインベントリの操作なんてできないはずだった
昔、とあるプレイヤーがふと気づいた
『フルダイブ型VRって、そもそもアバターの声とか身体とかも脳波だけで動かしてるんだよね
じゃあさ、一々指使ってUI操作するんじゃなくて思考で直接操作できるんじゃね?そっちのが早いし』
思考で指を動かし、指でUIを操作する。その手間を省けるんじゃないのか?
そんな無茶苦茶な発想で誕生したのが、超高等技術「思考操作」だ
これは設定を多少いじるだけで誰でもできるようになる画期的な技術かに思われた。が、思考をはっきりさせないと濡れた手で触ったスマホみたいなおかしな挙動になるため、かなりの慣れが必要になる
『決闘鯖』では、思考操作の練度が順位に直結するとまで言われていて、上位ランカー達は装備を高速で入れ替えながらコンボを繋げていく常人離れした戦いを繰り広げていた
もちろん俺も簡単なことならできる。……習得するまでリアル半年かかったけど。見えない手がもう2本生えてるような感覚でやって、やっとできるようになった。それくらい難しい技なのだ
「どっこいせっと。こいつはただ物を取り出すってだけじゃないんだぜ?」
「…へぇ、もっかい見せてくんないかな?」
「いいぜ。俺の口元をよーく見てな」
〈ダウン〉状態から復帰した俺は、のぞみに応えてタバコを思考操作で口に直接出現させ、『種火』で火をつける
同時に、俺の後ろに6種類の魔法の矢をこっそり出現させる。複数のアーツを思考で同時発動するのはかなり難しいが、いくつかのセットを繰り返し練習すればなんとかなる
「…ん?何か企んでない?」
「『ターゲット』『ヘビーシャドウ』『スロウ』!行け!!」
「またそれぇ!?」
ラウンド2、魔法の矢で無限ホーミングを開始する。その間に回復とバフを盛り直し、態勢を立て直していく
……くっ、魔法矢同士を衝突させようとしてきやがる。相殺狙いか?そんなに消したいならこっちからやってやんよ!!
操作していた『ウィンドアロー』の横から、『ファイアアロー』を直撃させる
──ブォォッ!!!
「へ?おあっぶ!?」
その瞬間、火炎放射器のような火が発生した。弱点属性魔法を当てることによるカウンターの応用だ
急に発生した火を避け損ねるテトロ。何気に初ダメージか?結構な有効打と見た!!
追撃の矢を飛来させる。よし、次は水と土で……
「……『アクセル』!!」
「はぁっ!?」
こいつ、魔法を振り切ってこっちに突っ込んできやがった!?弾幕が薄くなった一瞬の隙を突かれたか!!
「くっ!『連射』!!『ファイアボール』『アクアボール』……」
「『スラッシュ』!なんだただの矢か。さっきのなんもないとこから物を出すやつがもっと見たいな〜」
2本の短剣で矢が切り払われていく。ほとんど足止めにもならねぇ……
アロー魔法を後ろから追いかけさせているが、MPの無駄だし解除したほうがいいか?いや、後ろからプレッシャーを与え続けるのも……
「それに、そんなに撃ってて大丈夫なの?弾切れしない?」
「なんだと?まだ全然余裕──あ?」
急に『連射』が途切れる。何故だ!?[巨大蜂の矢]は100本はあるはずだ。まだ30本しか撃って……
悪巧みが成功したような表情を浮かべるテトロが、左手に持った何かを見せつけてきた。矢束だ……おそらく俺の
「…『強奪』か、手癖の悪いガキめ。『矢回収』」
「へー、そんなこともできるんだ、ねっ!」
「グッ!『バックステップ』!!」
あぶない、なんとか懐まで潜り込まれずに済んだ
奪われた矢は所有権が移ったので取り返せず、射った矢もほとんどが短剣で破壊されていたので、回収できたのはたった2本だ
最悪[初心者用の弓]で[木の矢]を撃てばいいが、あれめちゃくちゃダメージ低いし弾速も遅いし、本当に最後の手段だ
「後方注意だぜ!『狙撃』『インパクトアロー』!」
「あぶなっ、ノックバックだね!後ろからもまだ追いかけて来てたんだ」
「『クレイウォール』!『エンチャント・アース』!『ウォーターウェーブ』!!」
残りの矢で無理やり距離を稼ぎ、その間に土壁を建てる。そして広範囲の押し流しを発動──自分に向けて
はっはっは!どうだ追えまい!!お前はMNDがほぼ初期値だもんなぁ!!この波の中に飛び込むのは自殺行為だろ?
俺は水属性耐性である土属性を自身に付与したからな!多少のダメージで済む。それより距離を取ることのほうが重要だ
「いつの間にそんな遠くに?『投擲』」
「そいっ、流石にこの距離なら簡単だぜ?」
投げてきた短槍を弾く。あいつはとにかく距離を詰めたがっていた。おそらく遠距離攻撃手段が『投擲』ぐらいしかないのだろう
『光魔法』も使えるはずだが、あのMP量なら連発できまい。問題はあいつのAGIが高すぎて、この距離も一瞬で詰められてしまうことだが……
なら、簡単に近づけないフィールドを作ってしまえばいい
俺は、インベントリから[初級錬金セット]を取り出した
「──『強制錬金』」
Q.十数年プレイしてたにしては主人公弱すぎない?
A.これにはいろんな理由がありますが、ネタバレ要素を多く含むため全ては説明できません
一応、ストーリーとしての整合性は取れているとだけ
⚪︎理由の一部(ネタバレを含まない部分)
・序盤はキャラレベル差をリアルスキルで補いやすい(例:スキル未使用でジャストパリィ)
・序盤は全体攻撃が少なく、高機動型が有利(主人公も最初はそうしようとしていた)
・主人公の対人経験は殆どが『決闘鯖』。育成途中段階でのPvPは久しぶりすぎて手間取っている
・主人公が純粋に対戦下手くそ(あだ名:シロート)
 




